女の子には優しくするものだと教わりました -2-
愛姫と美少女は路地を進んである建物の前で立ち止まった。
「ここよ。はい、コレ持って。」
そう言って女の子は自分の荷物を愛姫に持たせた。風呂敷に包まれたそれは重くはなかったが、愛姫は違うことに驚いていて立ったままポカーンとしている。
美少女に引っ張られるまま連れてこられた二階建ての建物は、建てられてから何十年も経っているのだろう。外壁の白い塗装はところどころ剥げてしまって赤茶色のレンガまで見えてしまっている。下から上まで伸びた蔓が建物全体を覆っていた。何かのお店なのだろうか、小さな看板があるものの目立っていない。窓は二階に小さな長方形が二つ、一階には大きめな四角く茶色の曇りガラスのものが一つある。扉も茶色っぽいガラスになっていて、外からでは中の様子は確認できない。
(―――――…つ、ついてきちゃって大丈夫だったかな…?)
建物の外観に不安を煽られ愛姫は一歩後退りした。
カラン。
女の子が扉の取っ手に手をかけて開けようとしたのを見て、愛姫は思わず声を漏らした。
「――――あっ!?」
美少女はクルッと振り返って少し申し訳なさそうな顔で愛姫を見つめる。
「……迷惑だった?」
その悲しげな顔に愛姫の胸はキュンッと跳ねたあと、無意識にキラキラ笑顔を作っていた。
「そんなことないよ。」
即答だった。
(ああー!私の馬鹿ぁ――――――――!!)
心の中で叫んでももう遅い。美少女はニッコリ笑うと勢いよく扉を開けた。
カララランッ。
「「いらっしゃいませー!」」
開け放たれた扉の向こうは…まるで外観からは想像できない内装だった。左手のスペースにはレースやリボンが壁に張られていて、綺麗な柄の布が色とりどりに飾られ、北欧柄の絨毯の上には大きなソファーや変わったデザインの椅子も置かれている。右手は味のある木の板の黒っぽい床にカウンターがあり、その前には丸い椅子が四つ、奥にはアンティーク調の食器や小物が飾られている。
そしてカウンターの奥に一人、前の椅子に二人の男性がいて、開かれた扉の方、女の子と愛姫の方に向かって挨拶をした。
(なっ…中は可愛いけど…男の人ばっかり――――――!?)
愛姫が呆気にとられていると、カウンター前の椅子から一人の男性が立ち上がって二人に向かって歩いてきた。
「おかえりー!お客さん?」
「そう。ただいま。」
どうやら女の子はこの店の人間らしい。ひょろっとした細目の男の人と親しげに会話している。
(え?……この子、ここの人なんだ?でも、ここで可愛くって…どうやって?っていうか何のお店―――――?)
愛姫が状況を飲み込めず立ち尽くしていると、突然もう一人のカウンター前の男性が大声をあげた。
「あ――――――――!!アイ!あんたお客様に荷物持たせたの!?きゃ――――信じらんない!!」
背が高く白と青のストライプのシャツを着たその男の人は、前髪を真ん中で分け、長い後ろ髪を一つに結んでいる。大声を出したあと、素早く愛姫たちの元へ駆け寄った。
「そのお客様の前でしょ?静かにしなさいよ。」
・・
アイと呼ばれたあの美少女は素っ気ない態度で近づいてきた男性をあしらった。
「ダ―――――――!!もういいわよ!!あんたに頼んだアタシが馬鹿だったわ!!」
女の子に向かって彼はカンカンに怒っている。愛姫はまだ状況についていけていない。
(あ…アイちゃんっていうんだ…。この人…オカマさん?)
ボケーっとしている愛姫の腕から、先ほどの細目の男性が荷物を受け取った。
「大丈夫?持つよー、ありがとう。」
「はっ、あ、すみません…。」
ようやく我に返った愛姫はお礼を言ってペコリと頭を下げた。
「まったく…ごめんなさいねぇ?この子ったら――――。」
「それより耳かしなよ、耳。」
「ハア!?あんたねぇ!?何よっ――――…。」
どうやらまだオカマさんとアイはもめているようだ。それにかまわず細目の人は愛姫をカウンターの方に連れていった。
「気にしないで。いつものことなんだー。」
「えっ!?でも…。」
「まあまあ、コーヒー大丈夫?マスター。」
そう言って彼はカウンターの奥にいる男性に声をかけた。
「ええ、今淹れますね。」
眼鏡をかけた短髪の男性は、慣れた手つきで後ろの棚からティーカップを取り出した。
「あ、いえっ!大丈夫ですよ!?」
愛姫が首を振って断ろうとした、その時だ。愛姫の後方からダダダッと誰かが走る音がしたかと思うと、肩をパシッと掴まれた。そして体を回され驚いた愛姫の目の前にはオカマさんが立っていた。肩から手を離すと次は両手で愛姫の手をガシッと取る。その目はやけにイキイキと輝いているように見えるのは何故だろう?
