9月24日 Day.5-3
穏やかな朝日と爽やかな風で目が覚めた。
軽く伸びをして、窓の外を見る。
長く連なる山々と、晴れ渡った青い空。
少しだけ残る眠気がやんわりと抜けていって、俺は朝の緑茶を淹れる。
お湯を沸かしている間にカオリも起床、二人でお茶を飲みながら朝の穏やかな時間を満喫する、幸せな一時だ。
時計を見ると7時を過ぎている、そろそろ馬鹿共を起こしに行くか。
俺は朝食のメニューを予想しながら、自分の鞄からシグ・ザウエルP226を二挺取り出した、大学時代から持っている骨董品だ。
………いつまで経ってもこの銃口の向く先は変わらないなぁ、成長しろ馬鹿。
弾を装填し、ガスを注入する。
そしてスライドをコッキング、薬室に弾が送られる。
準備完了、さぁて朝の軽い運動でもしましょうか。
カオリに敬礼して部屋を出る、目指すは向かいの馬鹿三人。
扉の向こうから、何かが動く気配はない。
鍵は開いている。
静かにノブを回し、気配を殺して部屋に忍び込む。
目の前に敷かれた三つの布団。
一人は掛け布団です巻きにされ、窓際に転がされている、寝相が悪かったんだろうなぁ、あれではこの季節蒸れるだろうに、下手すると死んだかも。
しかしそこに残る二人の姿はない、朝風呂に行ったか……或いは。
素早く踏み込み、両手の銃を左右へと向けた。
ガキンッ!
四つの銃口がぶつかり合って、重い金属音を発した。
静寂の後、ゆっくりと銃口が下ろされる。
「流石はお兄さん、読まれていたか。」
「ふん、たまには早起きじゃないか二人とも。」
「俺が朝風呂に誘ったら起きてくれたんですよ。そしたら銃を手渡されて、お兄さんが襲撃してくるって。」
「いつもこれくらいちゃんと起きてくれたらな。馬鹿は何故す巻きに?」
「あまりに寝相がウザいのと、夜中最後まで騒いでいたから。」
「ナイスな判断だヒロト、きちんと上下を縛ってるのも高得点だな。さて、朝飯を食べに行こうか。とりあえずそこの馬鹿を起こそう、各自構えろ。」
ニヤリと笑った三人が、迷わずにトリガーを引いた。
約100発もの弾丸が、気持ち良さそうに寝ている馬鹿に撃ち込まれていく。
あぁ、最高。
一発ごとに感情の高まりを感じる、笑いが抑えられない。
濡れる(笑)!!
サディスティックにハイテンションだぜー!
「お兄さんマガジン替え始めたよ、止める気ゼロだよ。」
「ホカは既に起きてるのに、朝からヒロイさんの狂った笑顔を直視して心閉ざしちゃったよ、一層布団に潜っちゃったよ。」
「これはもうあれだ、カオリさん連れて先に朝飯に行こう。」
「そうするか、ヒロイさん引くほど楽しそうだし。」
二人が静かに銃をしまい部屋から出ていく、しっかり朝食のチケットを俺の財布から抜くのも忘れない。
遂に高笑いが口から零れだす、もう止まらない。
ちょうどマガジンを替える際に、うるうるとウサギのようなつぶらな瞳で見上げてくる馬鹿。
その瞳はこう訴えていた。
もう止めて、起きたからもう止めて!
さてここで常識問題です。
圧倒的優位な立場の俺が、現在進行形で虐げている馬鹿からの切なる願いを素直に聴いてあげるでしょうか?
言うまでもありませんね、そんなこと天地がひっくり返ってもありえません。
寧ろ弱々しく弱者が懇願する姿は、いっそ燃える、嗜虐心に火が点いちゃう。
あぁ何でハンドガンだけなんだろう、アサルトとかあれば良いのに。
あれ?
俺は何をしにここに来たんだっけ。
あ、三人を起こしに来たんだ。
我に返って目の前を見る。
布団に閉じこもった馬鹿と、数えきれない弾が床に転がっている、どうやら隠し持っていたマガジンは使いきったらしい。
「ごめん、大丈夫かホカゾノ!」
「………兄さん嫌い、兄さん怖い。」
「悪かった、テンション上がりすぎた。」
「もうやだ、帰りたい。」
「泣かないで、ウザい……じゃなかった、ダルい、いや違うな。」
「うわぁぁぁん。」
ゴッ!
