3月20日 Day.17-2
そろそろコートは要らないかなと思える、そんな暖かい陽気の朝。
ここ木野塚駅前には、沢山の人でごった返していた。
市が開催するスタンプラリー、せっかくの休日にも関わらず随分若い人もいるようだ。
観光ツアーに近い筈の催しだが、何故が参加者は身軽な格好の人が多い。
まだ半袖短パンには早い時期だ、見ていて寒々しい、せめてジャージを着てくれ。
それだけではなく、何人かは大型バイクや車で来ている、一応電車利用推奨だったよな。
まったく、勝負事になるとこの街の人間は手段を選ばないらしい、毎回死傷者が出ていないのが奇跡に近い。
妨害工作や直接攻撃満載の一日になるだろう、まぁ俺には関係ないか。
「おいあれ、カフェ・フラトレスじゃないか?」
「前の武道大会で対戦相手を恐怖のどん底に叩き落としたって噂の連中か?」
「揃いも揃って化け物って噂だぞ、なんでも高層ビルくらいなら一撃で粉砕するとか……。」
「光の速さで移動するってのは本当か?」
………うわ、何か大変なことになってる。
頼むから俺達には飛び火しないでほしいものだ、今日はのんびりとしたい。
「近き者は目に焼き付けよ!遠からん者は音にも聞け!我が名はヒロイキヨシ!この戦いにて勝者とならん者也!此処に集いし群雄共よ!恐れぬならばかかってこい!」
「我が名はホカゾノトシユキ!天上天下探せども、我に並ぶ剛の者なし!強き者よ来たれ!我が前に立ち塞がる者、その悉くを灰に変えん!」
駅前の花壇に登り名乗りを上げる馬鹿二人、こら止めなさい、どんどん人が遠ざかって行くでしょう!
あぁ、こうやってウチの悪い噂が広まっていくのか。
でも客足が弱まったってこともない、寧ろ常連客が増えてきている。
まさか意外にこのアホみたいな名乗りも集客効果を生んでいると言うのか?
「まさにそうなのさ我らが兄よ!」
「また君は勝手に人の思考を読まない!」
「実はこうして名乗りを上げると後日挑戦者が現われるのさ、ウチらを倒そうと勇気ある若者がね。」
「そして当然俺たちには勝てないわけだ。」
「そりゃそうだろ、素手じゃ化け物は倒せない。」
「だからウチらはこう言ってやるのさ、「ここらの強い奴は皆そこのカフェでランチを食べるのさ!」ってね!」
「大嘘じゃねぇか!ウチのメニューはそんな強くなるように出来てないぞ!」
「まぁ実際俺たちがそのカフェにいるからね、力を求める子羊達には魅惑的でしょ!」
「ったく、知らないからな。きっと今日は荒れるぞ?」
「だからこそ名乗りを上げたのさ!」
「戦い、駆け、薙ぎ倒し、無双する。」
「全ての屋上も壁も我が戦場………駆け抜けるぜ!」
呆れた俺は馬鹿どもを放置してスタンプカードを貰いに行く。
今日はこのスタンプカードを見せるだけで電車にタダで乗れたり、食事やお土産が割引で買えたりするのだ。
財布から二万五千円を取り出して、受付の人から五枚のスタンプカードを受け取る、緋結華の分も勿論出します大人ですから。
「マスター、私ちゃんとお金持ってきてるよ?」
「せっかくの小旅行だ、お財布と相談して我慢とかするのを見たくはない。今日くらい美味しい物食べたり好きに遊びな、もちろん家族へのお土産も忘れずに。」
「わぁ、ありがとうマスター!師匠にもお土産買わなくちゃ!」
「緋結華ちゃんにお土産貰ったら小峰さん大喜びだね。」
こういう娘を可愛く感じるのはやはり歳をとったからだろうか、だとしたら宗十郎は相当甘やかしてるだろうな。
まぁ鍛練の時間は鬼のように厳しいだろう、そういうとこは区切りをつけるから。
