3月20日 Day.17-6
「しつけぇぞクソゴリラ!人間様に道を譲りやがれ!」
「はっはっは、ミニマムゴブリンが人間気取りとは笑わせるぜ!ちびっこは怪我しないうちに洞窟に帰りな!」
「ぬかせ鈍足、肉塊になって薄汚ねぇ土に還りやがれ!我流奥義、旋風槍・大竜巻!」
「小さい扇風機じゃこの程度のそよ風しか出せねぇよな!我流奥義、四神円陣・玄武障壁!」
巨大な竜巻が、十字架を振り回すことによって作られた風の壁に防がれる。
風の大爆発は辺りに突風を撒き散らし、そこはまるで台風が過ぎ去った後のような惨状だ。
その遥か後方を、一人真面目に走る例の彼。
この状況下でも諦めず走る精神は驚嘆に値する、きっと彼なら審判のラッパが鳴り響く時も逃げ出したりしないだろう。
尋常ならざる向かい風の中を、しかししっかりと前を見て走る。
大抵のお祭り騒ぎが好きな観客は前の二人の戦いを応援しているが、一部の観客は彼の静かな頑張りを応援している。
「また爆発が起こりました!この戦いは以前の武道大会を彷彿とさせます!しかし互いに激しくも手加減しているのは明白!なんと未だに公共物は破壊されておりません、抜群の力加減だぁ!」
お祭り騒ぎ用に各所に配備された放送車輌からは、毎度お馴染み名レポーターが熱い実況を伝えている。
街の住民もその実況に興奮は最高潮、皆お祭り騒ぎ大好きである。
専用設備フル稼働中の四車線道路を、圧倒的な力と技を振りかざし、暴力の権化が爆走していく。
きっとこんなふざけたレースの為に、街のメインストリートである四車線道路を通行止めにまでするのはこの街だけだろう。
開始早々から大暴れを始めた二人は、尚もマト○ックスみたいな動きで攻撃を繰り返していく。
だが進行を互いに妨げている分だけ、あまり前には進んでいない。
しかしその激しさ故に、一定以上の距離を離さざるをえない後方の彼。
それでも彼が諦めないのには理由があった。
このレースが企画され、前の二人が参加するであろうと予想し、事前から様々な策を立てていた彼は、当然ながら最後の切り札も用意していたのだ。
彼はポケットから携帯を取り出し、とある番号に電話を掛ける。
「そろそろお願いします、貴方たちならば彼らを無力化できる。」
「やっと出番か、待ちくたびれたよ。」
「私がゴールするまでの足止めを、勿論手加減は無用です。」
「ま、雇われたからには仕事はするさ。あぁ、そうだ…、」
「はい?」
「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「…えぇ、それはもう。」
「ふふふ、ではすぐに向かおう。」
「はい、よろしくお願いします。」
携帯から不通音が響き、彼は携帯を閉じて前を見た。
間もなく、最強の切り札が到着する。
目には目を、化け物には、それに相応しい化け物を。
彼に絶対的な勝利をもたらす、神の力が……、
……彼方より飛来した。
キヨシとホカゾノはすぐさま応戦、降り注ぐ矢の雨と剣撃を打ち払い後退する。
巻き上がった爆煙の向こう、そこに二つの影が降り立つ。
「キヨシ、まずいぞこれは。」
「あぁ、この地上で起こる状況の中でも一級レベルでヤバいな。」
「ほぅ、状況を正しく認識している点では誉めてやる。」
「後は如何にしてこの困難を打破するか、それに尽きるな。」
煙の中からゆっくりと現れた、刀を持つ男と、弓を持つ男。
最も相対してはならない組合わせの一つが、圧倒的な威圧感を携えて立ち塞がる。
「レースには参加しないんじゃなかったのかな?……兄さん。」
「レースには…な、今日は単にお前らを止める為にいる。」
「お兄さんだけでもキツいってのに、まさかシカマさんまで連れて来るとはね。」
「久し振りにヒロイと共同戦線ってのも悪くないと思ってな、偶然にも仕事は休みだ。」
「チッ、ご都合主義に守られた世界ってこれだから嫌。」
「おいおいキヨシ、それは言ったら駄目だろ。」
「さて、んじゃ戦いますか。」
「俺たちを雇った彼を無傷でゴールさせるのが仕事だからな。」
