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月に願いを

作者: えるふぃん

 「ねぇ、知ってる? 月のきれいな夜に銀のリングをして恋の願い事を唱えると、絶対叶うんだって」

 小学生の頃、流行ったおまじない。


あたしは、信じていなかった――――。



 聖フェルガナ学園の敷地内にあるテニスコートで、如月祥子きさらぎしょうこは今日も部活に励んでいた。

二人一組のペアになって、ラリーを続かせる練習である。

ボールを打つ、小気味良い音と掛け声がコートいっぱいに広がっていた。

「休憩〜っ!」

 先輩の声で祥子たちはラリーを止め、ベンチに置いてある飲み物を片手に小休止をとる。

突然、隣のコートから女生徒の歓声があがった。

「キャー! 藤堂せんぱぁ〜い!」

 どうやら男子テニス部のコートでは、試合が行われているらしい。

中等部二年でレギュラーの藤堂裕一とうどうゆういちが、高等部の先輩相手に戦っているのだ。

裕一は長めのさらさらヘアーに整った顔立ちをしており、学問の成績も悪くない。

テニス部では一年の秋からレギュラー入りを果たし、大会でも好成績を収めている。

当然、女子の間では人気絶頂だった。

彼が試合を始めるときまって、男子テニス部のコートは黄色い歓声を上げるギャラリーでいっぱいになるのだ。

 その様子を祥子は羨望の眼差しで見つめていた。

(藤堂先輩、かっこいいな…。あたしも大声を上げて応援したい――――)

「相変わらず、すごい人気だね〜。藤堂先輩」

 ペットボトルの蓋を閉めながら、奥野理香子おくのりかこは大して興味なさげに呟いた。

祥子は理香子とはクラスが別だが、テニス部では一番仲が良い。

「そうだね。カメラ持ってる子もいるよ」

「藤堂先輩のどこがいいのかね〜。私にはわかんないよ」

 理香子は立ち上がるとペットボトルをなおしに去っていった。

(理香子には、ちゃんとお相手がいるもんね。でも、あたしは――――)

 祥子は藤堂 裕一のことが好きだった。

でも、声援を送っている女の子たちのように、騒ぐことは出来ない。

ただ遠くから黙って見つめているしかなかった。

きっと、祥子の名前すら知らないだろう。

部活の仲間にも、祥子が裕一を好きなことを知る者はいない。

それだけ言葉や態度に表さないようにしているのだ。

 唯一このことを知っているのは、クラスメートで親友の相原優あいはらゆうだけだった。



 祥子は教室でいつものように優とお昼ご飯を食べていた。

「ねぇ、見て見て祥子。今月の乙女座、ラブ運好調だって」

「そんなの当たるわけないじゃん」

 そんなことないよ、と優は祥子に向かって雑誌を突き出した。

「この占い、結構当たるって評判なんだから。えーっと、なになに? “恋のチャンス到来! 意中の彼と仲良くなれるかも!?”だって。ラッキーポイントはおまじない、かぁ…」

 祥子の星座である乙女座の欄を、優は読み上げた。

「ホントかな〜? あたし、おまじないとか信じてないし。だめだめ」

 祥子はフォークを片手に、ぶんぶんと手を振る。

しかし、優はめげずに微笑んで言った。

「とにかく、やるだけでもやってみたら?」


(そんなこと、言われたって―――。あたし、おまじないとか知らないし…)

夕食の後、自室の机の前で、祥子は親友の言葉を思い出していた。

宿題のノートを広げていても、気が散って集中できない。

その時ふと、小学生の頃クラスメートが言ってたことを思い出した。

「ねぇ、知ってる? 月のきれいな夜に銀のリングをして恋の願い事を唱えると、絶対叶うんだって――――」

 祥子は窓の外を見上げた。

雲ひとつない夜空に、美しい満月が輝いている。

祥子は机の引き出しから、小さな小箱を取り出した。

中を開けるとイヤリングやネックレスが入っている。

そこから、露店で買った銀の指輪をつまみあげた。

(ちょうど材料は揃っている。やってみようかな?)