まだ騒いでいる馬鹿二人にスタンプカードをねじ込むと、開始時間までのんびりと過ごす。
暖かい紅茶を三人並んでほっと一息、はぁ~。
「スタンプラリー参加者の皆様、大変お待たせ致しました。只今より市長のお話を賜った後、スタートのカウントダウンをさせて頂きます。それでは市長、お願いします。」
「戦いを求める勇士諸君、待たせてすまない、開戦の狼煙を上げよう!」
歓声があちこちから上がる。
相変わらず勝負事好きな奴が好む演説だ、ノリが良いのか、長らく市長を続けてるのも理解が及ぶよ。
「今回も特にルールは定めない!可能であるあらゆる事が勝つための手段だ!しかしながら諸君の強さや熱意は周りを巻き込みかねん!よって当然の事だが建造物や公共物、交通ルール等は守らなければならない!だが私は知っている!諸君が礼節と常識を重んじ、節度をもった戦いが出来るということを!」
武道大会を思い出させるような歓声だ、この街最高だな。
キヨシとホカゾノもテンションが上がってきたらしい、周りの奴らと拳を上げている。
「また観光として訪れた紳士淑女の皆様、本日お越しいただきは誠にありがとうございます。我々が用意しました我が市の誇る名所や美味を心行くまでお楽しみくださいませ。」
「市長ありがとうございました。ではスタートのカウントダウンを始めます!レース参加者は広場入り口に、観光参加者はそのまま木野塚駅からどうぞ。」
ぞろぞろと参加者が二つに分かれて移動を始める。
「んじゃまた後でなお前ら、くれぐれもむちゃくちゃなことはするな、判ってるな?」
「勿論ですともよお兄さん、精一杯走るだけさ。」
「決して鬱陶しい監視がないからって好き勝手やろうとは思ってないさ、安心して兄さん。」
「そういう発言が自らの首を締めてると何故学習しない。」
「ホカゾノさんもキヨシさんも頑張ってくださいね。」
「任せとけ、ワンツーはいただきだ!」
「勝った賞金で飯食いに行こう!」
「期待するからね二人とも。」
「了解ッス姐御、素敵な家電をリビングにってね。」
「んじゃ頑張れ。」
『応忍!』
スタート地点に歩いていく二人を見送ると、俺たちは木野塚駅の改札に向かう。
まずは郷土料理が人気の老舗街、最近ではランチメニューもあるらしく気軽に食べれるようになったらしい。
暖房の効いた暖かい車内は、観光目的の参加者が大勢いた。
「それでも流石に大半がレースに参加したみたいだね。」
「そのようだ、まぁこの街ならあり得る話しだがな。」
「皆勝負事が大好きだよね、私のクラスからも参加した人が何人かいたみたいだし。」
「高校生にチラチラ見られると思ったらそういうことか、俺が前に倒した奴らだ。」
「あれだけのことしてよく復讐とかされなかったね。」
「マスターの強さを見たら再戦なんて出来ないよ。」
「殺抜とした話はよそう、今日は厄介ごとは避けたい。」
ただでさえ戦いが大好きな連中が多い街だ、下手に目立つと決闘とか挑まれる。
まぁもう手遅れなほど有名になったかもしれないが。
「次は~、草刈町~、草刈町~。」
「お、ここで降りるぞ。」
「美味しいお昼ご飯が待ってるね。」
「駅前でスタンプが貰えるみたいだよ、一つ目ゲットだ。」
大勢の乗客が同じく降りていく、大半がご老人ばかりで、僅かだが家族での参加もいるらしい。
長蛇の列となっている受付に並び、三人でスタンプを捺してもらう。
既にレース参加者の奴らは通過していったらしい、今頃は次のチェックポイントに着いた筈だ。
さて、戦況はどうなっているかな。
僅かに時間を遡り、木野塚駅前のスタート地点。
キヨシとホカゾノは大勢の参加者の遥か後方にいた。
「どうよホカゾノ?」
