9月23日 Day.5-2
「準備はいいか野郎共ー!」
『おー!』
「あたしは野郎じゃないぞー!」
「準備はいいか皆の衆!」
『おー!』
太陽が眩しい朝っぱら。
デカい旅行鞄を転がしながら、俺たちは駅前へと向かっていた。
これから新幹線に乗って群馬に行き、山奥の山荘に泊まることになる。
向こうに着いたらバスで送迎って流れだ、時間はしっかり守らないと乗り遅れる。
つまりだ。
「おい馬鹿共と二人、良く聞きなさい。」
「何さ兄さん。」
「そうだな、特に貴様は良く聴いておけ。今回は時間厳守、さもないと置いていかれる。」
「何で?待たせれば良いじゃんか。」
……メキ、グチャ、ドスッ。
「はい、守らないとこうなります。」
『………はーい。』
「よし、じゃあ行こうか。」
ゴミクズと化した馬鹿を担ぎ上げ、荷物は纏めて引きずっていく。
朝のラッシュにもまだ早い、街は閑散としている。
俺は心地よい清涼な空気を吸い込むと、いつの間にか隣を歩いている馬鹿に荷物を投げつけた。
そりゃもう渾身の力で、奴の巨大な金属製トランクを。
ほぼゼロ距離の投擲、鈍い音を立てて吹き飛んでいく。
だが良く見ると馬鹿はしっかりトランクを受け止めて、軽やかに着地した。
「なぁ、何でお前は生まれてきたの?」
「あっはっは、愚問だよ兄さん。ウチは新世界の神となるためグハァ!」
「そうかそうか、まだ眠いのか。さ、寝言ほざく口は早急に閉じようか。あと心臓止めようか。」
「おっけ、今一つ目の心臓止めたわ。」
「俺が存在ごと消してやるわボケェ!」
「カズ君、とりあえず朝だから静かにしようよ。」
「あぁ、悪いカオリ。」
「……ぷぷっ、そうだよ兄さん、朝は静かにね、ぷふっ。」
「早朝から皆さん申し訳ありません、俺は今からこれを壊します。」
「冷静に殺害予告!?」
「はいお兄さん、村正。」
「ありがとう弟くん、これなら静かにあれを葬れるよ。」
「ホカー、俺たちは先に行ってるから。」
「あたしはもう知らないよ、朝からカズ君をおちょくるから死ぬんだよ。」
「ちょ、マジで死亡フラグなのこれ!?」
「日常の些細な判断から死に直面する事もある、勉強になったな馬鹿。」
「いやいやいや、これくらいの光景、高校生とか普通にやってるから死なないから。」
「ふむ……平和だよな日本って。」
「寧ろ常に何処からか武器を取り出す兄さんがおかしい!」
「皆無用心だなぁ。」
「そういう問題!?」
「あっはっは、さっきから驚きの連続だね?」
「この化け物!」
「最後に言い残す言葉はあるかな?」
「まだまだ生きてはびこってやるんだ!」
「夢を大きく持つのは素晴らしい、叶わない夢でも少しは素敵だ。さぁ、そろそろ時間も危ない、手短に済まそうか。」
「すかさずダッシュ!」
「待てやコラァ!」
「へへーん、馬鹿が見るー!」
「疾く逝ね下朗!」
駅に向かって猛ダッシュ、今なら光の速さで奴を消せるぜ。
さて、走ったお陰で早く駅に着いた。
都会行きの急行に乗って、そこから群馬に向かう。
始発でまだ空いている電車に乗り込み、五人は溜め息を吐いた。
朝から無闇にテンションを上げすぎた、何より無駄に暴れすぎ。
旅が始まって最初の移動で既に刀を抜いた、しかしそのお陰で流石に大人しくなったな。
今は腫れた顔を冷やしながら疲れ切っている、煙草の吸いすぎだなこいつは。
まだこの辺りでは大人しくしていた、弟くんは単に眠いのかテンションが低い、ヒロトは低血圧。
俺は一時の休息を噛み締めるように景色を眺め、ゆったりと背中を椅子に預けた。
まだ都市部には着かないからと、隣では早起きした三人が耐え切れずに寝ている。
今ならと思い、折角なのでカオリとの時間を楽しんだ、幸い周りには誰も乗っていなかったからな。
電車が駅に近くなると、文字通り三人を叩き起こす。
頭を撫でながら後ろを歩く三人を気にしつつ、乗り換えのローカル線へと乗り込んだ。
手動で開ける扉、小さすぎる車輌、通り過ぎていく人のいない駅。
他に乗客がいないことを良いことに、やおら歌いだす馬鹿。
俺は無視して眠ることにした、これからまた疲れそうな予感がしたからだ、保護者って大変。
中途半端な歌声を耳にしながら、少しずつ眠りに落ちていく。
そして馬鹿のシャウト、俺キレる、寝る前に軽く80コンボ。
弟くんがKOのゴングを叩く。
「ふん、クズが図に乗るなよ!」
「ウォォォォォ!ウチはまだまだやれるぜー!」
「ラウンド2、ファイ!」
「宿に着くまで永眠しやがれクソッタレ!」
「血沸き肉踊る!これぞ究・極・奥・技!オラオラオラオラ!」
「ふふん、容易く凌げるわボケェ!見よ!そして食らえ!旋牙連山拳!」
「そんな事より俺の歌を聴けー!」
