3月20日 Day.17-5
第五チェックポイント。
唯一受付が果樹園にあり、スポンサーである有澤果樹園の陰謀めいたものを感じるチェックポイントだ。
そこでレース参加者に課せられる試練とは、今が旬の苺の早食い勝負。
今までと違い参加費が求められるのもここだけ、やはり陰謀だと言わざるをえない。
格安で旬の苺を食べれるとはいえ、やはり参加者の多くが首を傾げるのも確かである。
食べきればスタンプというルールなのだが、参加者からすればありがた迷惑というものだ、苺苦手な人はどうすれば良いのだろうか。
勿論パンフレットにも記載されていない試練であり、もはや完全に不意討ち気味だ。
もっとも、ホカゾノとキヨシからすればそんなことはどうでもよく、気分は東京バナナを食べて食後のデザート感覚である。
キヨシは苺をそのままパクパクと食べるのに対し、ホカゾノは別料金で購入した練乳を湯水の如くぶっかけ、見ているだけで糖尿病になりそうな苺の山を、ご丁寧にもフォークで刺して食べている、無論キヨシは素手だ。
一緒に参加している他の選手もその光景には絶句し、一人二人と胸焼けを起こし退場していく。
そしてその周りの選手の中に、ホカゾノたちを強襲した部隊が命をとして進ませた、彼ら曰く最も足が速いらしい男も混ざっていた。
彼は途中参加ながらも猛烈な勢いで食べ続ける二人を見て、残るは自分だけなのだと理解する。
散っていった仲間のためにも絶対に負けられないと内心意気込んではみるものの、しかし目の前で行われる糖分摂取に食欲と、勝って優勝するという希望が溶かされていく。
そして彼に訪れる新たな絶望。
「こんなんじゃ足りないって、苺杏仁持ってきてー!」
「甘いぜキヨシ、この苺のように!苺パフェ、バケツで持ってこい!」
試練としての苺では足りなかったらしく、更なる注文で腹を満たそうとする化け物二匹。
完全に心を壊された彼は、虚ろな瞳で苺を置いた。
そんなことは露知らず、暴飲暴食を繰り返す二人。
実はこの時点でレース参加者の大半は脱落していて、この場にいる全員が戦意を喪失したことで優勝は確実となったのだが、二人はもはや優勝を揺るがない事実として考えているため関係ない。
ひとしきり腹を満たすと、満足そうな笑みを浮かべながら腹をさする。
「さて、そろそろ行きますか。」
「次でラストだ、賞金はいただきだな!」
余裕綽々といった表情でスタンプを手に入れて、二人の姿は瞬時に消えた。
それから数分後、胃もたれその他から回復した面々は、ゆっくりとしたペースながらも食事を再開する。
戦意喪失した彼も瞳に光を取り戻し、僅かな希望を持って苺を咀嚼していく。
そして彼の携帯に、一本の着信が鳴り響いた。
街の郊外にほど近い森林地帯。
その中を迷路のように駆け巡るのは、僅かばかりの舗装がなされた土の歩道。
春や夏に比べればまだまだ枝が多く見られるが、そこに実った新たな幼き春の息吹は、道行く者の心を温めてくれる。
自然に囲まれたその道を、俺たちはのんびりと歩いていた。
「平和だねぇ。」
「マスター本日二回目の平和だねぇ発言だね。」
「戦いがないこの街は珍しいだろ。」
「その台詞、ちょっと危機感を抱くね。」
「高校でも決闘とか普通にある街だからね。」
「は?」
「言ってなかったですか?ウチの高校は生徒同士の虐めや喧嘩を回避するために決闘システムがあるんですよ。」
「詳しく教えてくれ。」
「えっと、基本的には両者が先生の前で決闘を宣言して、先生と校長の承諾が得られると学校として正式な決闘になるの。ルールは互いに了承される範囲なら決めて良いんだけど、明らかに死者が出るようなルールは先生判断で禁止。でもルールにのっとって戦うなら、試合中なにをするかは生徒の自己判断に任されて、怪我とかも保健室で治療できる範囲外は自己責任なんだ。その分学校の保健室ってかなり色々治療できるみたいだけど。」
