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2月26日 Day.15-2


昼前の川原。

休日は地元の子供達で賑わうこの場所も、平日には年配者の姿が多い。

ゲートボールを楽しむ老人会や、体力向上の為に走る人。

文学少女が芝生の上に座って文庫本を読むといった光景はないが、優しい微笑みを浮かべ手を繋いで歩く老夫婦はいる、そんな穏やかな平日。


「しまっちょくぜぞー!」

『ぷぎゃー!』


奇声を発する野郎共がいた。

川原に作られた、ちょっと小さな野球場。

球場左右に別れて集まったのは総勢十八人、更に観客が二人。

左側に陣を構えるチーム、その中心にいるゴリラが奇声の発生源だ。


「随分と不思議な掛け声だね、初めてあんな声を出したよ。」

「いやいや爺さま方、これが今の流行だから、乗らないと娘とかに冷たい視線向けられっから。」

「ほぉ、そうだったのか、いやぁ勉強になるね。」

「ありがとうトシユキ君、これで娘とも仲良くやれるかもしれん。」

「気にするな、それより試合に勝つぞ!気合い入れろ!」

『ぷぎゃー!』


そんな光景を、暖かい紅茶を飲みながら見守る三人がいる。


「酷い掛け声だね、相手チーム引いてるよ。」

「流行りなわけないから、寧ろ嫌われる原因になるから!」

「あれウザいな。」

「というかヒロトくんは行かなくて良いの?」

「もとから興味ないけど、アレのせいで余計に行きたくない。」

「確かに、あんなのと同じチームだなんて悪夢だな。」

「後で絶対あの嘘がバレて殺されるよね。」

「あんな掛け声を娘とかの運動会とかで言ってみろ、恥ずかしさの余りホカゾノを殺さないと精神が耐えられないわ。」


並木町チームは、やはりホカゾノの奇行に引いていた。


「何じゃあの掛け声は、気持ち悪いのぉ。」

「シカマくん、あれは本当に流行っているのかい?」

「いやいやまさか、ありえませんよ。」

「高校ではどうだい緋結華ちゃん?」

「流行ったりしたら嫌です。」

「あれは病気です、気にしたら負けます。」

「そ、そうか。」

「でも強いんだろう?」

「個の力では並のゴリラを凌駕します、しかし見ての通り馬鹿ですので騙すのは容易いかと。」

「扱いが随分悪いね。」

「ホカゾノですから。」

「誰が相手でもやるからには勝ちましょう!」

『おー!』


女子高生に気合いを入れられた並木町チームは、でれでれした表情で掛け声を上げる。

対する木野塚町チームは、何故かリーダーぶるホカゾノによっておかしなテンションになっていた。


「声が小さいぞー!」

『ぷぎゃー!!』

「もひとついこう!」

『よーいやさー!』

「ヒロトくん、行かなくて良いの?」

「いくら何でもあれと同じチームなのは嫌だ。」

「大丈夫、オッサンたちも既に疑問を感じ始めてるから。」

「とりあえずそろそろ時間だし、すぐに終わらせて帰りましょう。馬鹿の始末はヒロイさんに任せる。」




くしゅんっ!


「どうしたのマスター、風邪?」

「いや、体はすこぶる健康だが……急にくしゃみが。」




「これより並木町対木野塚町の試合を始めます、両チーム整列!」


ゴリラ爺さんを先頭にした並木町チーム、通称チームマッスル。

対してランニングによって鍛えられた脚力を有する、通称チームガリマッチョの木野塚。

睨みをきかせて歩み寄る両チームは、何故か互いにゴリラが仕切る。


「よぉじいさん、負け犬の遠吠えを聞きに来たぜ!」

「貴様にはワシの凄さを知らしめなければならんな!」

「お久し振りですヒロトさん。」

「武道大会ぶりかヒロト。」

「そうッスね、緋結華久しぶり。」

「負けないぞヒロト。」

「まぁ適当にやりますよ。」

「では先攻を木野塚町で、並木町は守備についてください。両チーム礼!」

『よろしくお願いします!』


それぞれの位置につくと、試合開始のホイッスルが鳴り響く。

ピッチャーはゴリラ爺さん、キャッチャーシカマ、緋結華は外野。

第一打者はホカゾノ、木製バットを振り回しながらバッターボックスに入る。


「かかってこいよゴリラ、あんたのひょろ玉なんて一瞬で場外ホームランだ!」

「ぬかせ貴様、下らぬ戯言吐いたこと後悔させてやるわい!」

「いや、まずは牽制球を…。」

「うぉぉら!」

「やっぱひょろ玉だぜ!」


バコォーン!