 祥子は立ち上がると、ベランダに出た。

そして指輪を左手の薬指に嵌める。

(どこに嵌めるかは聞いてないから、左手の薬指でいいよね? なんか効きそうだし♪)

 祥子は手を組み、月を見ながら息を吸い込んだ。

「…藤堂先輩と仲良くなれますように。このリングを地上の北極星にして――――」

 そう唱えながら、強く、強く願いを込める。

(あとは、この指輪をして眠ればよかったんだよね。じゃあ、今日はもう寝よう)

 部屋の電気を消すと、祥子はベッドに潜り込んだ。

左手の薬指に、銀の指輪を嵌めたまま――――。


 次の日、祥子は何が起こるかとドキドキしながら登校した。

授業も半分上の空状態で、放課後の部活の時間を待つ。

そして待ちに待った部活の時間がやってきた。

しかし、いつも通りの練習メニューをこなすだけで、特にハプニングがあるわけでもなく、時間は過ぎていく。

相変わらず藤堂 裕一の周りは、取り巻きの女子でいっぱいだ。

そして祥子はいつもと同じように、遠くからただその様子を眺めているだけだった。

「祥子、なによそ見してんの〜? ちゃんと集中しな!」

 ハッと気が付いたときには、黄色いボールが祥子のすぐ右脇をバウンドして飛んでいく。

(あっ! しまった――――)

「フォーティー、ラブ! ゲームアンドマッチ! 奥野!」

 試合をしていたのに集中できなくて、祥子は負けてしまった。

項垂れていると、顧問がやってきた。

「如月、今日はちっとも集中できていないようだな。罰として、部室の片付けをしてから帰れ」

「…はい」

 練習の後、部室を片付けることになってしまった。

(結局、今日は何にも起こらなかった。おまけに部室の片付けだなんて、ついてない―――)

 やっぱり、占いやおまじないなんて当たらないのかも…とさえ、思い始めていた。

ようやく片づけが終わって外に出てみると、辺りは真っ暗で校内に人影はない。

(あーあ、すっかり遅くなっちゃった。早く帰ろう)

 何かに追われる様に急ぎ足で校門に向かっていた祥子の耳に、ボールを打つ小気味良い音が聞こえてきた。

(誰? コートで誰か練習してるの?)

 祥子はテニスコートへと足を向けた。

ライトで照らされたコートの中央に、一人の男子生徒が立っていた。

左手でボールを高くあげ、落ちてきたところをラケットで打つ。

どうやらサーブの練習をしているようだ。

何度も繰り返している証拠に、向かいのコート側のフェンスには黄色いボールがいくつも転がっている。

明かりに照らされたその顔は、紛れもなく憧れの藤堂 裕一だった。

(藤堂先輩、こんなに遅くまで練習してるんだ――――)

 初めて見る裕一の姿に、祥子は驚きを覚えた。

裕一はポケットに入れていたボールがなくなったのか、かごの方へと向きを変える。

どうやら祥子に気づいたようだ。

「誰? そこにいるのは」

 警戒心をあらわにして、裕一が訊ねた。

逆光のために裕一からは、祥子の顔までは見えないのだ。

祥子は裕一の側まで歩いていった。

「こ、こんばんは。藤堂先輩」

「あれっ? 君は――――」

 名前が思い出せないのか、裕一は額に手を当てて考えている。

「き、如月です。如月 祥子」

「ああ、如月さん。確か…テニス部で一年だよね?」

 裕一の言葉に、祥子は嬉しくなった。

(あたしのこと、覚えてくれてる!)

「はい!」

 満面の笑みで頷く祥子に、裕一はスッと真顔になった。

「あのさ…このこと、誰にも言わないでくれるかな?」

「えっ?」

「なんかさ、恥ずかしいんだよね。努力してるとこ見られるの」

 そう言って裕一は、ポリポリと頬をかきながら目を逸らした。

(…あ、なんか先輩ってかわいいかも!)

