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Epilogue Day.∞


Kaori side


あたしの一日は、毎朝手のかかる従業員を起こすことから始まる。

これが中々目を覚まさないし、いつまで経ってもまともに動いてくれない。

内心的には呆れ半分、苛々が半分ってところ。

でもお店でできることもそれほど多くもないし、忙しいカズくんが起こしに来る時間もないから、妻としてできることはしようと思う。

じゃあ、今日も早速お勤めを果たしに行こうかな。

部屋の扉を開けると、誰もいないリビング。

でもそこにはちゃんと朝食が人数分用意してあって、いつも通り“今日もよろしく頼む”と書かれたメモが残されている。

あたしはそれほど料理が得意じゃない、だからこういう気遣いは本当に嬉しい。

それにきちんと自分にも仕事があると、こうして残されたメモがあるだけで実感できる。

カズくんは何でも一人でやろうとしてしまうから、役に立てることは意外に少ない。

安心する、任されていることに。

…うん、頑張ろう。

お店の中での常識人として、あの人外たちを起こすくらいはしないと。

あたしはカズくんに借りた木刀を手にすると、意気揚々とそれぞれの部屋に赴く。

……この起こし方、最近は少しだけ楽しくなってきたかも。




皆でご飯を食べた後、軽く部屋の掃除をしてから揃って家を出る。

そもそも家が店の上にあるから、徒歩30秒くらいなんだけど。

そこにもきっと、カズくんの気遣いがある。

あたしたちのお店が比較的ゆっくりしたオープンなのは、この眠そうな三人のためなんだと思う。

早朝に働けと言っても、きっとこの人たちは起きないから。

だからまた一人で、一足先にお店の準備を始めるのだ。

助けられている。

カズくんはこの三人にいつも冷たいことを言ったりしてるけど、それでも絶対に嫌いではないんだ。

嫌いにならないために、最低限のことはさせる。

大切だと思っているから、怒るべきところではきちんと怒る。

カズくんが他人に対して冷たいのは今に始まったことじゃないし、友達とか知り合いとか、そういった枠組みが他の人よりもシビアだってことも話してくれた。

でも、いつまでもこのままじゃいけないとも思う。

今のあたしたちは、カズくんによって甘やかされている。

多分このお店の経営に、これだけの人数は絶対に必要ない。

カズくんだけでも料理はできるし、珈琲も淹れられる、きっとお金の管理も十分にできると思う。

実際にお店の準備とかは殆ど一人でやっているし、自分は休憩にもあまり行かない。

あたしたちはゆっくりしている時も、カズくんは絶えず小さなことでも働いている。

でも、前にあたしがもっと色々手伝うと言った時、カズくんは言った。


「俺は他人を雇っているわけじゃない、だから雇ったらどうなるかくらい勘定に入れている。それにこの店は俺の夢だったんだ。俺たちで創った、俺たちの世界。そんな中で働いて生きているんだから、俺はそれだけでも楽しいんだよ。それに、俺はカオリたちにしてほしいことを頼んでいるんだ、だからそれしかしないでも構わないし、俺自身はそれを負担に感じたことはないよ。」