「しゃあっ!」

「なにぃ!?」

「あぁ、言わんこっちゃない。」


派手な音を立てて、白球は空高く飛んでいった。

試合開始第一球からの好打に緋結華が慌てて走る。

しかし人間の規格を逸脱した豪腕は、白球を容易く対岸まで運んでいった。

ガリマッチョ側から歓声が上がり、ホカゾノはベースを回りながら叫ぶ。


「あっはっは、流石はウチ!」

「おのれ貴様!やはり人間じゃなかろ!」

「いやいや褒めんなって。」

「相変わらず気持ち悪い豪腕だな、当たればホームランかよ。」

「ホカゾノさんって何でも誉め言葉になりますよね、凄くポジティブ。」

「ホームイン!いやぁ悪いな爺さん、花を持たせてくれるとは無駄に歳くってるわけじゃないんだな!」

「……あぁそうじゃ、大人の余裕というやつじゃ!貴様には一生うまれん余裕じゃがな!」

「マジいらねぇそんな余裕!勝負は勝ってこそだろ!」

「死ねゴリラ!」

「爆発しろゴリラ!」

「いいから早く続き!」

「騒ぎだしたら止まらないですねあの二人。」

「もうよい!次の打者は誰じゃ?」

「もういるけど…。」

「うぉ!?」

「ヒロトいつの間に。」


誰にも気付かれずにバッターボックスに入るヒロト、これぞ究極のステルス。


「あの気配遮断はズルいよな。」

「ヒロトくんって実は最強なんじゃない?」

「今度は打たせん!」

「む、ヒロトの実力は判らない。今度こそ牽制球を…。」

「こんなひ弱な小僧にワシの豪速球が打てるか!」

「……もうやだこの爺さん。」

「甘いぜ!」


パカンッ!


地面を滑るように、ヒロトが打った球が飛んでいく。

外野に抜けて転がっていくところを緋結華が回収、皆もそれを見ていた。


「あれ?ヒロトさんは?」

「何、あの小僧何処に行った?」


キョロキョロと周りを見渡すが、何故かヒロトは見当たらない。


「皆集中しろ!ヒロトは気配を極限まで消してるだけだ!」

「あ、そこだー!」


既にホームに向かっているヒロトを見付けた緋結華は、シカマに向かって全力投球する。


「気付くのが遅かったね。」

「くっ。」


ボールが届くより早く、ヒロトがホームベースを踏んだ。

気配遮断によるランニングホームラン、もはやチート。

しかしルールに違反している訳ではない、ヒロトは普通の速さでしっかりと各ベースを踏んでいったのだから。


「ナイス!いいぞヒロト!」

「手首痛ぇ、あんなの対岸に運ぶとか馬鹿じゃないの?」

「ウチの豪腕なら余裕だ!」

「何かふざけた野球ゲームみたいだな。」

「そういえばシカマさんはすぐに俺が消えたのに気付いてたね。」

「まぁ流石に目の前にいたからな。普通に走りだしてるのに周りは気付かないって凄いなお前。」

「ウチら最強じゃね?」

「面白い、覚悟しとけよ。」


その後の打者は、ゴリラ自慢の豪速球であえなく三振、2対0で並木町に攻撃が移る。

第一打者、御奈坂緋結華。


「頑張れ緋結華ちゃん!」

「駄目でも気にするなー!」

「はいっ、頑張りますよ!」

「爺さん共の声援凄いな。」

「まぁ女子高生だから、それに緋結華ちゃん可愛いし。」

「相手が女であろうと容赦しないのがホカゾノクォリティー!」

「はい、それでお願いします!」

「堂々としてて美しいな、緋結華ちゃんカッコいいぞ!」

「そんなゴミカスに負けるなー!」

「へい!そこのギャラリー二人五月蝿いぞ!」

「まぁお前最低だけどな。」

「黙れヒロト!」


ホカゾノはボールを握り、緋結華はバットを後ろに構えた。

その姿は例えるなら刀を腰に差す様に似ている。


「初心者がいきなりそんな無茶な構えとは……後悔するなよ!」

「今日のアイツは悪役だな。」

「カズくんいないから調子乗ってるんでしょ。」




くしゅんっ!


