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9月24日 Day.5-4


岩の階段、その左右に立ち並ぶ繁華街。

400年の年月を重ねたその街は、今まで行った中で一番活気に溢れていた。

様々な店があり、そのどれもが個性的だ。

こういった場所は自然楽しくなってくる、土産屋とかは特に楽しい。

昼食を食べたばかりだが、ちょっと何か食べていこうかな。

あの利休庵とか気になる、少ししか居られないが、出来れば存分に堪能したい。


だが、しかしだ。


子守を放棄する訳にはいかないのだった。

カオリとヒロトは問題ない、特に厄介事を持ち込まないからだ。

だがあれは何だ。

キヨシは既に探索に向かったらしい、早急に捜し出して説教せねば。

ホカゾノは何処からか調達した伊香保焼きを貪っている、何で今日は無駄に食いしん坊なんだこいつ。

最後の一つをひょいと奪い取り、唖然とするホカゾノを放置して二人に話しだす。


「とりあえずここでは自由にしよう、猶予は一時間ってところかな。それまでに駅前集合だ、遅れないように。」

「さもないと宿に帰れないって事だね。」

「じゃあ俺はホカを見張るんで、行くぞホカ。」

「うぃ~。」

「あんま調子乗ってはしゃぐなよ?」

「うきゃぁぁぁぁぁあ!」


ゴッ!


「言ったそばから奇声を上げんな、嫌がらせかテメェ!」

「あっはっは、やだな兄さん……嫌がらせに決まってるじゃないか!」


ゴガッ!メキッ!


