9月16日 Day.5-1
パリーン!
「………。」
「………。」
「なぁ馬鹿野郎、今日は何枚目だ?」
「えっと、俺は二枚目?」
「ボケろつったかテメェ!」
「ちゃんと報告したやんかー!」
「テメェのどこが二枚目だとボケェ!鏡見て生まれ変われカスがー!」
「そういう意味じゃないー!」
「お兄さん荒れてるなぁ、この間の風邪の時にふざけすぎたかな?」
「いい加減にしないとそろそろ本気で殺されちゃうよ?」
「いやいやカオリさん、お兄さんはいつでもガチで殺しにきてるから。」
「ねぇ珈琲まだー?」
「ヒロトくん、仕事しようか。」
あの風邪を引いた日。
翌日店に行くと皿の数が半分に減っていた。
これはアレだ、神様が殺しても良いんだってお許しをくれたんだな。
元気になった体で渾身の抜刀術、馬鹿野郎共は瀕死。
余計な出費がかさむ。
折角節約してとあるイベントを企画していたのに、お陰で一週間先延ばし。
お客様にも恵まれて、今日の売り上げが入ればやっと取り戻せる。
中止にしようか迷ったが、一応雇用者の俺としては夏休みの代わりを作ってやりたい。
そろそろ話すかな。
半殺しにした馬鹿を放置して、洗い物をしている二人に声を掛ける。
「来週は三日間店を閉めるから、それぞれ準備をするように。」
「あれ、何かあるの?」
「夏休みが取れなかったからな、ちょっと皆で二泊三日の温泉旅行を企画してみた。幸い今年の夏は売り上げも良かったからな。」
「やったー!パリンッ!」
「………でだ、多少余裕を作りたいから今週は頑張ってくれ。」
「ツッコミ諦めたね。」
「よっしゃー、気合い入れて売りまくるぜー!」
「なぁ板橋さん、何か食えよー!」
ゴッ!
「失礼しました。板橋さん、気にせずゆっくりしていって下さい。」
「……トシユキ君死ぬよ?まぁ折角だし私もカンパしよう、珈琲のおかわりとBLTサンドを貰おうかな。」
「気を遣っていただきすみません。カオリ、BLTを一つ頼む。」
「はーい。板橋さん、ありがとうございます。」
「気にしなくて良いよ、ここは落ち着けるからね。」
「おいヒロト、塵に変えるよ?」
「さて、夕方からのタイムセールに行かなくちゃ。」
慌てて店の財布を掴み走り去るヒロト、まぁ働くならばいいか。
「おい愚弟、今の内に倉庫の整理と在庫管理してこい。」
「Sir,yes Sir!」
「普段からあれくらい働けば良いのに。」
俺は呆れつつも珈琲を淹れて、ベーコンの良い匂いのするBLTサンドを板橋さんに手渡す。
「ありがとう。来週は新作のブレンドが完成するから週末にでも届けさせるよ、ラテにすると美味いよ。」
「それは良いですね、最近ちょうどラテの注文が増えてるので。」
「客層が変わったのかな?」
「はい、高校生が増えてきましたね。お陰で夕方以降は賑やかになってますよ、文化祭が近いみたいで。」
「話し合いでもしてるのかな?」
「そうみたいです。喫茶店を計画してるらしくて色々と相談されました、その内豆を買いに行くと思いますよ。」
「お、斡旋してくれたのか、ありがとう。」
「まぁ高校生なんで少し割引くらいしてやってください。」
「あぁ、良いのを探しておく。」
するとちょうど賑やかな話し声が聞こえてきて、間もなく件の高校生達が入ってきた。
「マスター、この間の話どうなりました?」
「ちょうど良かった、そちらにいらっしゃるのが例の珈琲豆を扱ってる板橋さんだよ。板橋さん、ちょっと相談に乗ってあげてくれますか?」
「勿論だとも。こんにちはお嬢様方、私が板橋だ。こんなオッサンで良ければ私が教えてあげよう。」
「やったー、ありがとうございます!マスター、昨日と同じ組み合わせで四人分お願い。」
「うん、任せなさい。そっちの広いテーブルが良いだろ、カオリはタマゴサンドを四つ。」
「じゃあ待っている間に何を出すのか教えてもらえるかな?」
それから暫く会議をする五人を横目にしながら、混みはじめた店を回していた。
結構真面目に話を聴いていたようで、板橋さんが帰る時に妙に嬉しそうだった。
旅行を宣言したからか馬鹿野郎共は真面目に働いていた、これからもそうしてくれたら殺さなくて済むのに。
因みに真・馬鹿野郎無双のカスは終始気絶していた、当たりどころが悪かったか、まぁ邪魔だから蹴り飛ばしておいたが。
そのまま週末まで忙しく、割れた皿の数が奇跡的に一枚だけという最高の一週間だった。
……初めてじゃなかろうか、こんなに平和だったのは。
その報告の際に馬鹿が発したコメント。
「刮目せよ、これがウチらの本気だ!」
殺意が湧いたので夜まで再起不能にしておいた、筈なのだが、二分後には普通に旅行支度をしてやがる、なんて生き物だアレは。
だが、明日からの温泉に気持ちが浮ついていたのだろう。
俺はまだこの時、いつもなら予想できる筈の事態に頭が回らず、その旅行の日となったのだった。