「後ろの奴、だから余裕に走ってたのか。」
「なら潰すぜゴミが!」
「させねぇよ!」
「テメェらを倒しても構わないってお許しをもらってるからなぁ!」
彼に向かって攻撃を繰り出す二人の間に、カズタカが割って入り、一閃にて衝撃破を斬り払う。
間髪入れずにシカマは矢を放ち、それを二人が叩き落とす。
完全な攻防、互いに役割を確実に果たしている。
「何だあの厄介者は!」
「はっはっは、どうした坊や、そんなものかね?」
「この程度なら二人で来るまでもなかったな。」
「その台詞、後悔させてやるよ!」
二人同時に彼へと突っ込む。
最大の速力を使っての踏み込み攻撃、しかも速さ重視のキヨシと、人外の重撃を放つホカゾノ。
即座に後の二人も迎撃に入る。
キヨシは槍を低く構え、カズタカは刀を上段斜めに構える。
ホカゾノは十字架を殴る体勢になり、シカマは捻れた剣をつがえた。
かつて英雄を英雄たらしめた必勝の一撃が、現代の四車線道路に具現化される。
「我流奥義!豪腕にて生じる矛盾!」
「我流奥義!心臓破りの魔槍!」
「我流奥義!捻り貫く魔剣!」
「我流奥義!逃れる術なき鳥籠!」
四つの奥義が、真っ向から激突する。
大地さえ揺るがす衝撃破が、ガードレール越しの観客と、走ってきていた彼さえも吹き飛ばした。
それでもなお上がる歓声、戦いを求める者たちだけが楽しめる光景。
必殺の攻撃をぶつけ合って、しかし誰も倒れぬ闘い。
常軌を逸した、攻防。
されど無傷とはいかない。
キヨシは左肩に痛みを負い、ホカゾノは頬に切り傷。
シカマであっても、脇腹を押さえている。
「すまないシカマ、やはり奴の攻撃力を防ぐのは厳しかったか?」
「あぁ、流石に舐めていたよ。まさかカラドボルグさえも弾いてオレに当ててくるとは。」
「ナイスだぞホカゾノ!」
「おうよ、これならアイツに届くぜ!」
「俺も全力でお前をサポートする、思いっきりやれ!」
「お前らが協力とはね、いよいよ本腰入れないとな。」
「ヒロイ、本気でいくぜ!」
「応!」
勢いよく彼に駆けるキヨシとホカゾノ。
攻撃の要はホカゾノのフラガラック、あれの攻撃力は他の追随を許さない。
カズタカとシカマは、あれを彼に向けて放たれないことが最重要課題だ。
ならばホカゾノを牽制しつつ、キヨシを先に倒すのが有効、その後でホカゾノを料理すればいい。
シカマの矢が、雨のようにキヨシへと降り注ぐ。
「飛んでくるものは俺に効かないぜ!」
余裕の表情で矢を砕いていく。
顔をしかめたシカマは、矢を別の物に変えて速射を再開する。
キヨシも次々と飛んでくる矢を弾こうと、槍を振るう。
しかし矢は思うように弾かれず、浅くキヨシの頬を裂いていく。
キヨシはバックステップで後退しながら舌打ちする。
「な、俺が弾き損なうだと!?」
「甘いなキヨシ、これは鋼鉄製だ!」
「チッ、んな重たいもんをその精度で射つのかよ!」
「おっとキヨシ、よそ見は命に関わるぜ?」
背後から強襲したカズタカの斬撃が、キヨシの背中へと吸い込まれていくように振るわれる。
「そうはさせねぇぜ!四神円陣・天翔朱雀!」
刀と背中の間に、上から降ってきた十字架が阻みに入る。
その超重量の衝撃で、カズタカは素早く間合いを離さざるをえない。
キヨシも矢の雨から逃れるために、一度ホカゾノの隣に降り立つ。
相対は変わらず、そして彼は今の戦いの最中にもしっかりと走り、既に四人を抜かしている。
壁となって立ち塞がる二人を見ながら、キヨシはホカゾノに話し掛けた。
「よぉホカゾノ、さっきは助かったぜ。」
「だろ?流石はウチだぜ、空気が読める!」
「だがな………擦ってんだよ!痛ぇよ、もうちょい早く助けろ!」
「おっかしいなぁ、擦ってた?何?今回のルールってフレンドリーファイアありなの?」
「無しなわけあるかボケェ!」
キヨシのハイキックがホカゾノの顎にクリティカルヒット、ホカゾノ悶絶。
助けてもらっておいてそりゃねぇだろと、カズタカとシカマは不憫そうな表情を向ける。
その気が緩んだ隙を、キヨシは見逃さなかった。