自分の芯を持ち、いつも強くあろうとする人。

負けず嫌いで、より大変な状況を打破することに喜びを感じる人。

他人のことばかり気にしてるけど、結構シビアな考え方も持っている人。

あたしたちは甘やかされているけれど、それだけで終わろうとしているわけじゃない。

あたしたちは、できることをする、それだけできっとカズくんの助けになっているはず。

感謝して、一生懸命に手伝えばいい。

あたしたちは並んで働いているわけじゃない、後ろから支援している。

一番前に立ってあたしたちの負担を減らしてくれているんだから、カズくんが大変だと感じている部分で手伝えばいい。

満足はできない、その立場に不安を感じることもある。

だけど、とにかく今は多くの仕事ができるようになろうと思う。

そうしたらきっと、ちゃんと並んで歩くこともできると思うから。

それにまずは、今日のお仕事を頑張らなきゃいけないね。

今日はいつもより早く、お店の扉を開けた。

そこには煙草を吸いながら床にモップをかけているカズくんがいて、綺麗に掃除された店内がある。

一緒に今日も頑張ろうね、カズくん。


「よぉ、早かったじゃんか。カオリ、いつもありがと。」

「うん、これくらいお安い御用だよ!」


カズくんが描いた夢を、今日も一緒に描き続けていくんだ。


Kaori side END




Hiroto side


昼時の混雑を抜けて、俺は店の裏でのんびりと煙草を吸っていた。

紫煙がゆらゆらと空に抜けていって、忙しく動き回った疲れと一緒に消えていく。

あぁ、悪くないな。

俺はこの店が好きだ。

ホカとヒロイさんと、キヨシとカオリさん。

五人で揃って創り上げた一つの家。

フラトレス、兄弟という意味を持った店の名前。

俺たちはヒロイさんを中心にして集まった兄弟みたいなものだ。

俺もホカもキヨシも、面白いくらいヒロイさんとは対極にいるのに、それでも長い時を一緒にいる。

この田舎に来た時も、結構面白そうだと思った。

ヒロイさんが憧れていた喫茶店を経営するという夢、それを叶えようとしていたから。

しかもその店に、またこのメンバーが呼ばれたんだ。

行かないはずがないな。

俺は面倒なのが嫌いだし、やっぱり働くのもかったるい。

だからしょっちゅうサボってるけど、ヒロイさんは何も言わないからな。

多分あの人は自分一人でもどうにかできるんだろうけど、ただ俺たちと一緒にいようとしてくれたからこうして呼ばれた。

それだけでも十分なんだろう、きっと。

ならまぁ、俺は自分のペースで手伝わせてもらうとするか。

この街と、この店と、らしくないかもしれないけど、このメンバー。

大切な仲間なんだよな。

自分のペースで好きなことをしてていいのかもしれない。

ヒロイさんが提供したの働くべき場所じゃなくて、帰って来れる場所。

皆が揃って同じ場所にいられるように、何処へ行っても必ずここにいると告げるように。

なら安心して自由にできる。

ここはこれからずっとここにある、いつだって帰って来られる。

もしこの先、俺がやりたいことを見つけてここを出ていくことになっても、それでも俺が帰ってくるのはここだ。

絶対的な白騎士が守るこの城は、例えどれほどの黒が押し寄せてこようと落ちることはない。

人間には二種類のタイプがいると思う。

一つは黒。

自分の身の程を弁えていて、自分にできないこととできることの区別がついている。

一生懸命とは程遠く、しかし無難に日々を消費することができるもの。

俺やキヨシ、ホカがそれに当てはまる。

もう一つは白。

何事にも一生懸命で、自分にできそうにないことでもとりあえずやってみて、失敗したら次があるさと笑っていられる。

周りからしたらその人の日々は輝いていて、本質的には圧倒的に善人なんだろう。

ヒロイさんは、どちらかと言えばこちら側だ。

