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1月22日 Day.13-9


「遂にこの時が来たのぉカズタカ。」

「あぁ。あまりにも大袈裟な守備態勢だが、俺とあんたが暴れるには相応しいかもな。」

「はっはっは、違いないの。して貴様のその刀、相変わらずの兼定と見受けるが?」

「和泉守兼定が拵えし一振り、銘は「白漣」、二代目兼定が創意工夫して打ち、表には出さなかったものだ。」

「貴様もきちんと己に合う刀に巡り合っておったか。以前の戦いでは刀が貴様と合わず泣いておった。」

「確かに、「光影」には悪いことをしてしまった。だがだからこそこいつと巡り合えた、もう泣かせたりしない。」

「ふむ、試合前であるが貴様とは語るべき事が多いようじゃ。後の語らいはこやつらに任せるとするかの。」


宗十郎は腰の「影裂き」に触れながら、静かに腰を落とした。


―――気配が変わる。


数多の戦いを経て研ぎ澄まされた覇気。

それは真実、刀のような鋭利さを持って威圧してくる。

対して俺も、覇気を全開で押し返す。

先程より濃密、下手な武術家なら吐き気を催す圧力。

一般人でも敏感な者なら気が付くかもしれない。


「今回は私が開戦の言葉を言わせていただきます!―――いざ尋常に………始め!」


始まった。

しかし互いに動かない。

微動だにせず、刀に手を添えて目を閉じる。

先に動いた方が、覇気による戦いの敗者。

堪らない時間だ、相手の覇気が強ければ強いほど俺の覇気は増していく。

心臓が早鐘を打ち始め、身体は戦いに最適化される。

ただ立っているだけの準備運動、互いの実力を測る時間。

涼しい顔をしている俺に対し、宗十郎の気配には不安が混ざり始める。

ははは、楽しいな宗十郎。

静かに目を開けた。

額に汗を浮かべた宗十郎が、刀の柄を握る。

いよいよ接近戦だ、最高の戦いにしたいな。

鞘から解放される影裂きと白漣。

互いに一歩、そして跳び出す。

一尺三寸の間合いで、最初の衝撃が弾ける。


「小峰流・散り紅葉!」

「我流・天昇空牙!」


風を伴う横斬りを、下から食らいつく斬り上げが弾き飛ばす。

高い金属音、宗十郎に隙を作った。

しかし即座に斬り返し、連続して斬りこんでくる。

実に十合、一瞬の間に激しくぶつかり合う。


「足止めての斬り合いなんて俺たちの戦いじゃないだろ?」

「ワシらの戦いとは即ち超高速剣術、ならば相応の戦い方があるものじゃな。」


一度離れ、再びの接近戦。

だが今度は立ち止まらず、すれ違いざまの交差戦だ。

一瞬の攻防。

更に僅かな時間、瞬時に三度、烈火の如く火花が散る。

着地と同時に相手の気配へ跳ぶ。

追い付けなくなった時、必殺に等しい一刀が身体を薙ぐだろう。

すぐ隣に死が鎌首をもたげる感覚、際限なく上がる最高速に理性が剥き出しになる。

己の全力に対することが可能な敵の存在、それに打ち勝つ未来への高揚感。

第二の人格が目を覚ます。

ニヤリと、口元が勝手に嗤う。


「あははははは、楽しいぞ小峰宗十郎!こんなにも楽しい殺し合いは久方ぶりだ!」

「また貴様か!前にも増して汚れた気配を放つのぉ!周りに一般人がいることを忘れるな!」

「はっ、下らぬ事に意識を削ぐなよ小峰宗十郎!オレの興を冷ますな、テメェは自分の命を気に掛けろ!老い先短けぇ身体なんだ、気の弛みで壊れられたら堪らねぇ!」

「それこそ下らぬ事よ!貴様ごとき戯け者に今のワシは斬れぬ!戦いに溺れた貴様はもはや侍ではない、ただの魔物じゃ!」

「オレは鬼を越えた鬼神、魔物なんてカスと同列とは笑わせるな!」


血がたぎる、視界には宗十郎しか映らない。

一体どれほど刄を交えたのか、もはやそれすらも定かではなくなってきた。

感覚はより鋭敏に、刀は大気を斬り、真空へと押し寄せる風は、鋭利な刃物のように宗十郎を傷つけていく。

あぁ、やはりテメェは最高だ小峰宗十郎。

もっといけるだろ?

これで終わらないだろ?