空高く飛び上がり、随分と離れてしまった彼を確認する。
狙うは彼の足首、痛めればもはや走ることは叶わない。
「決して逃れえぬ紅枝!」
「チッ、油断も隙もあったもんじゃねぇな!」
「させるかよ!」
「あんたらの相手はウチだぜー!」
ゲイボルグを迎撃するために跳んだ二人目がけて、悶絶していたはずのホカゾノが突っ込んでくる。
「あ、テメェ痛がってたの嘘かよ!」
「小ズルい真似してくれるじゃないかホカゾノ!」
「何言ってんの………真剣に痛かったわー!この痛みを力に変えてやる!豪腕にて生じる矛盾!!」
超重量、超高速で、馬鹿みたいにデカい十字架が飛んでくる。
ホカゾノに出せる最大出力、もう街を壊さないとか考えてはいない。
だが同時にホカゾノの拳にも激痛が走る。
顔をしかめ、しかしそれに足る結果を生み出す破城の砲撃。
そしてホカゾノ自身も肉弾戦には特化している、つまり二つ目の砲撃となる。
単騎で受け止めるには、それこそ彼の騎士王が擁する鞘が必要だろう。
必然的に二人はその迎撃をせざるをえず、ゲイボルグは真っ直ぐに彼の元へと飛翔した。
彼が宙に浮く。
キヨシが着地した頃には、遥か遠くで、足を挫いた彼が地に伏せていた。
つまり…、
「俺たちの勝ちだぜホカゾノ!」
「グハァ!」
「ホカゾノー!」
ホカゾノがぼこぼこにされることも意味していた。
「やべ、やり過ぎたか?」
「これでも生きてるコイツ凄いな。」
二人は同時にフラガラックを受け止めることで威力を消し、次いで突っ込んできたホカゾノをぼこぼこに迎撃したのだ。
キヨシは白目をむいたホカゾノを担ぎ上げると、一気にゴールまで駆ける。
もう二人の妨害はない、彼らのミッションは失敗しているのだ。
キヨシにとっては僅かな疾走。
木野塚駅前に張られた白いリボンを越える。
これにて壮絶な戦いと、スタンプラリーレースに終止符が打たれた。
歓声が上がる。
「今遂にゴォォォル!激しい戦いを経て勝利したのは、やはりフラトレスの二人!最強の鬼神と武神が現れた時はまさかとも思いましたが、見事な作戦により勝利を収めました!是非お二人には一言お願いします!」
「フッ、俺たちなら勝つのは必然ですよ、なぁホカゾノ?」
「……………。」
「死んだ?」
キヨシは動かないホカゾノをとりあえず表彰台の二位に放り捨て、自分は一位に昇る。
後から歩いてきた彼は、悔しそうに三位へと昇った。
「では表彰の前に三人のスタンプを確認させていただきます。」
キヨシがホカゾノの分もカードを引っ張りだし、審査員の前に差し出す。
審査員は笑顔でそれを受け取り、しかしすぐに首を傾げる。
「このスタンプ、誰に捺してもらいました?」
「は?いや、何かどぎつい性格した美人のお姉さんだけど?」
「え?このチェックポイントにそんな女性いましたか?」
「うん、居たけど?」
「フッフッフ、甘いな君たち。」
そこで不敵に笑う例の彼。
「何だよテメェ、笑うな。」
「そのお姉さんとやらは、私が用意したダミーだ。よってそのスタンプも本物ではない!」
「………はぁ!?」
「つまり正しくスタンプを集めたのは私だけというわけだ!女性の色香に弱いというのは調査済みなのだよ!」
「なにぃ!?」
「これは…どうされますか市長?」
「まぁ上手く戦略にはまったというところか……ルール的には集まっていないので失格、正確には戻って捺しなおしって感じですね。まぁ他の参加者も敗退したようですし、三位の彼が一位に浮上、あなた方は二位と三位ということですねぇ。」
「私の頭脳の勝利ということだ、皆の仇はとったぞ!」
「クソッタレー!綺麗なお姉さんまで味方とか…完敗じゃないか!紹介しろ!せめて紹介しろ!」
会場が爆笑の渦に包まれる。
緋結華やカオリと合流したカズタカとシカマは、それを遠くから呆れた顔で見ていた。
「まぁあいつらも頑張ったよね、この二人相手にさ。」
「お姉さんに引っ掛かるなんて、あの二人らしいですね。」
そして。
ホカゾノは最後まで目醒めることはなかったのだった。