人を信じ、仲間を大切にし、人のために努力し、怒り、泣く。

でも、普通黒は白を嫌悪し、白は黒を気にも止めない。

だけど、ヒロイさんはずっと、俺たちのことを気にかけていた。

突然何か皆で楽しいことをしようと言いだしたり、気がついたら次のやりたいことを探していて、一人で旅をしたりして楽しんでいた。

毎日が楽しい、そう言っていた。

それは俺には考えもできないことで、だけどそれだけの白を見せつけられても、不思議と嫌悪感はない。

あの人といると普通に楽しいし、ためになる話も聞ける。

そんな話を聞くたびに、別の視点で見た感覚を知ることができる。

俺は自分の考えが間違いだと疑っていないし、正直そんな話を聞いても役に立つということはない。

だけどそんな時間が、俺には楽しく思えるのだ。

しっかりした考えを持って色々なことに挑戦し続ける、その圧倒的な白の生き方が。

…少しだけ、考えてみるのも悪くはないかもな。

夢を叶え続けようとしている人が傍にいるんだから、俺も挑戦とかしてみるかな。

らしくないことも、時には必要だと思うし。

今は、安心していられるしな。


「おいヒロト、そろそろ俺と代わってくれるか?俺も煙草が吸いたいんだ。」

「あぁヒロイさん、うん、わかった。」


まぁとりあえずは、目先の今日を片付けるとするか。


Hiroto side END




Hokazono side


厨房でスイーツの本をボーッと眺めながら、ウチは新しいデザートを考えていた。

前回はタンポポを入れて失敗したからなぁ、今度は紅葉でも入れてみるかな。

白桃のゼリーに苺のムース、甘酸っぱさが織り成すハーモニー。

題名はそうだな、初恋とファーストキス(笑)。

…チッ、リア充爆発しろ。

面倒になったな、煙草でも吸おう。

はぁ、ウチも彼女とか欲しいなぁ。

毎回毎回ゴリラとかコンボイみたいな女ばっかり、できればストーカー以外の女性とお喋りしてみたいもんだ。

ったく兄さんは困るぜ、いつも色んな女性と話しやがって。

緋結華にも気に入られてそうだし、ちゃんとお嫁さんもいるし、世の中理不尽だ。

何から何まで真逆なのに、でも何故か嫌いにはならない。

眩しすぎる存在は、自然と距離を置きたくなるはずなんだけどなぁ。

自分の芯を持って、自分自身を信じているからこそ突き進める。

百折不撓に勇往邁進。

そんな座右の銘を本気で持っている辺り、やっぱりウチとは真逆なんだ。

ま、ウチはそれでもいい。

ウチは何も信じていない、自分も、他の奴らも。

でもここにいるメンバーなら、少しくらい信じてもいいのかもしれない。

まぁ根本的に信じてるとは少し違う。

予想していたことを仮にあいつらがしてくれなくても落胆はないし、それならそれでウチは別に動く。

信じて任せて失敗するようなことはない、究極的なところウチは誰も信じてない。

ウチが別に動いた上で失敗しても、結局は一番信じられてない自分のミスだ、納得もできる。

でもあの人は、兄さんはウチのために本気で何かできないかと言ってくる。

じゃなくても勝手に動いてたり、無駄に真剣になってウチに言葉を向けたり、真っ直ぐに相手へと感情をぶつけてくる。

それはウチらにとって、時折鬱陶しく、でもやっぱり大切なことだ。

黒に染まる、それは構わない。

でも僅かに、白にも目が行ってしまう。

そんな時に、間に立つ兄さんが目に入る。

どう考えても真っ黒なウチと、その対極に立つ真っ白な兄さん。

でも何故か、いつもその人は白と黒の境界線で、笑って立っているんだ。

白であることを誇りにしながらも、黒を決して蔑にしているわけじゃない。

もっと楽しい世界があるはずだという風に、もっと見方を変えるだけで世界は違って見えるのだと叫ぶように。

それは全ての人に与えられる笑顔ではない。

