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2月26日 Day.15-3


時は流れて30分後。

既に疲労感が辺りに漂い始めた試合会場、ゲームは2対0一回裏ツーアウト、つまり欠片も進んでない。

バッターボックス付近にはウッドチップ一袋ぶちまけたみたいに散らばっている木片、元バット。

予備のバットも足らなくなり、ベンチで暇してた爺さんが、孫にあげるお小遣いまではたいて、近くのスポーツショップで木製バットをあるだけ購入。

その際のショップ店員男性(24・童貞)はこう語る。


「驚きすぎて勃起しましたよ~。」


下品な台詞である、だから彼女もできないんだ童貞め。

それはさておき、たった今25本目の木製バットがウッドチップに変わり、追加の予備バットが底を突いた。

件のゴリラ二匹は肩でぜぇぜぇと息をしながら、老ゴリラは手元に残ったグリップ部分を放り捨てる。


「やるな…ゴリラ。」

「貴様もなゴリラ。」

「いやもうやるなよ、バットなくなったわ!」

「ワシの孫にやる小遣いが…。」

「この際金属バットにするのはどうでしょう?」

『それだ!』


全員頭の回転は遅いようです、不憫ですね。

さて再び孫への小遣いを削って購入した金属バット、爺さん泣いてますみっともない。

泣きながらバットを購入するのを目撃したショップ店員男性(24・童貞)はこう語る。


「バットで行う儀式でもあるのかな?」


あるわきゃねぇだろ童貞め、常識的に考えろ。

さぁひのきの棒から金棒に変わりました、鬼に金棒ならぬゴリラに金棒です。


「これでワシの実力も本領発揮というものよ!」

「打ち返せなきゃ意味なんてねぇだろ爺さん!」


ゴリラたちはまた懲りずに腕力勝負をするみたいです、ゴリラとはこうも考えなしの生き物なのでしょうか。

本日何発目かの砲撃、いい加減数えるのも億劫になってきました。

今までと違う高い金属音を響かせ、バットとボールが激突します。

直後、金属バットがおかしな方向に折れ曲がった。

木製バットをウッドチップに変えてしまう力の衝突、金属とはいえ耐えられないのは道理、規格外の力に全員たじろいだ。

しかし砕けなかっただけマシとでも言うように、ボールは一応打ち出された。


「勝ったー!」

「落ちろー!」


だが力を打ち消し合ったボールはひょろひょろと遅く、ガリマッチョ軍団の前では容易く捕球されてしまった。


「よっし!ざまあ爺さん、ウチの勝ちだぜ!」

「いや、打ったのじゃからワシの勝ちじゃ!」

「あぁん?チームに欠片も貢献できない一打に勝ちなんてねぇよ!」

「なんじゃと!」

「はいはい二人ともそこらへんにしてくれ、試合が先に進まない。」


シカマが呆れ果てて仲裁に入る、怒りださないだけ素晴らしい人格者であろう。


「とりあえず二人はこの散らばった残骸を片付ける、じゃなきゃ今すぐ家に帰れ。」


訂正、やはりかなりご立腹だった。

静かに怒るシカマに黙って従う二匹のゴリラ、叱咤されて素早く片付け始めた。

さて二人の活躍で壮絶にグダグダな空気が漂う野球場、あまりの活気のなさに道行く人々は首を傾げるばかり。

気合いも歓声も驚きの声もない野球って怖いだろう、物凄く静かに試合してるよ。

遂に呆れたシカマが叱咤の声を上げた。


「おいおい、あんたたちがオレを呼んだんだろ?グダグダになるのも判るが、気持ち切り替えないなら帰るぞ?それにもう二度と来ないからな。」

「私もこうなるなら鍛練に時間を割きたいです。」

「気合い入れろテメェら!」

『Yeah!』


緋結華の一声で復活したチームマッスル、シカマは複雑そうな顔してます。

それを見たホカゾノが、後ろのチームを見て叫ぶ。


「ウチらも負けんな!」

「あっちは可愛い助っ人で良いのぉ。」

「元気出そうじゃのぉ。」

「おい……テメェらから呼んでおいて何様だ?」