「まさかとは思うが各教室に模擬刀剣とか槍とか置いてあったり、決闘を申し込む時は自分のワッペンを床に叩きつけたりはしないよな?」
「あれ?マスターよく知ってるね!」
「校長って結構若いだろ?」
「マスターより少し年上って感じかも。」
「あぁ、やはりな。」
「マスターってウチの高校来たことあるの?」
「いや、遠い日の夢を現実に聞いただけだよ。」
「??」
偏った趣味の奴が金と権力を持つと厄介だな、まぁこの街じゃないと成立しないだろうが。
緋結華が戦いを見慣れてるのも納得だ、闘争心むき出しの学生の宝庫だろうからな。
そんなことを話していると、並木道を抜けて小さな広場に出た。
近くに住む主婦たちの語り場でもあるらしく、数あるベンチには買い物袋を引っ提げた奥様方がお喋りに花を咲かせている。
ふと端っこを見ると、小型の屋台車が停車していた。
仄かに香る匂いから察するにクレープを焼いているらしい。
隣を見ると、二人とも興味津々といった様子でクレープ屋を眺めている。
「食いたいのか?」
「え、あはは。」
「いや、いい匂いだなぁって思っただけですよ?」
「今は苺のクレープがオススメみたいだぞ?」
「止めてカズくん!誘惑しないで!」
「そうですよ!これ以上食べたらお腹にお肉が!」
「二人とも太りづらい体質なんだから平気だろ?緋結華なんて武道で鍛えてるんだし。」
「う…。」
「ま、まぁ確かに今日は思いっきり楽しもうと思ってましたし。」
「そうだね!たまにはクレープも食べたくなるよね!」
「我慢は身体に毒とも言いますし!」
陥落早いなぁ。
でも俺は大人だから余計なことは言わないよ、面白いから。
ふらふらとクレープ屋に引き寄せられてく二人を、俺は笑いながら眺めることにした。
「あ、そうだ!二人で分け合いましょうカオリさん!そうすれば二つの味を一つのカロリーで楽しめます!」
「そうだね、そうしよう!一つ分で二度美味しいし!」
言い訳がましいなぁ。
大体あの二人は誰に向かって言い訳を……あぁ、自分にか。
ほどなくしてクレープを受け取った二人が戻ってくる。
因みに緋結華が苺クレープで、カオリが抹茶クレープ。
嬉しそうな笑顔で、二人はクレープにかぶりつく。
「美味い!」
「ん~、美味しい!」
食べてしまえばもはや先程までの葛藤は何処かに飛んでいったようで、結構大きいクレープをパクパクと食べていく。
「うどんに餅にと食べてるのに、よくそれまで食えるな。」
「甘味は別腹と、昔の偉人は言ったのです!」
「甘いものを食べ始めたらもう覚悟を決めるの、現実を直視しないのが甘味を食す作法なの!」
「そいつは素晴らしい作法だな。」
その理論なら、あっという間に肉付きのだらしないデブが一匹出来上がるな。
この二人なら大丈夫だろうけど、世の中の本気でダイエットに勤しむ連中はきっと同じ作法をご存知だろう。
半分ほど食べた辺りで互いのクレープを交換する二人。
こうして見ると、仲のいい母と娘の構図だな。
つい笑みが零れる。
「何でマスター笑ってるの?」
「ん?小さな幸せを楽しんでいるんだ。」
首を傾げる緋結華と、俺と同じく微笑むカオリ。
俺はきっと果報者だな。
第六チェックポイントに着いた二人。
場所は出発した木野塚駅の隣駅、その駅前広場。
まだ誰も辿り着いてないそこで、二人は最後の試練を通達される。
「待機しろってことかよ、何だそれ!」
「最後の勝負は上位三人の直接対決って、何でそんな面倒なことを。」
「我が街の最速ランナーを決める戦いですので、最後のレースは大々的に行うんだと市長の案でして…。」
「大々的なら仕方ない、俺が華々しく勝利する瞬間をより輝かせる演出なら待とう。」
「どうしたキヨシ寝てるのか?勝つのはウチ、初めから決まっていたじゃないか。」
「戯れ言にしては大きく出たな、そんな夢は儚く消える、小学生のガキでも知ってる常識だ。」