あの人は全てを守りたいと思っているけど、それでもきっといざとなればウチらを優先するだろう。


「誰かの勇者であること、それが俺の夢であり目標だ。」


眩しくて、泣きそうになったこともある。

話し合って、皆の言葉が胸に届いて、俯いていた時に頭に乗せられた掌から、何か言葉にできない感情が伝わってくるようで。

泣いたこともあるけど、流石にもう二度とそれは見せない。

ウチもまだ相変わらずだし、キヨシやヒロトだってそうだ。

ウチらは変わらず黒いままで、兄さんは不変のように真っ白。

いつまでも変わらないこの関係の中、共に働いていける。

フラトレス。

兄さんが本当の弟のように接してくれているのだ、ウチも自由にやらせてもらおう。

本当の意味で、迷惑かけないように。


「おいホカゾノ、お前も休憩しておけよ。珍しく真面目に働いてっから調子狂うんだが?」

「はっはっは、ちょうど面倒になって煙草を吸いに行こうとしてたところだって。」

「チッ……まぁいいか、どうせ今日は生憎と暇だからな。」

「いつものことじゃないか。」

「生活厳しくなんだよ、テメェも少しは真面目に働けボケ。」

「皿を割らないようにだけ気をつけるさ。」


兄弟の揃うこの店の、悪くない日々はこれからも続くんだよな。


Hokazono side END




Kiyoshi side


店の外を掃除しながら、ふと空を見上げた。

いつでもそこにある空は、今日も穏やかに雲を抱きながら、時の流れさえ感じさせない静寂を保っている。

この土地に来てから、ずっと同じ。

お兄さんに呼ばれて訪れたそこには、今までにない生活があった。

いや、今まで通りのことも多いけど、確かにそこは違っていた。

東京にいた頃には感じることのできなかった、自然が発する伊吹。

行き交う人々は皆何処か余裕があって、すれ違う時に会釈を返してくる。

都会にはない穏やかさと、少しだけ変わった生活システム。

買い物をするにも少し歩かなければならないし、田舎にいるくせに車さえ使わない生活は、何処かのんびりとしている。

勿論駅前の方に行けば昔のような感覚も忘れることはないし、ここにいるからといって生涯の相方が見つかるというわけでもない。

はぁ…彼女欲しいわ。

でも、それはまだ自分でも無理なのかもしれないと実感もしている。

この店に住まう男連中、まぁお兄さんを除いてだが、未だに方向性は黒いままで、優しさという名の駆け引きを続けているのだから。

明確な目標も指針もなく、俺たちは日々をただ悪戯に過ごしていく。

時折、何故お兄さんは俺の兄なのかと疑いたくなることがある。

似通った部分も確かにあるけど、でも明確に違う兄。

何かに頑張る時は、つまるところ自分が損をしないようにする時だ。

でもお兄さんは、誰かが困っていたり、辛そうにしている時にこそ本気を出そうとする。

俺には理解できなくもないけど、結局は解らないまま。

他人は他人であって、自らの何かを削ってまで力になろうとは思わない。

例えば雨の日に傘もなく濡れて走る人がいたとしても、俺はせいぜい視線を少し向けるだけ。

でもお兄さんは、何の関係もない赤の他人に、自分の傘を差し出そうかと思える人間だ。

断られる、絶対に。

この土地ならどうか判らないが、都会に住むような人間は、そんな見ず知らずの人間から施しを受けようなどと思わないからだ。

怪しい。

周りに生きる人間は揃って自分のことを優先して考え、自分に不利益になるのなら見て見ぬふりだって簡単にしてみせる。

そんな人間しかいないと思っている者達が、例え自分が雨に濡れることになろうとも、突然傘を差し出してきた人間に向ける感情は、十中八九疑心だ。

どうして知らない人間の苦痛を和らげようとするのか?

何か裏があって、自分は厄介事に巻き込まれるのではないか?

