1月22日 Day.13-6
いつだって、絶対的強者に数値的には勝てない弱者の刄が届くのは、ほんの少し、気合いが勝った時だ。
どんな勇者だって、決して最強じゃない。
大抵は魔王と呼ばれる奴が、最強の力を持っている。
そう考えるならば、俺は現時点で魔王って事になる、何しろ負ける要素がない。
だが、きっとファンタジーで散っていった魔王たちはこう感じたはずだ。
あぁ、きっとこういう奴が勇者なんだろうと。
俺は頬に打ち込まれた拳を感じながら、ふとそんなことを考えていた。
遡るは5分前、こいつが気合いと共に起き上がった頃になる。
「我流・龍葬撃!」
俺の拳打がホカゾノの顎を打ち抜き、脳を揺さぶる。
普通なら脳震盪を起こして気絶する、だがこいつは倒れない。
「オオオオオオオオォ!」
「良いね、最高だよ。お前は立派にフラトレスの仲間だ。」
「兄さんしつこいぞ!早く倒れろー!」
「あっはっは、遅いぞ中年。」
「そこは少年で良かったやんかー!」
「確かにあたしたち中年だね。」
「つかさっきまでの格好よさは何処へ?」
「さ、そろそろ刀を抜かせてくれよ。」
「勝手に抜けばええやん!」
「あ、良いの?それじゃちゃんと避けてくれよ?」
「え?」
恐らく観客には俺が何をしたのか見えなかっただろう。
ホカゾノですら俺が刀を抜き始めた動作と戻し終えた動作しか見えてない。
人の目が光を見るよりも速い、光さえ越えた速度の抜刀術。
「我流・閃光・終の太刀。」
ホカゾノは何もできず、静かに倒れた。
なんだ、呆気ないな。
やはり刀を抜くべきではなかった、楽しい時間まで一緒に斬ってしまう。
でもま、長引かせる必要もないか、もう十分に実力も把握した。
終わらせましょう、観客も静かになってきたし。
振り返り、倒れたホカゾノを見下ろす。
息も絶え絶えに、仰向けで寝転がる。
「よく頑張ったじゃないかホカゾノ、もうゆっくり休みな。」
俺は最後の一刀を、気絶させる気持ちで振り下ろした。
「舐めんなよ兄さん!せめて一発入れるぞ。」
刀が、受けとめられた。
しかも片手で、しっかりと。
「ウチを倒すなら殺すつもりでやりな!」
勢いよく引っ張られる。
完全に予想外だった俺は動けず、そのまま強烈なヘッドバットを額に食らった。
大きくよろめき、完全な隙を見せてしまう。
「たまには殴らせろー!」
重い、俺が唯一勝てない豪腕、その拳が俺の頬を打ち抜いた。
まるでダンプカーに衝突されたかのような衝撃、俺は為す術もなくブッ飛ばされる。
床を二・三度跳ねて、舞台にぶつかることで停止した。
「おっしゃーあぁぁあ!」
「やりました!一方的な展開から、なんと気迫で鬼神に一矢報いた!客席からも大きな声援が贈られています!その姿はまるで魔王に立ち向かう勇者、このまま勝つことはできるのか!?」
「まぁ俺はそこらの魔王と違うけどな。」
「まぁ兄さんだし、ウチも流石にそろそろ死ぬかも。」
「棄権するってか?」
「うん、割と出し切った感があるし満足かなって。正直まだまだ勝てる気がしない、ならせめて他の試合のために体力残すべきかなってね。」
「意外に先を見て物を言うじゃないか、上出来だホカゾノ。」
「つーわけで審判、ウチは棄権しますわ。」
「確かにその状態では戦えんじゃろ、正しい選択じゃな。では―――ホカゾノ選手棄権により、勝者、カズタカ!」
「やはりホカゾノ選手限界でした、勝者はヒロイカズタカ選手、そして未だに無敗だー!一体誰が彼を止められるのか!」
「俺だな。」
「いやオレだろ。」
「あんな化け物止められるのはワシしかおらんよ。」
俺と戦ってない残りの奴らが、ニヤニヤとこちらを見ている。
やはり来て良かったか、こんなにもワクワクさせてくれるとはね。
「他の選手たちも白熱してきましたぁ!さぁいよいよこの大会も大詰め、残り少ない試合はどれも強豪揃いです、一試合たりとも見逃せない試合となりそうだー!」
「確かに、俺もそろそろ連戦が始まるか。」
「貴様みたいなのには連戦なぞ特に意味もないじゃろ?暫くそこから動かなくて良いぞ。」
「はぁ、一応喫煙者なんだから労れジジイ。」
「ふはは、知らぬわ!」
「一度会場を修理した後、そのままカズタカ選手対キヨシ選手の試合を行います、皆さま少々お待ち下さい。」
俺たちが退くと、さっきの大工さんたちがぞろぞろと現れ、凹んだ壁や砕けた床を修理(何度見ても錬金術)していく。
もう手品を織り交ぜた大工さんなのだろう、そう割り切らないとあまりに作業が速すぎる。
