3月20日 Day.17-3
「よしキヨシ、ウチに着いてこい!」
「命令すんじゃねぇよ!大体お前地図読めなかったよな?」
「昨日より今日、明日より明後日、ウチは日々強くなっているのさ!」
「つまり今の貴様ならば地図を読むなど朝飯前だと?」
「そうだ、今からそれを証明してやる!」
「ふむ、ならば任せるぞ。お前がいかほど成長したのか見せてもらおう!」
………五分後。
「よし、確実に目的地へと近づいているぞキヨシ!」
「おぉ、素晴らしいぞホカゾノ!因みに後どのくらいだ?」
「今半分くらいまで来た、もうすぐだ、速度を上げるぞ!」
「応!」
………十分後。
「悪いキヨシ、少し道を外れていたらしい、まだまだ精進が足りないな。」
「修正は可能なのか?」
「勿論だ、今日のウチは一味違うぜ!」
「判った、次はどちらに行けば良い?」
「右だ!」
………十五分後。
「屋根を進むのは速くて良いんだが景色が判りづらいな、ホカゾノ大丈夫か?」
「………あぁ、もう少しだ。」
「………そうか。」
………二十分後。
「……ホカゾノ。」
「………うん。」
「俺は今日目の調子が悪いらしい、何故だかおかしな標識が見えるんだ、すまないが代わりに読んでくれるか?」
「………ここから東京都。」
『………。』
「ざけんなよゴリラぁ!俺の期待返せ!」
「仕方ないやん!目印になるもんなかってん!」
「んなこと考慮して読むのが当然だろうが!大体道判らなくなった時点で突っ走るの止めろやコラ!」
「キヨっちゃんの馬鹿!もう知らない!」
「この期に及んでまだボケるかテメェ!お兄さんがお前を殴る気持ちが嫌ってほど判ったわ死ね!」
「まぁとりあえず東京バナナ買っていこうぜ。」
「もう諦めるには惜しい賞金だぞ?」
「キヨっちゃんは携帯で帰り道とチェックポイントまでの道筋を探してくれ、ウチは東京バナナ買ってくる!」
「応!っておい!…もういねぇし。あ、電話だ。」
「というわけなんだよ。」
「大変だな弟くん。」
「だが俺たちならまだ挽回できる!」
「挽回したら晴れて人間卒業だな。」
「表彰台には必ず登ってやるぜ!んじゃまたな兄上!」
「うむ、頑張りたまえ。」
通話が切れた携帯をしまい二人に話の内容を告げると、当然だが苦笑した。
「あたしも人のこと言えないけど、そこまで派手な迷い方はしないわ。」
「方向音痴って大変だね、気をつけよ。」
「いや流石にあそこまでの方向音痴は稀だと思うぞ?緋結華は地図くらい読めるだろ?」
「ちょっと怪しいかも…。」
「…奴らと同じようにならんことを祈るよ。」
そんなことを喋っている内にうどん屋の前に着いた。
引き戸を開けて中に入ると、そこには趣のある純和風な内装が広がっている。
カツオ出汁の芳しい香りは、昼時の胃袋を心地よく刺激してきた。
雅だな、とてもあの馬鹿を連れてきていい店じゃない。
ヒロトなら…ダメだな、アイツは無意識に爆弾発言しそうだ。
キヨシはこういう雅さを大切にしそうだ、俺の弟だし和には敬意くらい払うだろう。
俺たちは割烹着を着た女性に席まで案内され、スタンプを見せると今日のおすすめを運んできてくれた。
暖かいうどんからは食欲をそそる香りが漂い、隣には茶色に染まった鳥飯のおにぎりも二つ並んでいる。
食後のお新香と緑茶も、ほっと一息つくには最高だ。
「それじゃいただきます。」
「いただきます。」
「いただきます!」
一口食べると香りが鼻を抜け、コシの強い麺が顎を心地よく刺激する。
率直に言って美味い、市販のうどんとはレベルが違う。
二人もそれを感じたらしく、頬に手を添えて目を閉じていた。
「美味しいな、流石と言わざるをえない。」
「素敵なお店だね、老舗って感じ。」
「今年で創業六十年だそうだ、老舗の味わい深さだ。」
「うどんも美味しいしどことなく師匠の道場と同じ感じがする………これが時代の気配なんだね。」
「この世界の方が遥かに時代の気配は強いのに、実際にはこういうところでしか感じられない。時の流れの中で生きる俺たちは、それが当たり前になってるからだ。」
「なら何でここではこんなに感じるの?」
「閉ざされた空間は雨風に曝されない、故に気配は薄まらずに濃く留まっているんだ。ゆっくりと流れた時間が独特の雰囲気を醸しだすってとこか。」
「日本の古き良き空気って感じだね。」
「師匠の道場も代々受け継がれた重みなんだね。」
「あそこは特に重厚だろうな、何せ雑念を振り払い刀を振るう場所だ、更に精練されている。」
「次から道場に行く時の気持ちが変わりそう。」
「より気が引き締まったか?」
「うん、このイベントに参加して良かった。」
「まだまだ始まったばかりだからね、楽しもう緋結華ちゃん。」
深い味に舌鼓を打ちながら、俺たちは穏やかな昼食を満喫する。
その頃レースに参加した二人が、激しい戦闘に巻き込まれているとも知らずに。
「ははは、面白い冗談が巧いねこいつら、なぁホカゾノ?」
「あぁ全くだ、命はもう少し大切に扱ってほしいけどな。」
そんな発言をする二人は今、第三チェックポイントにいた。
全部で六つある内半分は制覇したことになる。