普通はそう思うし、実際そうしたことを生業にしているのが詐欺師や裏稼業の人間だろうと思う。

例えどれほど純粋にお兄さんが手を差し伸べたとしても、それは決して届いたりしない。

恩を受けることは、色々なデメリットの方が多いんだ。

そう言った疑心を信仰という名のフィルターで無理矢理覆ってしまうのが宗教だとも、俺は思う。

誰かのために何かをすれば、きっとそれは自分に返ってくるのですよ、だなんて下らない文句は欠片も信じる気にはなれない。

俺だって人を助けることはある。

でもそれは自分に利益が必ず帰ってくると確信している時であったり、そうしなければ自分が不利益を被ると判断した時くらいだ。

或いはそこで恩を売っておけば、いつか上手く自分に得になることが回ってくるかもしれないという当てにしていない保険。

お兄さんは、そんな考えを初めから持っていない。

困っている人がいたならば、当然として助けるのが道理。

人に向けた優しさは、きっと優しさとしてとして返ってくると信じてる。

お兄さんはこんなことを言っていた。


「優しさってのは循環していると思う。誰かに差し出した手は、きっと他の場所で俺に差し出された手が循環してきたものだ。人と人との触れ合いは、そうした循環に必要な行為で、損得を考えたらきっとそれは違う。」


どんな些細なことにも意味があり、それの積み重ねで人生は作られていく。

大きさは関係なく、優しさはいつか自分に返ってきて、人生に彩りを加えていく。

そうしていかないと、人との信頼関係は決して築かれない。

仲間同士の絆、他人への思いやり。

そこにそれほど重要性を見いだせない俺と、それこそが最高の喜びだと考えるお兄さん。

これだけでも決定的に違っているのに、でもそこに嫌悪感は感じない。

それがお兄さんなのだと、俺は半ば呆れるように理解しているから。

実際バイト時代のお兄さんは、多くの後輩に慕われていた。

この人がいれば大丈夫だとか、ヒロイさんがいるなら頑張るとか。

そのせいで他の女性と仲良くしたりして、カオリさんに嫌な思いをさせるのはどうかと思うけど。

でもカオリさんに対してはこっちが引くくらいに一途だし、女性との関わりも必要に迫られない限りは極力避けていた。

理不尽を嫌い、誠実さを尊び、他人を守るために力をつけ、自分の幸せのために他を助ける。

赤の他人が同じことをしていたら、間違いなく偽善だと思うし、裏があると考えるし、そんな人間は大嫌いだ。

でも何故かお兄さんは、そういうものとして受け入れている。

兄弟だからとか関係はないだろう、そもそも悪意というものは、より身近な人間に対しての方が強くなるのだし。

あの兄は凄い、それは素直にそう思える。


「俺は勇者になりたいんだ!全てを守り、信頼され、頼られる存在。男なら勇者にならなくてどうする、カッコつけてこそ男だ。夢は大きくて多い方がいいだろ、他にもたくさん夢があるしな。」


