9月2日 Day.4
「39.2℃、完全に風邪だね。」
「うぅ、最悪だ。ゴホゴホッ!」
「お盆まで働いてたもんね、疲労で体調が崩れたんだよ。店は……あいつらはあたしが見とくから安心して休んで。」
「すまん、助かるわ。」
冷えピタを額に貼って横になった俺は、心配そうな顔をして出ていくカオリを見送った。
とたんに部屋が静けさに包まれる。
街の喧騒は遠い。
それも当然か、この家は店の裏手にあるからな、この時間帯はまだ子供も帰ってきていないだろう。
時計には10時12分と表示がある、いつもなら馬鹿共を叩きのめし終わって漸く落ち着いた頃だ。
………大丈夫かな、何かスゲー不安になってきた。
ちゃんと仕込みは終えたかな、今更珈琲が淹れられないとかないよな。
まさか未だ扉に「closed」なんてぶら下がってないよなぁ……。
あぁ、心配だ、全力で見に行きたい。
でもダメだ、身体がいうことをきかん。
久し振りな風邪のせいかな、こんなに深刻だとは。
うぅ、ダメだ~。
…。
……。
………。
あ、寝てたな俺。
頭痛ぇ。
「ぷぷぷ、無防備な寝顔晒しちゃって、うぷぷ。」
……判る、目を開けなくても判るわ。
こりゃあれだ、きっと今目の前にぶっ飛ばしたい顔があるに違いない。
あの薄汚い面をニヤニヤさせて俺を覗き込んでるだろうよ、まったく忌々しい。
ここはアレだな、ぶっ飛ばそう。
今の俺ではきっと大した威力が出せない。
なら初めから眉間の一ヶ所狙い、今の最大出力で打ち抜いてやる。
せーの、オラァ!
パリンッ!
「ってあっつ!」
「……起きがけにアクティブだね兄さん。」
熱い熱い熱い!!
何!?何!?
「あははははははは、兄さんトカゲの尻尾みたいにのたうち回ってる、あははははははは!」
クソがテメェ今それどころじゃねぇ!
全速力で熱さの原因を叩き落とす、何だこれぐちゃぐちゃしてる。
そして馬鹿はまだ笑ってやがる、冗談じゃねぇ熱すぎる。
俺は布団から這い出して枕元を見た………お椀?
白い何かが布団に散りばめてある、多分お粥。
見上げると腹を抱えてヒーヒー言ってる馬鹿がいる、その手には別のお椀と蓮華。
とりあえず全力でぶっ飛ばした、そりゃあもう風邪が悪化しそうなくらいに。
漸く痛みが引いたところで、馬鹿を踏み潰しながら問い掛ける。
「おい貴様、一体これは何の冗談だコラ。」
「酷くない!?ウチは兄さんの為を思ってお粥をお持ちした次第ですよ!?」
「ほぉ、そりゃあご苦労なこった。で、何で俺の顔にお粥が降ってきたんだ?」
「それは兄さんがいきなり殴ったからじゃん!」
「そんなifは知らん、死ねやボケェ!」
「理不尽!?」
再びラッシュ、格ゲーなら連打系の必殺技が出てる。
ひとしきり殴ったら、とりあえず汚れた枕や布団を取り替える。
ぴくりとも動かなくなった馬鹿は端に蹴り飛ばし、半ば朦朧とする意識の中で洗濯機を回しに行く。
洗っておけば放置するよりはマシだろう。
にしてもヤバいな、流石に暴れすぎたか。
部屋に戻ると馬鹿は居なくなっていた、あれだけ痛め付けたのにまだ生き返るか化け物め。
あー、もう良いや、寝よう。
……。
………。
…………。
ピコピコ、ドカーン!
………。
ザシュッ!ザシュッ!
…………。
てってれってー、てててててーて!