剣撃を奏でろ、まだ最高潮には遠いんだ。


「オラオラどしたどしたぁ!動きが鈍ってきてるぞ小峰宗十郎!少しでも遅れたら代わりにテメェの腕を食らうぜ!」

「流石のワシでも貴様のその殺意にはあてられてしまったようじゃの、やれやれじゃ。」

「はははははは!立ってるだけで立派だぜぇ?だが立派だってだけで、オレを満足させるには遠いがなぁ!」

「深く重く、どこまでも黒い。貴様の殺意は暗闇そのものじゃな、人が恐怖する驚異じゃよ。」

「オレが出てくるのはテメェクラスの奴がいる時だけだ、ただの一般人など知ったことか!」

「では早急に消えるが良い!」

「何?」

「小峰流奥義・封魔討刃!」


一瞬の八刀一突。

迎撃は間に合わない。

可能な限り捌き、致命傷を避けて躱す。

腕や首に赤い筋が刻まれ、血が流れる。


「凄いなあの爺さん、兄さんに技を入れたぞ。」

「あのお兄さんが捌けない速度って……十分あの爺さんも化け物だぞ。」

「ヒロイ、相当キテるな。」

「師匠もマスターも、本当に人なの?」


着地し、そのまま高速戦闘は続く。

互いに傷を負ってはいるが、オレの方が深いな。

流れ出る血を、生命の赤を見る。

一歩、死の気配が近づく。

薄汚い黒装束を纏った死神が、卑下た声で嗤う。

ふはは。


「最っっ高だぁ!強くなってくれて嬉しいぞ!」

「戦闘狂め、すぐに引導を渡してくれるわ!」

「上等だぁ!返り討ちにあっても知らねえぞ!」

「小峰流・不浄滅刀!」

「我流・狂い咲き!」


連撃が連撃にて相殺される。

だが僅かにまだオレの方が速い。

最後の一刀が宗十郎の左腕を斬り裂き、血の花が咲く。

苦悶の表情で着地する宗十郎。

その腕はだらりと下がり、赤く染まっている。


「口ほどにもねぇ!引導を渡す?その腕で何が出来るのか見物だなぁ!」

「くっ、貴様。」

「更なる強さを求めてテメェの道場に足を運んだが、この程度なら教えを請うまでもない!」

「おのれ、我が流派を侮辱するかー!」


宗十郎が血を流しながら突進してくる。


「下らねぇ挑発にも激情して突っ込む、余裕がないにしてもいよいよつまらねぇな。そろそろ終わりにすっか。」

「小峰流・蒼龍牙斬!」

「遅いな、片腕じゃやはりこの程度か。」


速度の落ちた連撃ほどつまらないものもない。

オレは白けた心で刀を納め、居合いの姿勢をとった。


「……油断をするなと言ったはずじゃ。」

「何だと?」

「戦いの最中に刄を納めるとは愚の骨頂じゃ!」


刹那、宗十郎が眼前から姿を消した。

否、一瞬でオレの背後に回ったのだ。

わざと激情したふりをし、オレを油断させ、刀が抜刀状態なら見切れる動きを当てる。

完全に出遅れた。

即座に振り返り、全力で抜刀する。

しかし既に振り下ろされている刄は止められず、大きな傷を左肩に刻んでいった。


血飛沫が散り、激痛が全身を駆け巡る。

斬られた?このオレが?

左腕が上がらない、流石に試合中の復帰は難しい。

やるじゃないか小峰宗十郎、まさか小細工まで使うとは。


「ふははははは!流石だな小峰宗十郎!小さなプライド捨ててまでオレに攻撃を当ててくるとはよぉ!真っ向から叩き潰すのがテメェの戦いじゃなかったのかよ?」

「ふん、貴様を相手にするならそのような信念を捨てる覚悟を初めからしておるわ!」

「良いねぇ、勝利に貪欲なのは良いことだ!オレらみたいな人間は、生きるか死ぬかの戦いしか楽しめねぇんだよ!そうだろ小峰宗十郎!テメェは楽しくねぇのか?こんなにも全力で殺し合えるのによぉ!」

「貴様は人の死ですら何も感じないのか?」

「戦いで得るのは勝利のみ、人の死なんてその過程で起きた些末事だろうが!殺した相手に報いたいなら、そいつの分まで戦って勝ちゃ良い!」

「もう良い。影裂きにて、その歪みきった人格ごと斬り裂く!」

「そうじゃなきゃつまらねぇ!戦いの哲学なんてのは個人の自由だ、いざ戦いになれば毛ほどの役にもたちゃしねぇ!土台無理な話だ。武人ってのは元来拳を打ち合わねぇと語り合えない、お喋りは平和な日常って中ですれば良いのさ!」