泣き出した馬鹿を黙らせる、再び眠りだす馬鹿、いつも力ずくなのは直した方が良いだろうか。
俺は一度部屋に銃を置きに行き、部屋に散らばった弾やマガジンを集める。
さて、少し遅れたが飯を食べに行こうか。
俺は馬鹿を担ぐと食堂に向かう、軽々と持ち上げられるようになったのは俺の成長の証。
仲居さんとかがギョッとした顔で見てくるのを笑顔でスルー、明日までに何回かありそうだしこの光景。
食堂に着くと既に二人分もチケットは渡してあった、先を見越してて素晴らしいね。
俺が馬鹿を担いできても、ウチの面子は当然のように驚かない、寧ろ見向きもせず食事すら止めない。
空いている席に荷物を放り投げ、淀みない動作でそのままバイキング形式の朝食を取りに行く。
俺は和風に固めた朝食を二人分、自分と馬鹿の席に持っていき食べ始める。
「この後ゆっくりしたら出掛けてみるか?石段街とか吹割の滝とか見に行こう、麓の駅までは送ってくれるらしいから。」
「ちゃんと調べてる辺りがカズ君らしいね、流石だよ。」
「流石はお兄さん、俺たちを楽しませることを考えてくれてるね。」
「ふうん、面白そうだな。」
「ちょっと忙しいかも知れないが、折角遠くに来たんだから見ておきたいだろう?」
「あ、朝飯が既にあるわ。いただきます。」
唐突に飯を貪りだした馬鹿を一瞥、すぐにスルー、淋しさでまた泣きそうな顔をしてる。
それすらも華麗にスルーして、今日の予定をまとめる、馬鹿は会話にすら入れない。
理不尽な扱いにいじけてテーブルに伏せる、遂にむせび泣く、この上なくウザい、とりあえずブッ叩く、まさかずっとこのテンションだろうか。
俺たちは食器を片付け、食堂を後にした。
ホカゾノは構ってもらえないからか諦め、黙って後ろから付いてくる、静かだといっそ薄気味悪い、あと無意味に罵倒したい。
よく考えるとこの扱い、某三姉妹漫画の内田の扱いに似ている。
さて静かなホカゾノを無視しつつ、俺たちは旅館が用意してくれたバスに乗り込んだ。
昨日も見た景色に再び感動し、俺はそんな三人を持ってきたデジカメで撮影する、ホカゾノは寝ている、当然そんな絵に容量の無駄遣いはしない。
バスは1時間程で駅前に到着した、次にここへ来るのは17時くらいになるからそれまでに戻らなければならない、携帯で逐一電車の運行表を確かめないといけないな。
まずはここから沼田駅に向かう、吹割の滝が最初の目的地だ。
それぞれ切符を購入し、ホームで電車を待つ。
ふと周りを見回すと、馬鹿が姿を消していた。
黙って静かだからと放置したのは失敗だったかと嘆いていると、いつの間にか隣に立っていた、手には木の箱を持っている。
「何だそれは?」
「こういう寂れた感じの駅に来たら駅弁っしょ!」
「お、お前今年に入って初めて良いこと言ったか?」
「ふふん、ウチは今朝から溜めた力を発揮しはじめたのさ。」
「よし、余計なことはせず黙って食べていてくれ。それと、ゴミはきちんとゴミ箱にな。」
「仕方ないなぁ、吹割の滝までは大人しくしてるよ。」
「未来永劫喋るな。」
「そんなこと言って、兄さんボケがいないと寂しいくせに~。」
「くたばれアホがぁー!」
脇腹に喧嘩キック、不様にも倒れる馬鹿。
「弁当を零さなかったのだけは誉めてやる。」
「蹴りつつ誉める、新しいツンデレを開発したね兄さん!」
「お前はそんなに首と胴が泣き別れたいのか?」
「いやいや兄さん、自分をもっと曝け出そうよ!」
「お前みたいにみっともなく曝したくはないがな。」
弁当をもりもり食べる馬鹿を引っ張って、入ってきた電車に乗り込む。
やはりシーズンを外して正解だったな、殆ど電車は空席だ。
お陰でゆっくりと景色を楽しむことが出来る、旅とはやはり良いものだな。
……吊り革で懸垂を始める馬鹿さえいなけりゃ言うことないのにさ。
もうかったりぃ、無視だな。
「ヴェルファイアー!」
「………。」
「あたしもやってみよ!」
「馬鹿には負けないぜ!」
『ヴェルファイアー!』
「………。」
「さぁ、後は兄さんだけだよ。」
「ヴェルファイアー!」
『ヴェルファイアー!』
「は~い、後ろの5人組のお客様~。壊れるから吊り革で懸垂をするの止めてね~。」
『すみませんでしたー!』
大人しく座席に座って景色鑑賞、調子に乗るとすぐこれだ。
吹割の滝に着くまでは流石にみんな大人しくしていた、まぁかなり恥ずかしかったからな、嫌な汗がびっしょりだよ。
だけどこの光景を前にしたら黙っていられないな。
「凄いな。」
「迫力あるね。」
「岩の割れ目に滝が流れていくのか、へぇ~。」
「滝が割れ目に……割れ目から滝が……。」
「割れ目にイン!」
「はい黙ろうかそこの欲求不満のクソッタレ共!」
「あれ~?兄さん何を勝手に想像してるの~?」
「お兄さん、それはあきません。」
「滝の藻屑となりやがれー!」
ひとしきり馬鹿共を追い掛け回し、結構な勢いでどつきまわす。
土産が見たいと言うので、ぞろぞろと入り口付近の土産屋に行く。
土産屋さんで昼食を買って、滝を見ながら食事を済ました。
次に向かうのは石段街、距離があるから早めに出ないと間に合わないだろう。
電車に乗り、渋川駅に向かう、俺的に見たい本命はこっちだからな。
また人の少ない電車に揺られて田舎町を抜けていく。
流石にここではヴェルファイアはやらない、また怒られたらたまらない。
さて、どんな景色を俺に見せてくれるかな。