「ええ、もちろん! 誰にも言ったりしませんよ!!」

 祥子の言葉を聞いた裕一は、安心したように微笑んだ。

ズキン、と祥子の心臓が爆発しそうになる。

(うわっ! こんな間近で先輩の笑顔が見られるなんて―――)

 今まで遠くから見ているだけだった憧れの藤堂先輩と話をしている、そのことだけで祥子は嬉しくて仕方がないのであった。

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと…家、どこ? 送ってくよ」

 腕時計を見た裕一が、祥子に訊ねる。

「えっ? だ、大丈夫です。すぐそこですから――――」

 慌てて祥子は首と手を振って断った。

「もう暗いから、女の子一人じゃ危ないよ。オレは男だし、自転車だから」

 その代わり、ボール片付けるのだけ手伝ってもらえるかな? と裕一はすまなさそうに言った。

祥子は裕一と共に、ボールをかごに直し始めた。

コートにたくさん散らばっていた黄色い玉が、みるみるかごに埋まっていく。

「よし、これで終わり! ごめんね、手伝わせちゃって。ちょっと待ってて、着替えてくるから」

 裕一はそう言うと、部室へと走って行った。

誰もいないコートに、祥子が一人取り残される。

けれど、胸は期待で高まり、気分は高揚していた。

("女の子一人じゃ危ないよ"だって。ますます先輩のこと好きになっちゃったかも――――)

 祥子は一人でほくそ笑むと、空を見上げた。

昨日より少し欠けた月が、金色に輝いている。

(やっぱり、占いもおまじないも信じれば叶うんだ!)

 祥子は、嬉しくて叫びだしたい衝動をぐっと堪えた。

そして周りを見渡して誰もいないことを確認すると、小さく飛び上がった。


「ごめん、遅くなって。乗って」

 裕一は謝りながら校門前に自転車を止めると、祥子に後ろに乗るよう促した。

「えっ? い、いいです。あたし、軽くないしっ!」

 ぶんぶんと首を振って拒否をしながら、祥子は後ずさる。

「でも、そのほうが早いから。乗って」

 月明かりの下で人の良い笑みを浮かべる裕一の顔を見ていると、とても断ることなどできない。

(そうじゃないんだけど……、そうじゃないんだけどな―――――)

 少しでも長く、一緒にいたいだけなのに。

それなのに後ろに乗ってしまったら、すぐに着いてしまうではないか。

祥子は、自転車を押す彼の隣を歩く場面を想像していたのだ。

他愛無い話をしながら、笑いあう二人を。

「いい? 行くよ。」

 祥子が自転車の荷台に横座りすると、裕一はゆっくりとペダルをこぎ始めた。

周りの景色が、少しずつスピードを増して流れ去ってゆく。

「ちゃんと掴まってて」

 ちらりと後ろを振り返って、裕一が言った。

「あ…は、はい」

 祥子はそっと、裕一の肩に手を載せた。

(うわっ…先輩に触っちゃった!)

 触れるだけで、祥子の心臓は口から飛び出しそうだ。

これがいつも裕一を取り巻いている女生徒だったら、ここぞとばかりに腰に手を回してしがみついているだろう。

だが、祥子にはとてもそんなことはできない。

もとより考えもつかないだろう。

 二人を乗せた自転車は、人通りの少ない下り坂を走っていた。

通称「学園通り」と呼ばれるこの通りの商店街は、すでにどの店も閉まりかけている。

車の往来もほとんどないため、暗くなってからの一人歩きはやめるよう指導されていた。

 やがて海岸沿いの道路を通り過ぎ、住宅街へと入っていく。

祥子の家は、もうすぐだ。

(このまま、帰りたくない。何か…話さなきゃ。今しか訊けないこと――――)

 祥子は、尋ねようかどうかしばらく迷っていたが、思い切って口を開いた。

「藤堂先輩」

「ん?」

「先輩って、いつも女の子に囲まれてて人気者ですよね」

(うわぁ〜! あたしってば、何言ってんだろ……)