「今日はやけにくしゃみするねマスター。」

「あぁ、嫌な予感がする。」




「食らえ我が魔球!」

「必ず打ちます!」

「うぉぉぉりゃあああ!」


大砲のような風圧を伴って、理不尽ストレートが飛んでくる。

キャッチャーはすかさず退避、人間なら逃げたくもなるだろう。

この時点で緋結華は打たなくても走りだせるのだが、ルールもろくに知らない彼女は真面目にも構えを解かない。


「はぁぁぁぁあ!」


緋結華は気合いとともにその場で一回転、遠心力を借りて、バットの先端の一番太い部分をボールにぶちかます。

重たい打撃音と、ボールがホカゾノの頭上を越えていくのは同時だった。


「何!?」

「お、打った。」

「流石はワシらの女神!」

「美しい!」

「可愛い!」

「beautiful!」

「このジジイどもは…。」


だがボールはホームランには僅かに届かない軌道、ガリマッチョ軍団の機動力ならば容易く届いてしまう。

敢えなくアウト、マッスルたちから落胆の声が上がる。

悔しそうな表情でベンチに戻ってくる緋結華。


「ごめんなさい、やっぱりホカゾノさんの球は重かったです。」

「いやいや緋結華ちゃんは良く頑張ったよ!」

「そうだじゃ、木野塚町の奴らが大人気ないのじゃ!」

「緋結華ちゃんが気に病むことはないぞ!」

「いえそういうわけには…。」


爺さん共に女神へと押し上げられ、アイドルの如く可愛がられ、気が付けばまるでぶりっこをしたかのような状態になっている。

見る人が嫌な奴なら悪女だとか言われそうだが、決して緋結華が悪いわけではない。

そんな訳で張り切りだした爺さん共は、妙に嬉しそうな笑みを張りつけてホカゾノにバットを向ける。


「今のワシなら打てるぞい!」

「言ってろ、打てずにみっともない姿を晒しやがれ!」


第二砲撃、もはやキャッチャーだった爺さんは外野を守り始めている状況。


バガンッ!


「女神パワー!」

「はぁ!?」

「マジで打ったよあの爺さん。」

「あのお爺さんたち若いよね…。」

「よし、あそこには誰もおらんぞ!」

「残念、俺がいるよ。」


ステルスモードのヒロトがしっかりキャッチ、ボールに向かって走っていた爺さんもヒロトに気付いて驚く。


「ナイスだヒロト、防御が何処にいるか判らないとか無敵じゃね?」

「いやたまたま、反対だったら間に合わない。」

「聞いたか皆、奴は見えないだけで機動力はないぞ!」

「おぃぃい!何で弱点曝した!?」

「俺は正直なのさ。」

「黙れ!」

「次はワシの出番じゃな!」

「来やがったなゴリラ!」

「負けるのは貴様じゃゴリラ!」


醜いゴリラ同士の対決、誰もが感じる欝陶しさ。

これが某有名RPGなら、「野性のゴリラが二匹現れた、まぁウザい。」と表示されてるに違いない。


「くたばれクソゴリラ!うらぁ!メテオストライク!」

「力なら負けんぞ!とぅりゃ!エンジェルフォース!」


無駄に必殺技名を叫ぶ馬鹿ゴリラと、ちょっと女神パワーを言い換えただけの老ゴリラ。

筋肉馬鹿さを全員にアピールしながら放たれたボールとバットは、凄まじい音を立てて衝突した。


「うらぁぁぁぁあ!」

「とぅりゃぁぁあ!」


赤い髪と青い髪の兄弟が活躍するミニ四駆アニメじゃないんだから、放たれたボールは叫んでも強くなりません、それが判らないから馬鹿ゴリラ。

アホみたいな力同士の衝突は、ただの木製バットが耐えられる力ではない。

当然ながらバット破砕、折れただけじゃなく破砕、重要事項です二回言いました。


「イェア!」

「うぉぉお!」


叫ばずにはいられませんね判ります、ゲームは何も進展してませんもの。

予備のバットを使って試合継続、まだまだ波乱の予感がします。


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