「またそのパターン!?」
「ホカー、窓から飛び降りてみて。」
「無茶ぶり!?流石に死ぬから!」
「ほら飛べよ化け物、背中を押してやるからよ。」
「ホカゾノー、期待してるよ~。」
「飛~べ!飛~べ!」
「I can't fly.」
「人間やれば出来るさ、さぁ、飛んでごらん。」
「じ、じゃあって無理ー!」
『えー』
「どんだけ死んでほしいの!?」
「馬鹿の飛翔に全米が泣いたら良いなぁ~。」
「希望!?」
「ホカ、それでも芸人か?」
「五月蝿い黙れ!」
ガヤガヤと街の喧騒にも負けない騒がしさで、俺たちは目的の駅まで喧しかった。
あぁ、結局寝れない。
駅に着くと、宿までのシャトルバスが停車していた、急いで駆け込む。
流石に観光シーズンからずれているからか、このバスにもあまり乗客はいなかった。
乗っているのはお婆さま方だけ、一応馬鹿共は黙らせておく、俺たちの五月蝿さじゃお年寄りには辛い。
岩だらけの山道をひたすらに登り、山を越えるとそこから宿まで下っていく。
頂上からの景色は絶景で、珍しく五人で息を飲んで魅入っていた。
遥かなる地平線と、山肌に掛かる雲。
否応なしに自分達が雲の高さにいることを教えてくれる。
緑豊かな山道を下り、山々の間に建てられた宿に辿り着いた。
バスから降り、長い廊下を男性に連れられて歩いていく、ちょっと懐かしい。
昔家族でここに来たな、一度目はまだ祖父も生きていたし、二度目は家族団欒だった、だからこの宿を選んだわけだし。
部屋は二つ。
俺とカオリ、馬鹿三人をそれぞれ分けた、じゃなきゃ絶対寝れない休まらない。
荷物を置いて一休み、茶菓子を食べながら一服する。
「こうして旅行するのは新婚旅行以来か、久し振りですまないな。」
「何か余計なのはいるけどね、子供が。」
「まったくだ、保護者ってのは大変だよ。図体ばかりデカい。」
「昔と変わらなくて良いんじゃない?あたし達はいつまでもこのままだよ。」
「そうかもな、それも悪くない。」
隣では既に騒ぎ始めているらしい、どうやら茶菓子を奪い合っているようだ。
さて、折角だし風呂に行こうか。
俺とカオリはお風呂セットを用意すると、静かに露天風呂に向かった。
長い階段を登って別れる、流石に混浴はないからな。
幸い誰も入っていなかった。
湯船に浸かり、ゆったりと寛ぐ。
「あぁ、やっぱ温泉って良いよなぁ。」
「しかーし!兄さんに寛ぎの空間などないのだった。」
「果たしてお兄さんに安らぎの瞬間は訪れるのか、次週最終回!そこで彼が見た物とは!」
「薄汚いカスの一物だろうよ、切り落とすぞ雑種。あと死んでくれ。」
「あぁ、気持ち良いな温泉。」
躊躇いなく泳ぎだした馬鹿を踏み潰して沈める。
「ほぉ~ら、捕まえてごら~ん。」
「気持ち悪いもんをぶるんぶるん振り回すな、目障りだ!」
「俺の愚息を気持ち悪いだなんて、酷い!」
「見たくもねぇもん見せられたら誰だって同じ反応を示すわボケェ!」
「あはははは、あはははは。」
「満面の笑みでお湯を飛ばすな、突き落とすぞ!」
「ツンデレ?」
「あはははは、殺すよ?」
「またまた兄さん、素敵な笑顔で言うこと違うっていやぁー!」
「引き千切ってやろうかあほんだらー!」
むしり取る勢いで馬鹿に掴み掛かり、巨大な水飛沫が高く跳ね上がる。
それは敷居を越えて女湯にも届いたらしく、低く重い声が向こうから聞こえてきた。
「ホカゾノ~、後で覚悟しなよ~?」
「ヤバイ兄さん、真打ちが登場だ。」
「呼び寄せたのは貴様だろうが!」
「カズ君、任せる~。」
「結局執行人は兄さん!?」
「わ~い、殺そう!あははははは。」
「わぉ、福笑いもびっくりな笑顔で凶器振り回してるよ……何処から出したのそれ~!?」
「キヨシ~、酒でも飲もうぜ~。」
「お、流石はヒロト、用意が良いなぁ。」
「さっき売店に売ってた地酒。」
「いつの間に買ったん!?」
「ヒロト~、後であたしにも~。」
本当に誰も来なくて良かった、これじゃ追い出されてもおかしくない。
二人は酒を飲み交わし、二人は走り回ってる、迷惑極まりないな。
さて、それから風呂を出て皆で人生ゲーム、持参はキヨシ、どうやって持ってきたのか、あの鞄は某猫型ロボットのポケットと同じ構造か?
夕食も騒がしかった。
馬鹿が無闇にバイキングだからと張り切って、吐きそうなくらいに山盛りにするからだ。
俺は疲れてダウン、一人で寝始めた。
だが数分もしない内に馬鹿共がやってきて飲み会を始めやがる。
「五月蝿せえぞ貴様らー!やるならテメェらの部屋でやりやがれ、ぶっ殺すぞ!」
「止めてー、この距離は当たるー!」
リボルバーをひとしきり撃ちまくり、漸く床に就いた。
あぁ、まさか明日もこんなだろうか。