「良い笑顔だったね。」

「僕らが最後に見たのは、彼の最高の笑顔でした。」

「勝手に殺すな!」

「まだ生きてんのかテメェ!」

「いゃぁぁぁぁ!」

「ここはカズ君に任せて、あたし達はキヨシ君を探しに行こうか。」

「そうですね、こいつはヒロイさんしか物理的に止められないし…警察呼ばれそうな勢いで殴ってるけど。」


さぁてこの馬鹿を機能停止させたらカフェに行くぞ、きっと勉強になるし。


「そうと決まれば早速行こうか兄さん。」

「どうして、お前は、何度殺しても、死なない!」

「いやいや兄さん、愚問だよ、そして今更。」


溜め息しか出ない、誰か聖剣持ってきて。

とりあえず二人で細い路地を登っていく。

その先にある茶房てまりに入る、クラシカルな雰囲気の素敵な喫茶店だ。

俺は珈琲を注文して、店の家具などを見回す。

雰囲気はウチの店に近い、やっぱり喫茶店は落ち着ける方が良いな。


「兄さん、このお店刀とか銃が置いてないよ。」

「……はぁ、当たり前だろ馬鹿。あんなのが壁に掛けてある店はウチくらいなもんだ、原因は貴様だがな。」

「無用心だねぇ。」

「別に用心で置いてるわけじゃないがな。大体俺とお前が居れば大抵の相手には余裕だろ?」

「そうさ、ウチらにはブブさんがついてる!」

「喧しいぞ化け物、魔界に送り込んでやろうか!」

「すぐに制圧しちゃうよ?」

「当たり前のように魔王昇進か……。」


そんな下らない話をしていると、二人分の珈琲が運ばれてくる。

やっぱ珈琲の匂いを嗅ぐと落ち着くな、働いてる気分にもなるけど。

流石に馬鹿にも風情を楽しむ心はあるらしい、大人しく珈琲を飲んでいる。

珍しく、本当に珍しく、俺たちは何事もなくカフェを出た。

さて、後は利休庵ってのに行こうかな、小腹も空いていることだし。


「おい馬鹿、お前あれだけ食べてまだ腹に入るか?」


後ろに問い掛けてみる。

返事がない。

はぁ。

振り替えると遥か後方から走ってくる馬鹿、その手には伊香保焼きが乗っている。


「訊くまでもなかったか…。」

「いゃあ、これ美味くてさ。で、何か言った兄さん?」

「何でもねぇよ、黙って付いてこい。」

「兄さんの背中って……大きいね。」

「伊香保焼き鼻の穴に突っ込むぞ貴様。」

「いやいや、褒めただけだって。で、何処に行くの?」

「利休庵って甘味処だ、何か美味そうなもんありそうだろ?」

「甘味かぁ、ならまだ食える。ウチも行くわ。」

「よーし、店まで競争!」

「え!?」


唐突にダッシュ、きょとんとしたホカゾノ。

華麗なるスタート、決してズルくはないんだよ。

多分奴も判っている筈だ、何しろ必死に走ってくるもの。


負けた方が奢りだろうなぁ。


大切な旅行のお小遣い、最後に買う自分へのお土産代として出来る限り残しておきたい。

そして、こういった観光地の飯は美味いが高い、下手すると不味い。

そんな半分博打の飲食行為に1000円以上は掛けたくない。

出来るならハイエナのように他人が買った物を少しだけ貰うのが好ましい、不味くても食べきる義務はないし、美味かったら買いに行けば良いから。


「負けるかー!」

「マジ最低!兄さん汚い!」

「ふははははは、最っ高の誉め言葉だぜ!ざまぁみろ、負け犬の遠吠えを聴ける時は近いぜー!」

「鬼!鬼畜!悪魔!魔王!狂人!殺戮者!冷酷!サディスト!」

「言わせておけばー!」


ぶん殴ろうと振り返った瞬間、少し落ちた速度を嘲笑いながら馬鹿が並んだ。


「あっはっは、罵倒されるのに慣れてない兄さんなら怒ると思ったぜ!サラバだのろまな亀さん、ゆっくり追い付いてくるよろし。」

「逃がすかよウサギちゃんめ、狼から逃げられると思ったら大間違いだ!」

「兄さんは夜の狼さんでしょ、ぷぷ~!」

「おのれ貴様、拷問という名の説教をしてやるわー!」


しかし走りながら会話するのは当然ながら体力を使う、そして二人して煙草に蝕まれた肺では長く走れるわけがない。

店に着く直前で急激減速、倒れるように膝をついて汗をだらだら流しまくる。


「どっちが勝ちだ?」

「同時だったでしょ!」

「なら奢りはなしだな。」

「始めから走らなきゃ良いのに…。」

「同感だが、俺たちはいつもだろう。」

「昔からだからね。」


息を整えて、漸く店に入る。

途端に甘い匂いが鼻腔を抜ける、幸せな匂いだなこれは。

あてがわれた席に座ると、二人でメニューを眺める。


「抹茶とか良いな。」

「みつまめって美味そう、ウチはこっち。」


店員に注文をすると、冷たいお茶が運ばれてくる。

そして結構早く注文が届いた、まぁ客の少ない時間だからな。

珈琲の後でも抹茶は美味い、和風ってのはやはり素晴らしい。

ほろ苦さと香りが舌に心地の良い風味を残していく、ウチも抹茶ラテとか始めようかな。