 言ってしまってから、すぐに後悔した。

言い方によってはとても嫌味に聞こえてしまう。

祥子は慌てて、付け足した。

「えっと、あの…だからその……こ、告白とかよくされるんじゃないですか?」

 キキーッ!という耳を覆いたくなるほどの音をたてて、裕一はブレーキをかけた。

その反動で祥子はつんのめって、おでこを裕一の背中にぶつける。

「いたた…せ、先輩?」

 裕一は無言で自転車にまたがったまま、俯いていた。

前を向いているため、その表情はわからない。

「なんか、そういうのってよくわからないんだよね」

 小さな声で裕一はそう、呟いた。

そして、くるりと顔だけ振り返る。

裕一は口元に笑みを浮かべていたが、どこか寂しそうな目をしていた。

「勇気を出して告白してくれる子には、悪いんだけど。今はそういうのって、考えられないんだよね。テニスのことで精一杯で――――」

 それから裕一はテニスとの出会いから、どれほど好きかということを嬉しそうに語った。

その目はさきほどとは打って変わって、きらきらと輝いている。

そしてまた、自転車は進み始める。

だが、祥子の耳には彼の話は一つも入ってこなかった。

『そういうのって、よくわからないんだよね』という裕一の言葉が、頭の中をまわっている。

(先輩は、今はテニスにしか興味ないんだ。私が告白したって、きっと――――)

「家、この辺だっけ? どこに行ったらいいのかな?」

 裕一の言葉に我に返った祥子は、辺りを見回した。

暗くてわかりづらいが、見慣れた家の近所であることは確かだ。

「こ、この辺で大丈夫です。うちはもう、すぐそこですから」

 自転車の荷台から降りると、祥子は頭をぺこりと下げた。

「今日は、ありがとうございました。それじゃあ、おやすみなさい」

 裕一の顔をまともに見ることができないまま、それだけ言うと祥子は足早に立ち去ろうとした。

そんな祥子のひとつに束ねた髪が揺れる背中を見つめて、裕一は声をかけた。

「ねぇ、もしよかったら付き合ってくれないかな?」

「ええっ!?」

 思いも寄らない裕一の言葉に、祥子は驚いて振り返る。

電灯の明かりの下で、彼は少し照れたようにはにかんだ。

そして自転車を押して歩きながら、祥子との距離を縮める。

対する祥子は、驚きのあまり動けなかった。

「いいかな?」

「あ、あたしなんかでよければ――――」

 祥子の言葉に、裕一は破顔した。

「そっかぁ〜。よかった〜」

 心底嬉しそうに裕一は笑っている。

一方、祥子は飛び上がって喜びたいのをじっとがまんしていた。

(うそ、藤堂先輩から"付き合って"って言われちゃった! テニスしか興味ないって言ってたのはなんだったの?)

「よかった〜。遅くまで一人で残ってると、警備のおじさんに怒られちゃうんだよね」

(えっ?)

「わからないところがあったら、教えてあげるよ。あ、でも他の人には内緒ね」

 ちゃんと送ってくから、心配しなくていいよ―――という裕一の言葉など、祥子の耳には届いていなかった。

(なんだ…"付き合って"って、秘密の練習のことだったんだ。あーあ…がっかり)

 肩を落として歩いていく祥子の後ろ姿を、裕一は嬉しそうに手を振って見送っている。

彼は、罪作りな男であった。

 そういうわけで、祥子は憧れの藤堂先輩と、部活の後に二人きりで練習をすることになった。

裕一の指導は懇切丁寧でわかりやすく、祥子はめきめきと上達していった。

二人の関係も、練習の帰りに家族のことや自分のこと、将来のことなどについて話をするうちに仲良くなった。

 あれから一年たった今では、二人きりの練習はできなくなってしまった。

裕一の親衛隊が秘密の練習を見てしまったのだ。

それからというもの、部活後の練習も裕一の周りは女子でいっぱいだった。

そして祥子は裕一とではなく、理香子と練習をするようになった。

祥子と裕一の関係は、相変わらず“部活の先輩と後輩”のまま。

それ以上でも、以下でもない。

けれど、祥子は諦めてはいないし、沈んでもいない。

むしろ、よかったと思っている。

あのとき、おまじないを信じてよかった―――と。


 ねぇ、知ってる? 月のきれいな夜に銀のリングをして恋の願い事を唱えると、絶対叶うんだって――――。



Fin



この小説はBlogPetグループ「創作小説はいかが?」の第2回お題小説のために書いた作品です。

HPにも掲載している「Legend of Messiah」の番外編になっています。

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