「あ、いやすまんトシユキくん、違うんだ!」

「助っ人よりも先に諦めるとはいい身分だな、ありえねえ。」

「帰るか、ホカ。」

「そうだな、帰るぞ。」

「すまなかった!ちょっと待ってくれ!」

「なら必ず勝つぞ、負けるようなら爺さんだろうがウチがしばく!ゴリラどもを潰す!はい復唱!」

『ゴリラどもを潰す!』

「声が小せえぞ!」

『ゴリラどもを潰す!!』

「全員気合いで走れ、こっから先、ボールは地面に落ちない!」

「爺さんたち死ぬぞホカ。」


両チームとも強制的に気合いを入れられ、漸く試合再開。

一回裏が終わったばかりだが、時間は既に50分ほど経過している。

攻守交代二回表2対0、木野塚町第六打者から。

理由はどうあれ球場には良い熱気が戻り始めた。


「こいつらに牽制球はいらんじゃろ?」

「貴方の球なら普通の人では打てませんよ。」

「舐めおって、必ず打ってやるぞ!」


そうは言っても流石はゴリラが放つ速球、ボール打つのに足の速さはまるで無関係、見事なくらい擦りもしません。

三者凡退、漸く野球って感じになってきました。

二回裏、こちらも三者凡退、ピッチャー勝負になりつつある、やはりこの二人は戦うのですね。


「爆発しやがれ爺さんたち!」

「負けんぞ、緋結華ちゃんのためにも!」


もはや町同士の戦いなど忘れてるのだろう。

並木町は緋結華のために、木野塚町は死にたくないから。

別に緋結華は負けたらどうこうって訳ではない、寧ろ無駄に張り切る爺さんたちに若干引いている。

木野塚町の爺さんたちは、武道大会でのホカゾノを見ている故、リアルに殺されるのではと冷や汗びっしょりガチプレイ。

そして爺さんAが口走ってしまった一言。


「若者は理不尽じゃ!」


そんな貴方はカフェ・フラトレスにどうぞ、この世の理不尽を全て取り扱っております。

さて三回表、第九打者が軽やかに三振し、二週目に入りました。

今世紀最狂のスラッガー、ホカゾノ選手の番です。


「ホカゾノ頑張れ~!」

「もうバット壊すなよ~!」

「うっせぇぞキヨシ!そして心配無用だぜカオリさん、ウチはあのゴリラより強いから!」

「そう言っていられるのも今の内じゃ!」

「今度こそ頼みますよ。」

「伊達にチームリーダーやってるわけじゃないというとこを見せてやるわい!」


爺さんが逞しい腕を大きく上げて、捻りを加えた動きで投げた。

対しホカゾノも来るであろう場所を予測し、微妙に調整しながらバットを振るう。

狙うは二塁三塁間、瞬歩を使えば絶対点は取れる。

しかしホカゾノは見た。

バットがボールを打ち抜く瞬間、急激に外へ逃げて行くのを。

既に十分な力を込めたバットは軌道を修正できずに、ボールをそのまま打ち抜いた。

威力が減少した打球は、地面を一塁へと真っ直ぐに転がっていく。

瞬歩を使う間もなく、捕球される。


「ワシの勝ちじゃのトシユキ。」

「……よくもやりやがったなくそジジイ。」

「ふはははは、老体に鞭打って練習した甲斐があったわい!」

「次は絶対外さないぜ、あれくらいウチなら余裕だ。」

「そうじゃな、だからこそ…。」

「…オレの指示で揺さ振るのさ。」

「厄介なバッテリーだな。」


金属バットをヒロトに手渡し、ベンチへと戻っていく。

因みにバットは強く握り締めたせいで指の形に柄が凹んでしまった、おぉ握りやすい。

まぁそもそもホカゾノの手が大きいせいで、普通の人では多少指が開いてしまうのだが。

既にステルスモードのヒロトは、かなり面倒臭そうにバッターボックスに入る。


「随分とやる気がないな。」

「ホカが長々とバット砕いてたせいでどうでも良くなった。」

「あぁ、そりゃそうだな。」

「出来れば帰りたい。」

「オレもそろそろ飽きてきた。やはりバランスブレイカーだよオレたちは、まともな試合を期待しちゃダメだな。どうせやるならオレもヒロイもキヨシも、人外を集めてやるべきだ。」