互いに鞘を審判に投げる、もう終わるまで納めることはない。

瞬間の最高速。

肉体の限界を超えるように、力を振るう。

接敵の度に交わされる刄は、回数を重ねる毎に増えていく。

風がぶつかり、突風が吹き荒れる。


「強くなるって……あんなに。」

「まぁ緋結華ちゃんもあの域に達すると判るだろうね。」

「俺たちもまだまだだが、武神や鬼神なんて呼ばれる奴は大抵なにかしらの信念が確立してるもんだ。」

「一つの信念を極限まで突き詰めないとああはなれない、だからこそ見える境地ってやつだろうな。」

「なに、緋結華ちゃんは宗十郎さんのようになるさ、ヒロイのは狂気に近い。あれはマズいよ、戦闘狂だからな。」


右腕が唸る。

互いにもう僅かな時間しか許されない。

流れゆく血液は凄まじい速度で体力を削り、動きを鈍らせる。

気力で身体を動かし続け、勝利を得んがために刀を振るう。

着実に忍び寄る死の気配。

笑みがこぼれ、歓喜に身を焦がす。

あぁ、オレは生きている。


「老体にはキツい状況じゃないか小峰宗十郎!」

「舐めるな、この程度ならばいくらでも戦えるわ!」

「なぁ小峰宗十郎!楽しんでるか?」

「ふん、ワシとて貴様が相手でなければ本気なぞ出せぬわ!」

「なら生まれた時は違えど、こうして同じ時間を交えられた奇跡を喜ばないといけないな!」

「ここまでの強さに至ってしまったことを悔やんだこともあったが、今は寧ろ僥幸とさえ思っておるよ!」

「はははははは!ならば悔いも未練も残らぬくらい叩き潰すのが礼儀ってもんだよなぁ!」

「ぬかせ!地に横たわるのは貴様じゃカズタカ!」


着地と同時に地を蹴り、真正面から突っ込む。

もう小細工も必要ない、どちらの全力が上か、競うならばそれのみ。


「壊れるなよ小峰宗十郎!我流奥義!逃れる術なき鳥籠(燕返し)!」

「その身に刻め!小峰流奥義!臥龍戦咆刃!」


刹那の間に三度放たれた刄と、覇気を刄に乗せた斬撃が激突する。

すれ違いの一閃。

だが互いに片腕、体力も技の冴えも落ちている。

オレは宗十郎の右腕を僅かに斬り、傷を負わぬまま振り返った。

宗十郎は振り返る力もないのか、片膝を付いて蹲っている。


「もう終わりか?」

「今更ワシのことを気に掛けるとは、未だ鬼神になりきれていない証拠か。」

「黙ってねぇと死期を早めんぞジジイ。」

「さて、次で最後かのう。貴様を倒して医務室に行かなければ。」

「おやおやぁ、既に寝てんのかぁ?スッゲェ寝言が聞こえたんだが、オレの空耳だよなぁ?」

「流石にこの傷では自然治癒も時間がかかるでのぉ。」

「……わざとだろテメェ。」

「もう一踏ん張りじゃ、行くぞ影裂き、奴を倒す。」

「行くぜぇ白漣、ジジイの人生終わらせるぞ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉぉぉぉ!」


最後の覇気を解放し、気合いの咆哮が響く。

ビリビリと空気を伝う重圧。

あれだけ傷を負っても尚これか、最高だよあんたは。

存分に楽しんだ、あとはオレの勝利で終わらすだけだ。

全力の踏み出し、最後の接敵。

どう転んでも、決着がつく。


「小峰流秘奥義!瞬閃影裂き!」

「我流秘奥義!終劇葬刃!」


神速の斬撃、やけに遅く見える瞬間。

オレは目を疑った。

宗十郎の身体が傾いでいる、刀もしっかりと握れていない。

瞳に力はなく、完全に気絶している。

オレの刀は既に宗十郎へ向かって放たれている、今から軌道は変えられない。

くそったれが!


「やれやれ兄さんは世話が焼けるなぁ。」

「お兄さんってテンション上がると後先考えなくなるからなぁ。」

「凄い戦いだったからな。」

「よく皆さん迷わずここに飛び込めますね。」


オレの刀は一瞬で飛び込んできた四人によって止められた。

たまには役に立つじゃないか。


「もう爺さんは戦えないな――勝者、ヒロイカズタカ!」

「あぁ!それウチが言いたかったのに!」

「はっはっは、早い者勝ちだせ!」

「下らねぇなこいつら。」

「やっと終わりましたね、審判って疲れます。」

「試合終了!鬼神と武神の試合は鬼神の勝利によって幕を閉じました!やはり壮絶な戦いでした、私は未だに圧迫感で動けません!では少々の休憩を挟んだ後、閉会式とさせていただきます!皆さん長らくありがとうございました!」


長い長い戦いはこれにて終結した。


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