そんなこっぱずかしい台詞をマジで言うような人間、俺はお兄さん意外に知らない。

しかもそれが冗談でもなんでもなくて、真剣なのだから。

漫画の主人公か!って何度もツッコんだ。

でも実際そうだろう、あぁいう人間が物語の主人公になるんだろうし。

もしこの世界がファンタジーなら、お兄さんは問答無用で主人公を選び、俺は魔王の側近でもやっている。

そんで、物語の中盤でお兄さんに倒されて、そこからお兄さんサイドに寝返り、ハッピーエンドを勝ち組として迎える。

うん、俺はそんな立ち位置で十分だ。

何よりも安泰、俺さえ無事なら世は全てこともなしってね。

俺にはあんな生き方はできないし、そもそもしようとも思ってない。

そういうのはお兄さんだけで十分だ、俺たちはお兄さんにさえどうしようもなくなった時、姑息でもなんでも助けりゃいいだろ。

最終的に勝てばいいのさ、手段なんてそんなものに価値はない。

悪でもいいだろ、あれだけ絶対的な善がいるのだし。

このドタバタした生活も楽しいし、今は十分満足だ。

…彼女がいまだにいないのだけはどうにかしたいけどな、できれば。


「おいキヨシ、そろそろ掃除は終わりにしろよ、つかいつまでサボってやがる。」

「嫌だなお兄さん、俺はきちんと箒で埃を吹き飛ばしてたって。」

「余計に汚してるだけじゃねぇかアホ、もういいから戻れ。店も暇だし、珈琲でも飲むだろ?」

「おぉお兄さんの淹れた珈琲か、頂こうかな。」

「なら早くしろ、他の奴らも集めたから。」

「了解、すぐに行くぜ。」


やっぱり、ここに来たのは正解だったな。

退屈しない日常ってのは、案外尊いものなんだから。


Kiyoshi side END





Kazutaka side


「ったくテメェら三人はホントにまともな働きをしねぇな。」

「そんなのわかりきってるでしょ、ウチらを舐めないでもらいたい。」

「そうだぜお兄さん、俺たちは常にその場の楽しさを追求している!客なんて二の次さ!」

「うん、煙草はやはり大事だな。」

「ヒロトくんだけ会話の内容違うよね。」

「いっぺんブチのめしてもいいか?」

「やだな兄さん、そんなのしょっちゅうじゃない。」

「今更なことに対していちいち聞くなんて、何?構ってほしいのお兄さん?」

「あっはっは、そうだったなすまなかった。殺られるならすぐがご所望だよなぁ!」

「違う!そういう意味じゃない!」

「訊くまでもなくダメに決まってるだろって意味だって!」

「知るかよんなもん、本日ご臨終した皿の枚数分テメェらには地獄へ落ちてもらうぜ!」

「陶器とウチらの命って等価!?」

「テメェらの方が安いに決まってんだろうが!」

「はっはっは、お兄さん、俺たちの命は百万ドルの夜景を現金一括払いできちゃうくらいに高級ですぜ?」

「妄想世界での相場など知ったことか!その辺の石ころほども価値のない屑どもめ、我が剣の一撃にて大地の肥料になりやがれ!」


俺は食器棚の下から両手で抱えるほどの大剣を取り出すと、その切っ先を容赦なくキヨシの脳天に振り下ろした。

間一髪で躱すキヨシと、店に当たらないギリギリで寸止めする切っ先。

だってねぇ、皿を割られたからって攻撃して店を壊してたら元も子もないもんな。

上手く加減して、できるだけ奴らだけを粉微塵に粉砕しなきゃ。

慌てて逃げ回る愚弟ども。

いつもの通り、どたばたと騒がしい店内。

銃弾が飛び交い、剣撃が交差する。

…あぁ、いつも通りだ。


「マスターこんにちは!……ってまたやってるの?」

「よぉ緋結華、もう少し待ってくれ。すぐに目障りなゴミを片付けて紅茶を淹れてやる。」

「やっほ緋結華ちゃん、ウチと付き合わないかい?」

「あはは、ごめんなさい!」

「全力で断られた!?」

「はっはっは、ざまぁホカゾノ!テメェみたいなゴリラと誰が好きこのんで付き合うかよ!」

「…さ、殺れよ。」

「その潔さがよし!存分に細切れになるがいい!」

「世の中のリア充に不幸あれーー!ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「さて、邪魔者も消えたし俺の番かな。俺はあのゴリラみたいに失敗なんてしない!……緋結華、俺についてきな!」

「え?何処か行くんですか?」

「意図が伝わってない!?」

「哀れ愚弟、せめて安らかに逝け。」

「この銀河に俺の求める女性はいないのか!うぎゃぁぁぁぁぁ!」

「そんな幻想、そもそもが間違ってんだよ。本気で望むなら、もっと世界に目を向けろ。」


俺は剣を鞘に収めると、気絶した二人を見やる。

まったく、どうしていつも大騒ぎが止まないんだこの店は。

さて、片付いたし仕事に戻るか。


「やれやれ、余計な手間ばっかだ。緋結華、アンチダイエットミルクティーでいいのか?」

「だからねマスター、もう少しオブラートに包んだネーミングにしてください。それじゃまるで私がおデブまっしぐらみたいじゃないですか!」

「そうならないように日々の努力を怠らず、希望に向かってひたむきに突き進む…だろ?頑張ってんならいいんじゃないのか、結果のことまで俺は知らんしな。緋結華が太って、あのクソジジイが泣きを見るならそれも悪くない。」