「おかわりー!」

「お前それ何種類目?」

「あと一つで甘味完全制覇!」

「胃もたれしそうな光景だな。」

「兄さん、一応ウチも無意味に食べてる訳じゃない。これは研究開発なのさ、新しいウチの店の商品をね。」

「で?ならウチの料理長の感想をお聞かせ願おうか。」

「これマジ普通に超ウメェ!」

「……死んだほうが良いなお前。」


かなり引いた表情の店員に見送られ、俺たちは店を出た、そろそろ駅に行かないとな。

二人で駅に向かっていると、既に駅前には三人が待っていた、珍しく普通に大人しい。


「悪い、待たせたな。」

「いゃあ兄さんが駄々をこねるから遅れちまったって痛い。」

「下らない嘘を吐くな。」

「宿に帰ったら温泉だな、そしたら卓球でしょ!」

「温泉旅行には不可欠な要素だな、その案は採用。」

「あたしも負けないよ!」

「ウチもどんな手段を使ってでも勝つぜ!」

「や、手段は選ぼうか。」


再び電車を乗り継いで宿の最寄り駅に帰ってきた、物凄く五月蝿い二人を黙らせるのに苦労したが。

待っていてくれたバスに乗り込み、暫く山道の揺れに身を預ける。

ふと見ると、特に五月蝿い二人は疲れて眠っていた、夜のための体力を回復しているのだろうか。

宿に着くとすぐに夕食だった。

直前まであれだけ食べていたホカゾノが一番食べているのが恐ろしい、いっそ清々しいくらいの食べっぷりだが。

さて、風呂でゆっくりと汗を流す。

残暑の中であれだけ走ったりしたからな、結構ベタベタしている。

馬鹿が二人で騒いでいるが、他人のふりを決め込もう、何食わぬ顔でスルーしよう。

ヒロトと二人、黙々と体を洗っている。

後ろからいっきまーすとか聞こえる、飛び込みは危ない、とにかく迷惑。

でも止めたら知り合いだとばれる、そしたら周りからのあの冷たい視線を浴びることになる、心が挫けそうだ。


「キヨシ、兄さんはとことんシカトするつもりみたいだぞ。」

「兄弟なのに冷たいなぁ、おーいお兄さん、一緒に遊ぼう!」


呼ぶな馬鹿野郎、良い歳した奴が下半身も隠さずはしゃぐな。


「駄目だ、お兄さんシカトするわ。きっと関係者ってばれたくないんだな。」

「ならこうすれば流石に……そこの髪の毛短い兄さん、もう諦めなよ、既に冷たい視線を向けられてる事実から目を背けちゃダメだよ、周りにいる困っている人を助けないのが兄さんの騎士道なの?」

「上等だテメェ!今すぐに貴様の息の根止めて、他のお客様に全力で謝罪する所存ですことよ!」


一瞬で奴の背後に回り、全力の回し蹴りをお見舞いする。

首筋に足を引っ掛け、勢いよく温泉の底に叩きつけた。

気絶して浮かんでくる馬鹿野郎、傍で怯えるド阿呆。

直後拍手喝采、と同時に俺謝罪。

早急に馬鹿を担ぎ上げ、怯えるド阿呆はヒロトに任せて風呂を出る。

馬鹿を蹴り起こすと、風呂での記憶が飛んでいた、この技を覚えたら楽だな。

そのまま待っていたカオリを連れて卓球室へ、フロントでラケットと球を借りていく。


「へいへい!兄さん、ビビりじゃないならラケット握りな!」

「はっ!あんま調子乗ってんじゃねぇよ、怯え隠しの虚勢にしか見えねえぞ!」

「ふん、ウチが敗けるなどありえないね!兄さんが不様にも敗者として跪くのを高笑いして見てやるぜ!」

「テメェのその自信、欠片も残らないくらい完膚なきまでに粉々に打ち砕いてやる、覚悟しろよ雑種!」


もうお互いに不様だった、とにかく力押ししかしないのだ。

俺もアイツも、要は無駄に格好つけて打とうとした。

強引すぎるスマッシュはネットに突撃し、無駄に力を込めたスピンは相手コートに入る前に落ちるし、最終的にはお互いの顔を狙い始めてそりゃもうカオス。

続いて二回戦。

ヒロトとカオリが物凄く静かに、だけどお互い一歩も勝ちを譲らず、意外に見応えのある試合になっていた。

そして三回戦。


「キヨシなんぞに敗けるかよ、すぐにお兄さ~んと泣き付くだろうよ。」

「ろくに試合も出来ない奴がよく言うぜ、吠え面かくのはテメェだよ。弱い奴ほどよく喚くって言うだろ馬鹿め!」


ひたすらに罵倒しあう、一向に試合は始まらない、さっき俺もこんなだったか……。

まぁ漸く始まった試合は面白かった、変な必殺技まで飛び出していたからな。

遊び疲れて部屋に戻ると、三人は静かに素早く寝てしまった。

俺はもう一度温泉に入り、初めてゆっくりと体を休める。

疲れが溶けだしていくみたいに、少し熱いお湯は俺を包んでくれた。

空を見上げると、満天の星空が広がっている。

幻想的な美しさに、暫し俺は見惚れていた。

さぁ、明日家に帰るまでしっかりしなくちゃな。

部屋に戻り、静かに眠る。

また明日も無事に。


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