「あぁ、いないな、俺たちの障害になりそうな奴は。」
「お前、確か色々と手を打ったんだろ?」
「こういうレースってのは上手く勝てるか自信がないからな、勝つための手段はこうじるさ。」
「なんだ、お前にしては珍しく弱気じゃないか?いつもは鬱陶しいほど自信に満ち溢れて、絶対的な暴力で押し潰すのに。」
「今日のウチは一味違うぜキヨっちゃん、なにせルールを守ろうとしているからな!」
「な、なんだって!?キヨっちゃんゆうな。」
「だがこの戦い、だからこそ難しいかもしれない。キヨっちゃん良くね?」
「何がだ?我らの敵はいないように思えるが?良くねぇよ!」
「一般人を壊さない自信がねぇ!キヨっちゃん!」
「ははっ、同感だぜ!だ・ま・れ・!」
「カウント五秒前!……Four……Three、」
「あ~こちら市長だ………祭りだぜ野郎共!狂ってきてるか!」
『イェア!』
「……Two……One……、」
「Are you ready!」
「Go!」
『ウォォォォォオ!』
猛獣の群れが走りだす。
地響きと轟音を伴って、幾百の足が地を蹴る。
バイクも車も、エンジンに回れと踏み込み、エンジンはそれに応えて唸りを上げた。
そして即始まる他者への妨害。
足を払い、服を引っ張り、さりげなく殴り、こっそり蹴る。
ごちゃごちゃのまま塊となって移動していく様は、地方テレビ局のヘリで撮影されていた。
しかしまだ走りださないホカゾノとキヨシ。
二人の目の前に立ち塞がる参加者十人、その手には槍やら剣やらバットが握られている。
「何だお前ら、物騒なもん持ってるなぁ。」
「こりゃあれだぜホカゾノ、コスプレイヤーさん達だ。」
「違うわ!俺たちはあんたらを止めるためにいる殿だ。」
「完全にチームプレーだな、ちょっとは考えたんだ。」
「ウチらを止めるために命を賭けるその覚悟、なかなか素晴らしい。」
「この街の力の天秤を傾けるのさ!あんたらを倒せば名も上がる!」
「こういうの最高!俺って猛将ってことだろ?」
「遂にウチも英雄か、満足だな。お前らは悪漢ってとこか?」
「なら倒さなくっちゃな、猛将として!」
「英雄として世にはびこるカス共は片付けないとな!」
『邪魔だ退けー!』
『ギャアアアアア!』
まさに一瞬の出来事、流石は武神、彼らにとって優しさとは殺さずに生かすことです。
暴風で乱れた髪を整えながら、二人は落ちている剣と槍を拾う。
「やはり俺のバギ○ロスは最強だな!」
「いやいやウチの皆○しだろ!」
下らないことで口論を始める二人、英雄らしさなんて何処にもありません。
大体冗談でも魔法を使わないでください、ここは現実世界です。
「さ、そろそろ行くか!」
「雑魚に賞金は渡さないぜ!」
その場から一瞬で消える二人。
ルール上違反ではありませんが、正直汚いにも程がある能力ですね。
時は進み三十分後。
俺は駅で渡されたパンフレットを見ながら老舗街を歩いていた。
「緋結華、何処に行きたい?」
「うどんが食べたいかも。」
「あたしもうどんは賛成。」
「そうだな、昼食には合っている。じゃあ早速行こうか。」
昔ながらの面影が残る店を眺めながら、俺たちは目的の店を目指す。
「そういえばホカゾノさん達はもう勝ったのかな?」
「いや、流石にまだだろ。」
「電話して聞いてみようか。」
「それもそうだな、キヨシにかけてみよう。」
どうせホカゾノは出ないからかけても無駄だ。
数コールの後で、キヨシが電話に出る。
「よぉキヨシ、もう随分進んだのか?」
「お兄さん、やっちまった。」
「どうした、勝ってるんだろ?」
「今、何故か東京。」
…………は?