「誰がクソジジイじゃ!カズタカ、ウチの緋結華を勝手に太らすな!」


入口に目を向けると、額に青筋を浮かべたクソジジイ、小峰宗十郎が刀を片手にこちらを睨みつけていた。

チッ、面倒事を運ぶ宅急便なんて頼んじゃいねぇぞクソッタレ。


「失せろよクソジジイ、今は静かな午後の一時を満喫する時間だ、暑苦しい癇癪老人は縁側で茶でも啜ってろボケ。」

「くぁー!よくもまぁそこまでつらつらと悪態を吐けるもんじゃのお、いっそそこで倒れてる二人と漫才でもやったらどうじゃ?誰一人見に行かんじゃろうがな!はっはっは!」

「チッ、ストーカー風情が調子に乗って口を開いてんじゃねぇよ。緋結華を勝手に自分の孫扱いとは、酷く気持ちが悪いぞジジイ、犯罪犯す前にとっとと石の下にでも入ってろ。」

「はっはっは、ワシは貴様がくたばるまで死んでなどやらんわい!それよりどうじゃカズタカ、今から河原で殺し合わんか?」

「その最高に物騒な誘い文句何処で覚えたんだ?そもそもテメェの目は節穴か、俺は今絶賛仕事中だ。耄碌ジジイと戯れてる暇なんて一欠片も用意されてねぇンだよ、とっとと帰れ銃刀法違反野郎。」

「貴様にそんなこと言われたくないわ!この店なんていつ全員逮捕となってもおかしくないじゃろうて!」

「馬鹿かテメェは、持ち出してるわけでもなく、こっちの敷地内で飾ってるだけだろうが。これだから時代に取り残された戦闘狂とは話したくねぇんだ、家に帰って剣の稽古でもしてろよ、何度も言わせんな。」