「じゃあお互い早く終わるように努力しましょう、でも手は抜かないように。」

「明らかに手を抜いたらあのゴリラどもに襲われそうだ。」


ヒロトはステルスモードを解くと、しっかりバットを構えなおした。

漸くヒロトの存在に気付いた爺さんは、明らかに警戒しながら、シカマの指示する位置にボールを放つ。

外角低めのカーブ。

気配察知の高いヒロトは、シカマがグローブを動かす気配で球筋を判断する。

そして気配通りの外角低め、しかしヒロトはわざと打点をずらし、内野ゴロに抑えた。

元々瞬間的な腕力があるわけではない、ステルスを使わなければ一回表のあの打球も当然アウトだっただろう。

ゴリラ爺さんもしっかりと捕球し、一塁へと投げる。


何故か全力投球で。


一塁の爺さんは驚き、ボールを取り零す。

慌てて一塁の爺さんはボールを拾いに行くが、驚いたのはヒロトとシカマだ。


(あ、これだとアウトになれない。)

(あの爺さんなに考えてんだ!?)


仕方なく二塁へと走るヒロト。

どうにか二塁までで収まったものの、シカマは納得いかない様子で爺さんへ詰め寄る。


「何故あの状況で速球を?」

「面白いじゃろ?こうしたらあの小僧も驚いて足を止めると思ってな。」


死ねこの筋肉ジジイ!

心の中で猛烈に毒づきながら、それでも目上に対し失礼にならないよう気を付けて話すシカマ。


「残念ですがアイツはこれくらいでは驚きません、普通に確実にアウトをとってください。」

「お堅いのぉお主、もう少し遊び心をもたんか。」


笑みを引きつらせながらシカマは思いました。

あぁ、マジ殺りたい。

何処かに弓と矢はないだろうか、山嵐みたいにしてやるのに。

完全にやる気を無くしたシカマ、このゴリラどもはとことん他人のやる気を削ぐらしい。

終わらないグダグダの連鎖、まさに負の連鎖とはこのこと。

一体何故こんなことになったのか、あぁ、この二人がリーダー面してるからか。

まぁ確かに片方はちゃんとリーダーだけどね、よく崩壊しないで続いてるよなこのチーム。

二人の賢い働きで着々とゲームは進んでいく、少しずつ点数も増やしていく、支配権は互いのチームの参謀が握った。

そしてラスト、九回裏6対5ツーアウト、どうにかここまでもってきた二人、流石だ頭脳派、面倒事を片付ける術を心得てます。

しかしバッターはゴリラ爺さん、ピッチャーホカゾノ、こいつら体力どうなっているのでしょう、一試合完徹とは。


「ワシがここで点を入れれば試合続行じゃのぉトシユキ。」

「はぁ?そういう願い事は遺言書にでも書きやがれ!」

「ワシはまだまだこの世ではびこってやるんじゃ!」

「はっはっは、冗談も度が過ぎると滑稽だぜジジイ!」

「黙れ貴様、すぐに泣きべそかかせてやるわ!」


もうそろそろ自重してほしいですねこの二人は、無駄に時間を食うだけでしょうに。

しかしこの二人の組み合わせでは何が起こるか判らない、厄介な組み合わせです。


(だがさせない、オレは早く帰りたい。あ、帰りにフラトレスで飯でも食うか。)

(煙草吸いたいなぁ、とっとと終わらせよ。)


ホカゾノが大きく振りかぶり、ボールを投げた。


「砕けろやー!」

「真っ直ぐしか投げん貴様など怖くもないわ!」

「油断すんなやジジイ!」


ホカゾノが投げたボールは異常な加速をみせ、一瞬でフェンスに突き刺さった。


豪腕にて生じる矛盾(フラガラック)!」

「汚いじゃろ!」

「これなら絶対打たれないぜざまぁ!」

「まぁ早く終わるなら良いけどさ、アイツずるいな。」

「ホカゾノ汚いな。」

「やりすぎだよねホカゾノ。」

「勝てば良いのは認めるけどさ、よくここまで使わなかったな。」


当たり前ですがあんなの普通の人間に打てるわけがありませんね、常軌の逸脱も甚だしい、魔界の野球じゃないんですから。

試合終了、木野塚6点、並木5点、楽しんだのは結局あの二人だけです。

シカマさんのコメント。


「オレの活躍がない!」


すみません、野球って化け物が紛れるとろくなことにならないね。

ひたすらに店で働いていたフラトレスマスターのコメント。


「今日は皿が割れてないんだ、凄くね!?」


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