「――――――はっ、え!?」
「話は聞いたわ!!アタシにまかせなさい!!」
戸惑う隙も与えず、オカマさんは愛姫をグイグイ引っ張って店の奥へ進んで行く。
「マスター、奥借りるわね!!」
「はいはい。」
マスターと呼ばれる人が返事をする前に、オカマさんは扉を開けて愛姫を中に押し込む。突然過ぎて抵抗もできなかった愛姫だが、扉が閉まる瞬間、美少女がニッコリと手を振っていたのを確かに見た。
バターンッ。
「マスター、コーヒー。」
「はいはい。」
「あ、じゃあ俺ももう一杯。」
残された三人が優雅にコーヒーを楽しむ中、扉の向こうからすごい音や声が聞こえてくる。
ドターッ。
「―――――ちょ、ちょ―――――!?」
バサバサッ。
「暴れないの!!ほらっ!!」
ガタガタバタッ。
「いやだって、服―――――!!」
ガバッ。
「大丈夫!心は女だから!!」
「ええ――――――――――――――!!!?」
アイがズズーっとコーヒーをすすっていると、横にいる細目の男性が質問した。
「なんか今日のお客さんヤケに暴れてない?アイ、ちゃんとうちの説明ってしたの?」
「説明?したと思う?」
「…。うん、してないんだね。可哀想に。」
呆れたように細目をもっと細めて、扉の方を見つめた。
「…可哀想かどうかは見てから言いなよ、フジ。」
「?」
二人が会話していたとき、静かになった扉が、ゆっくりと開いた。
「で、できたわ…!」
中から出てきたのはぐったりと疲れたようなオカマさんだ。そしてその後ろから一人の人影が姿を現した。
「…――――おお!」
現れたのは、ピシッとしたグレーのスーツジャケットに薄いベージュのパンツ、ボタンの二つ空いた白いシャツに細めのネクタイをした愛姫の姿だった。
「おお―――――!スゴイスゴイ!」
細目さんがパチパチと手を叩いて愛姫を見ている。愛姫は自分に起こったことがわからず、やっと解放されたことに安堵するしかできない。
「はあ…。――――…えっと…私、コレ?」
されるがままに着せられたスーツを見て、自分が望んでいた姿からかけ離れていることはよくわかった。これではまるで女らしいというより…。
するとカウンターからアイがスタスタと近づいてきて、手に持っていた鏡を愛姫を映すように差し出した。
「思った通り、よく似合ってるわ。とっても男らしいわね!」
その笑顔に今度はときめかなかった。愛姫は鏡に映る自分の姿を見て絶句する。
「――――――っ!!」
「最高傑作だわ…!どう!?フジ、マスター?」
「とてもよくお似合いですよ。さすがテルさんですね。」
「だねー!すごくカッコいいよー!」
「でしょ――――!?おホホホホホホ!」
テルは満足げになって高らかに笑い声をあげた。
「…にしても、なんだか様子が可笑しくない?」
フジが愛姫の驚き様に疑問を感じて、愛姫の横にいき顔を覗き込むと、愛姫の目にはじんわりと涙が浮かんでいた。肩もふるふると震え、拳を固く握っている。
「え!?どうしたの!?」
テルもおかしいことにようやく気づき、おろおろし始めた。
「あー…テル、実はこの子アイから何も説明されてないみたいなんだ。」
細目のフジは困った様子で愛姫を見ながら言った。
「えっ!?何!?どういうこと!?ちょ、ちょっとアイ―――――!」
テルがアイに事情を聞こうと振り向くと、アイは飲みかけのコーヒーを取りにいこうとしていた。
「アイ―――――!?な、どこに行くのよ、説明しなさい!!」
テルはアイをグイッと捕まえて愛姫の前に引っ張ってきた。アイは無表情でまだ持っていた鏡でまた愛姫の姿を映す。
「…。」
そしてふるふる震えた手で愛姫はアイから鏡を受けとると、アイと他の男性たちに質問した。
「――――…に、似合うって…コレ?」
「そうよ。ねぇ?」
「へ?あ、うん…すごく似合ってると、思うんだけど…ねぇ?」
「さ、最高の出来だと思うわ!アタシ嘘はつかないわよ!」
三人はそれぞれ思ったことを口にした。しらっと言うアイ、フジとテルは何が気に入らないのかわからないため、必死にフォローしようとしている。三人の言葉を聞いて、愛姫はさらに質問を続けた。
「私…―――――――どう見えますか?」
するとフジとテルは一斉に声を張り上げた。
「「カッコいい!!」」
ブツンッ。
その瞬間、愛姫の頭の中で何かが切れた音がした。そして溜まっていた涙はみるみるうちに溢れだし、顔は真っ赤に染まってしまった。
「「えっ、え――――っ!?」」
愛姫が泣いたことに男二人(男とオカマ?)が驚き過ぎて固まっていると、愛姫の目の前にいるアイがニッコリした笑顔でこう言った。
「ほらほら、せっかくの男前が台無しよ?ね?変われたでしょう…カッコ良く。」
「――――――――――っ!!わ…私はっ…。」
理解してくれたと思っていたアイに裏切られ、愛姫はショックのあまり大声を出して泣き崩れた。
・・・
「"可愛く"なりたかったの―――――――――――――っっ!!」