「少しは老人を敬えカズタカ!」

「つかほんとに兄さんって小峰の爺さん嫌いだよね。」

「お兄さんは感じるのさ、同族嫌悪ってやつをな。」


ナチュラルに会話に入ってくんなボケども、大人しく気絶してりゃいいものを。


「何だテメェら、もう一度意識を彼方に飛ばしたいらしいな。」

「あっはっは、お兄さんの攻撃なんて食らい慣れてるぜ!たまには反撃するかホカゾノ!」

「キヨっちゃん面白そうなこと言うじゃない、武闘大会以来の激闘ってか!」

「面白れぇ、まとめてかかってこいよ雑魚ども、格の違いってやつをその身に刻み付けてやる。」

「三人とも止めて、店が壊れちゃうから。」

「ヒロイさん、店の修繕費の方が皿数枚よりよほど損失だよ。」

「む、確かにそうだな。チッ、命拾いしたじゃないか。」

「ふっふっふ、冷や汗がそれはもう湯水のように噴出してくるぜホカゾノ。」

「同感だ、もう下半身が汚れなかっただけでも儲けもんだよな。」

「汚ねぇ話をすんじゃねぇボケ!」

「結局やられるのか―!?」

「ふ、それが僕らのお約束さ…。」


キヨシが無駄に格好つけて気絶する、何なのこの愚弟。

苦笑した緋結華と、その隣で呆れるカオリ。

ヒロトはのんびりマイペースに珈琲と煙草を楽しみ、宗十郎は気絶した二人を叩き起こして気合が足りないと説教を始めやがった。

そんな時、突然開く店の扉。


「よぉヒロイ、お客さん連れてきてやったぜ。」

「あぁシカマか、お客ってどういうことだよ。」

「やぁカズタカくん、久し振りだね。」

「板橋さんだったのか、ようこそ。とりあえず開いているところに座ってくれ、邪魔だったらそっちに転がってるゴミは片づけるからさ。」

「いやいや、大丈夫だよ。」


シカマと板橋さんの二人は店内の騒がしさに苦笑しつつ、俺の前の空いた席に座った。


「毎回来るたびに楽しそうだなこの店は。」

「そう見えるならシカマも眼科に診てもらった方がいい、これは単に騒音と害虫だ。」

「酷いなぁ兄さん、ウチのことは“ゴリラを超えるキングコング”と呼んでほしいね。」

「結局のところゴリラじゃねぇかアホ、あんなのどれも一緒だろうが。」

「ノンノン、解ってないね兄さんは。キングが付いてるかそうでないかの違いも判らないなんて、まったくやれやれ困ったもんだ。」

「………ッ…ッ…ッ!!」

「おいおいヒロイ、無言で殴ると凄い怖いぞ。」

「ホカゾノくん死んじゃった。」

「おいキヨシ、ナウ○カはいいからそのゴミを片付けておけ。」

「必要ないさ、ウチはいつだって自分の足で歩けるからね。」

「チッ、今日はいつになく回復が早すぎるんだよテメェ。」

「ぎょっぎょっぎょ、ウチを舐めんでくだせぇよ、ぎょっぎょっぎょ!」

「気色の悪ぃ笑い方すんじゃねぇ!魚かテメェは!」

「お兄さんお兄さん、ツッコミが雑でやんす!ゲースゲスゲスゲス!」

「…ッ!…ッ!…ッ!」

「マスター、そろそろ止めないと二人とも泡吹いてますよー?」


ったく、毎回こいつらはよくこんなにも騒げるもんだ。

汚物を触った手を洗い、その後で全員分の珈琲を用意する。

…まぁ、アホどもの分も淹れてやるか。

既に復活した二人は、よく解らないがジジイと何かこそこそ話している。

良からぬことでも企んでやがるな、ったくかったりぃ。

俺は溜め息を吐きつつ店を見回した。

カウンターでは女性同士仲良しなカオリと緋結華が、駅前の洋服店の話で盛り上がっている。

宗十郎は馬鹿二人に何かを吹き込んでいるし、馬鹿どももそれをニヤニヤとウザったい笑みで聞いていた。

ヒロトは…もういい加減に煙草吸いすぎだと思うな。

シカマは何処で知り合ったのか板橋さんと世間話をしている、そういえばシカマはいつも何処で何をしてるんだろうな、今度訊いてみるか。

にしても、相変わらず知り合いばかりが遊びに来る店だなここは。

………ま、悪くない。

呆れるほど騒がしい日々と、いつまでも変わらない俺たち。

いや、変わっていくのだけれど、意識してこの日常だけは変えないようにしているんだ。

シカマも緋結華も板橋さんも…一応宗十郎も、この日常に入り込んでいる。

人は他人を理解できない、一生孤独の中で生きるものだなんていうけれど、きっとそれは間違いなんだ。

俺の周りにはこんなにも賑やかな連中がいて、俺の日常はこんなにも充実している。

絶対に口にはしないけど、俺はこいつらが好きだ。

だから俺は、こいつらと、この日常を守るために頑張っていこうと思う。

どれだけ大変でも、どれだけの苦難があろうとも。

俺が夢見た、それこそ、奇跡みたいな日々の形。

うん、大丈夫だ。


「カズくん、何だか嬉しそうだね。」

「どうしたのお兄さん、ニヤニヤしちゃって。」

「何それっぽく微笑んでんの、似合わないよ?」

「少なくともホカよりは似合うと思うがな。」

「ヒロイはこの微笑みで幾人ものマダムを落としてきたんだぜ。」

「ほ…ほんとですかマスター?」

「ふんっ、こんな性格曲がった不遜者に落とされるなどたるんどるわ!」

「それで、どうしたんだいカズタカくん?」


皆が口々に好き勝手に喋り出す。

まったく、俺もすっかり甘えてしまっているな。

俺は皆を見渡してから、自然と笑っていた。


「いや、なんでもねぇよ。」




ALL STORY FIN…


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