東京まで無駄足を食った二人はかつてない程の速度で帰還し、そのまま第一、第二チェックポイントを経由した。
だが煙草に汚染された体にはかなりキツい距離を移動したおかげで体力を消耗、仕方なく第三チェックポイントで休憩がてら東京バナナを貪っていたのだ。
携帯でトップが今第四チェックポイントと知るやいなや、のんびりと缶コーヒーを煽っていたら殿に取り囲まれた次第である。
「で、面白かったからさ、もう一回聞かせてくれるか?俺たちを何だって?」
「ここで絶対に食い止める!」
「舐めたことぬかしてんじゃねぇぞ馬糞野郎、テメェらのお仲間が俺たちに立ち向かってどういう末路を辿ったのか神様に電話で聞いてみな。」
「アイツらの仇を討ちに来たんだ!」
「ほお、中々に仲間想いな雑魚どもだ、無駄死ににはもってこいの理由だったか?」
「キヨシ……何か随分口が悪いな。」
「俺たちの中で一番足の速い奴が今の一位だ、例えここで倒れようと時間さえ稼げればこちらの勝ちだ!」
「見上げた覚悟だなクソ野郎ども!血のパーティーがお望みなら、おまけに天国への直行便も乗せてやるよ!」
槍を構えて凶悪に嗤う魔王キヨシと、完全空気と化した構図のホカゾノ。
それに対し銃で武装した殿たちは、その銃口を二人に向けた。
「そんなオモチャで俺たちを倒そうとか、そんなつまらねぇこと言わねぇよなぁ!」
「もちろんそれはない。これの弾は麻酔弾、あんたらの回復能力を逆手に取らせてもらう!」
「確かにウチらはやたら薬とか効くからなぁ。」
「一発でも食らったらアウトか、面白いじゃないか。」
「こいつら倒したら後はゴールへ一直線ってな。」
実際には戦わずに無視して次へ向かうことも出来るのだが、それはつまり逃げることになる。
この街に住む武人であり、何よりもフラトレス珈琲店の一員である以上、逃げることは許されない。
負けるよりも恥ずべきことがある。
まぁもっとも、この二人は単に楽しそうだからという思いが強いが。
何の前触れもなく、一斉に麻酔弾が連射される。
色々と改造が施されているのか、連射性能、弾速、威力まで細かい調整がなされているようだ。
躱せる弾は動いて躱し、当たりそうな弾は槍で砕く。
付近の人々は、戦いが始まるやいなや素早く駅に入っていった。
激しい銃撃戦、だが二人は笑顔で捌いていく。
「オラオラどうしたぁ!そんなもんかぁ!」
「もっと奮戦してくれねぇと、ウチの十字架で叩き潰すぞ!」
「チッ、しぶとい奴らだ!」
「だがそれもここまでだ!」
突然鳴り響いた銃声。
亜音速で飛来する麻酔弾。
狙撃手はスコープを覗き込み、更にトリガーを引いていく。
十字の中心に映ったキヨシを確実に無力化するために、躊躇なくフルオートを撃ち尽くす。
しかし、何故かキヨシは倒れない。
弾は確実に命中した、風の影響で逸れた可能性はあるが全て外した筈がない。
他に考えられる理由は何か、狙撃手は理論的に状況を整理する。
槍は地面を向いたまま、恐らくあれで弾いた訳ではないだろう。
ならばもう一人の男か。
それもあり得ない、彼は他の戦闘員の銃撃で動けていない。
そこでキヨシと目が合った。
咄嗟にスコープから目を離し、立ち上がる。
キヨシは空中を手で撫でると、何かをこちらに投げ付けてきた。
そこで狙撃手は倒れる、額に麻酔弾を撃ち込まれて。
「狙撃とは考えたな、危うく当たるとこだったぞ。」
「何故貴様はまだ立っている!」
「弾が当たってないからに決まってるだろう?」
「馬鹿な、完璧な狙撃だったはずだ!」
「確かに、だから俺は危うく当たるとこだったと言っている。」
キヨシはまた空中に浮いた物を掴む。
見えない壁に阻まれて静止した、大量の麻酔弾を。
「魔力って便利だよな。」
「チートじゃないか!」
「そんなの人間の規格を越えすぎだろ!」
「この化け物!」
「誰だ!こんな変態に勝てるなんて言い出した奴は!」
「散々な言いわれようだねキヨシ、いつもはウチが言われるのに。」
「けっ、俺はお前と違って化け物じゃないぜ!」
「ま、とりあえずこれでこいつらの奥の手は終わったみたいだな。」
「ならとっとと片付けるか!」
「早く賞金貰って帰るぜ!」
まさに大暴れ、珍しく周りを破壊はしていない。
さてその頃俺たちはと言うと、第二チェックポイントを通過して歴史郷土館にいた。
「ここらは昔鉄製品の製作が盛んだったのか。」
「多少は刀とかも打たれてたみたいだよ?」
「是非とも刀の展示コーナーにも行きたい!」
「マスターのテンションが上がってきた。」
ガラスケースで覆われた展示品の数々は、この街の骨董品や美術品が主だ。
それらには説明文が添えられ、どの時代の物なのか判るようになっている。
「ここでならこの街の歴史が学べるね。」
「俺たちも引っ越してきただけで何も知らないからな。」
「マスターもカオリさんも一緒に学びましょう!」
頷いて、歩きだす。
緋結華を先頭にカオリと歩いていると、何だか娘ができた気持ちになる。
「ま、まだ俺たちには無理かもな。」
「どうしたの?」
「何でもない。さぁ、行こうか。」
一通り回ったら、また次のスタンプを押しに行かないとな。
たまにはこうして穏やかな時間も悪くない。