「吹くじゃねぇかブラックビーンズ。美味しい牛乳売ってるとこ、教えてやろうか?」
「口を閉じろよ腐れア○ル、額で煙草吸うコツ、教えてやるぜ?」
血のように紅い槍と、柱のように大きな十字架。
その二つが構えられ、俄かに殺気を帯びる。
「お客様お止めください!さもないと失格にしますよ!」
「チッ、命拾いしたなニコチン中毒者。」
「どっちがだ二次元中毒者。」
尚も睨み合いは続くが、とりあえず武器を引く二人に受付の女性は一安心。
「やっと、追い付いたぞ!」
そこに現われたのは一人の男性、そう、あの彼だ。
これで三人揃う、レースの段取りは整った。
受付の女性は市長に連絡をし、放送で今から最後のレースが始まることが告げられる。
辺りは段々と騒めきだち、コース両脇の歩道には観客が集まってきた。
コースは現在地から大通りを駆け抜け、スタート地点の木野塚駅まで一直線のルートだ。
邪魔するものは何もない。
全てはこの三人のためだけに道を空ける。
三人はスタートラインに立つ。
その表情は勝利を確信するかのように、強く熱い闘志に満ちていた。
余談ではあるが、他の参加者は全員果樹園でリタイア、大抵は戦意の喪失。
到着した市長が、マイクを握って三人を見回す。
「遂に決着の時ですが、勝利は誰の手に渡るのかな?」
「無論私だ!」
「俺に決まっている!」
「ウチ以外にトップは勤まらないだろ?」
「互いの答えは出た、ならば後に残すは戦いのみ。願え諸君、戦いの果てに掴む勝利を。心せよ諸君、その身は他者を蹴散らすためにあるのだと。駆け上がれ諸君、覇者のみが辿り着く栄光へと!」
『応!』
スタート前のファンファーレが鳴り響き、歓声が上がる。
「レディ……ゴー!」
「可愛いね~。」
「全部手作りだって、綺麗だね。」
「よくこういうの作れるよな、俺には難しそうだ。」
第五チェックポイントの果樹園。
俺たちは流石にお腹もいっぱいということで、ビニールハウスではなくすぐにお土産屋に足を運んでいた。
暖房の効いた暖かな店内で、女の子二人はビーズで作られた苺のストラップなどを見てはしゃいでいる。
他にも苺の大福やパイなど、食べ物系も充実していて、やはりこういうとこは見ていて飽きない。
俺は盛り上がる二人を放置して、一人店内を回り始める。
入り口付近に来た。
そこには苺の苗がぽつんと、売れ残っている。
その隣には、何故か木彫りの熊。
「遠路遥々北海道から散歩ですか?」
意外なほど立派な木彫りの熊、鮭を咥えて苗を見つめる。
その場違いさといったら、上流階級の立食パーティーに、十字架背負ったホカゾノがいるようなものだ。
正直摘み出されてもおかしくない状況だが、このつぶらな瞳からはひとっ欠けらの邪気も感じない。
「ホントに、どうして貴方はここにいるのかな?」
「どうしてカズくんは熊に話し掛けているのかな?」
「のわっ!」
急に話し掛けられて振り返ってみると、カオリと緋結華がこちらを見ていた、その不憫そうな表情はやめなさい。
「ごめんねカズくん放置して、寂しかったよね?」
「マスターも一緒に回ろう?」
「慰めるような口振りで笑いを堪えんじゃねぇ!」
「………ふふふ、だってカズくんが熊に話し掛けてる絵が妙に寂しさを強調してて。」
「マスターと熊って題名の絵画みたいだったよ?」
「あぁもういい!欲しいものは買ったのか?」
「うん、お揃いの苺ストラップを。」
「早速携帯に付けてみました!」
二人の携帯に、可愛らしいビーズの苺がぶら下がっている。
「まだ見るか?」
「ううん、もう大丈夫、ヒロトくんへのお土産も買ったから。」
「もうレースも終わってるだろうから、二人の所に行きましょう!」
「そうだな、そうするか。今日は中々に楽しめたしな。」
俺たちは最後のチェックポイントに向かう。
さて、勿論あいつらは勝ったのだろうな。