「あのさヒロト。」
「はい?」
「ゲーム楽しいか?」
「これはちょっと簡単すぎますよね。」
「そうか。」
「はい。」
……………。
ピコピコ………ピコピコ。
「あのさヒロト。」
「はい?」
「俺が風邪を引いてるって知ってる?」
「知ってますよ、だからこうして看病に来てるんです。」
「だったら頼む、気になるからゲームは余所でやってくれ。」
眠れないのはマズい、流石にそろそろちゃんと休まないと。
「あぁそっか、判りました。んじゃ俺は店に戻るんで、何かあったら店に電話ください。」
「あぁ、そうするよ。」
ヒロトとピコピコが遠ざかっていく、やっと寝れる。
でも何だかんだと二人とも優しさで来てくれたんだよな、ちょっとくらいは我慢すべきだったか。
「ところがどっこい、世の中そんなに甘くない眠れない!」
「帰れ。」
「随分冷たくあしらうじゃあないか?」
そりゃ冷たくもなる、阿呆がマイク持って現われたらな。
もう二度と見たくないくらい最高に楽しそうな笑顔だ、いや参った、絶対確実に不吉だねこれは。
「さぁ、傘に穴が開いてないか確認する作業に戻ろうか。」
「やや、俺はそんな地味な働き者じゃないぜ!」
「これはあれだな、純度100%で嫌がらせだな?」
「むふふ、いやいやお兄さん、ボクがそんなことするように見えますか?ぷぷっ。」
「ニヤニヤしながらマイク持参で病人の部屋に来たら間違いなく嫌がらせだろうド阿呆!」
「違いますとも、俺はお兄さんが安らかに眠れるように子守唄を歌うため馳せ参じた次第でございますのことよ!」
「よし帰ろう、今すぐ帰ろう、さぁ帰ろう!」
「まぁまぁとりあえず一曲目いってみよー!」
このあとはひたすらに地獄のメドレーだ。
俺は必死に眠ろうとした、アニソンが響き渡る自室で。
体力があれば刹那の時間さえかけずに塵へと変えてやるのに、あぁクソったれ。
耳を塞ぎながら布団に籠もっていると、もう一人の馬鹿が乱入してきた。
「そんなことより俺の歌を聴けー!」
「なにぃ!おのれ、負けるか!唸れ俺の美声!」
「ふふん、天使の声と言われたウチに勝てるかな?」
あぁ安心しろ、どちらも下手ではないだけだから、確実にお世辞だから。
最高にハイなテンションで歌いまくる二人、頼む死んでくれ。
ひとしきり歌い終えて、馬鹿共が俺に向かって問い掛ける。
「「どっちが上手かった?」」
「どっちでも良いわ馬鹿共が!もういい貴様ら表へ出ろ!」
「そこで現れるのが真打ちってもの。」
「「ヒロト!?」」
「さぁボクの歌を聴くんだ。」
紡ぎだされるメロディ、まさに美声、先程までのジャイアン共とは比べるべくもない。
流石にこれは聴いてた、出てきたタイミングは最悪だったが。
てかさっきから気になっていたんだが、毎回ちゃんと伴奏がついてるのはどういうカラクリだ、いつの間にスピーカー仕掛けやがった。
「ブラボー!」
「自分で言った!?」
「わたくしも敗けられませんわ!」
「誰!?」
「ま、敗けてなんかやらないんだから!」
「ツンデレ!?」
はぁはぁ、結局ツッコミなのか俺は。
ダメだ、もう体力が……。
………。
「大丈夫?」
「あぁ、お陰さまでぐっすり眠れたよ。」
「あいつらはキチンと叱ったから、今は反省文を書いてる。」
「昔から特にあの馬鹿は反省文が好きだな、遅刻の常習犯だったから。」
「まだたまに寝坊するけどね。」
「その分生傷が減らないけどな。」
「そうだね。じゃあもう寝ようか、明日からまたよろしくね。」
「あぁ、任せておけ。」
………。
「ふははははは、死ねクズ共!」
「あはは、兄さんが最高に楽しそう、死ぬかもなぁこれは。」
「良いから走れ、諦めたらそこで人生終了!」
「わぉ、諦めるってめっちゃ重い!」
「貴様らの額もあの皿たちのように粉々にしてくれるわー!」
はい、今日もいつも通りです。