あっという間もなく、なんか壊した事実から改竄されたように元通りになった、俺も錬金術習いに行こうかな。
「お兄さんは戦闘以外頭使えないから無理無理。」
「ナチュラルに思考読むの止めてくれる?」
「絶対錬金術って英語使うから俺たちには無理だし。」
「あぁそりゃ無理だ、英語は昔からラ○ホーの呪文にしか聞こえない。」
「アバタケタブラー!」
「永眠するわボケ!」
「寝~むれ~、寝~むれ~。」
「狂い始めるにはまだ早い時間ですよ~?」
「そうだね!ボクの本領発揮は夜中の1時から!」
「迷惑な時間帯!?」
「そこでボクは歌うのさ!オ~レはキヨシ~、た~だの人~って。」
「嘘は止めなさい、人は竜巻やら雷やら出せません!」
「やだな出せますよ、魔力って知らないの?」
「そろそろ夢の世界から戻れカス!」
「修理が終わりましたので再開致します!それでは両者中央へ。」
「お前はどんな戦いがしたいんだ?」
「俺もお兄さんも技の精度や速さで戦うタイプだし、出来ればお互い全力で技をぶつけてみたいね。」
「それは面白いな、同系統の技同士をぶつけ合うのか。」
「派手じゃない?」
「少なくとも面白そうだ、お前の成長も判りやすい。幸いにも多少壊しても大丈夫そうだしな。」
「んじゃそんな感じで手合わせ願うよ、俺も一発くらいは入れてやるからな!」
「そうでなければつまらないな、存分に技を振るえ、全て打ち負かせてやろう。」
俺たちはそれぞれ槍と刀を構え、中央で向き合う。
「いざ尋常に………始め!」
キヨシがすぐに後ろへ跳ぶ、俺もそれに合わせ後ろへ跳んだ。
間合いは大きく離れ、ジジイも感じ取ったのか大きく距離を取った。
「ではまずはこいつからだ!我流奥義!旋風槍・乱れ風!」
「俺もいくぜ!我流・鳳凰翔裂破!」
高速で打ち込まれる風撃に、俺は己の斬撃破を飛ばしていく。
始めから奥義とは勇ましい、さて、俺の速さについてこれるかな?
俺は更に速く、より苛烈に攻撃を飛ばしていく。
キヨシもどんどん速度を上げて、段々と腕の動きが見えなくなってきた。
中央は爆風の嵐、だが少しずつ爆発の位置がキヨシ側へとズレていく。
「前回の戦いはまさに一瞬の判断や速度が勝敗を分ける堅実なものでしたが、今回は正面からの真っ向勝負だー!派手です、ファンタジーです、人同士の戦いとは到底思えません!」
「言われてるぞキヨシ。」
「いやいやお兄さんでしょ?」
「いや両方じゃろ?」
「黙ってろジジイ。」
「何で貴様はワシにばかり酷いんじゃ!」
「老人を虐めるなんて最低だよお兄さん!」
「うっせえぞ馬鹿ども!俺は平等に酷いんだ!」
「自慢げに言うことか貴様!」
「ほらほらんなことよりキヨシ、動きが遅れてるぞ!喋ってる余裕なんかねぇだろ!」
「判ってるっつの、クソッ!」
「このまま押し込むぜぇ!我流・狼牙無限刃!」
今までバラバラに飛ばしていた斬撃を、今度は一度に無数、ほぼ同時に飛ばす。
その様はまるで狼が口を開けて襲い掛かるが如く、キヨシに食らい付いた。
全身を斬られたような痛みに、キヨシが片膝をつく。
「決まったー!壮絶な技の応酬に決着がつきました!キヨシ選手これはキツいか!?」
「お兄さんの攻撃なんて屁でもないぜ!」
「ほぅ、ではその片膝は疲れてしまったと判断しよう。ではもっと激しく、凄絶に攻めてみようか。」
「キヨシ~、意地張るなよ~。」
「黙っとけホカゾノ!俺は逆境の方が燃えるんだよ!」
「おや?全然効いてないのでは逆境でもなんでもあるまい?」
「クソッタレ、その強がりもそこまでだぜ!我流奥義!旋風槍・大竜巻ー!」
キヨシは超高速で槍を回転させ、巨大な竜巻を作り出す。
「おぉ、その技は気になっていたんだ。打ち破るのは容易いが、それっはつまらなかろう?格の違いを見せ付けるなら、もう少し面白く抜けなければな。」
「できるもんならやってみやがれ!はぁぁぁぁあ!」
高く跳んだキヨシは、気合いと共に竜巻を撃ちだした。
強烈な気流の渦が、大自然の力を見せ付けるように迫ってくる。
だが、竜巻ならば穴はある、その中心に。
俺は刀を鞘に納めると、迷うことなく竜巻へ飛び込んだ。
蛇のように渦巻くそれが、ほんの一瞬真っ直ぐになった瞬間、キヨシへ向かって最高速で突っ込む。
竜巻を越えた向こう側で、キヨシが驚愕し、すぐさま竜巻を閉じようとした。
だが遅い。
俺は口元に笑みを浮かべて、兼定に手を伸ばす。
「我流・空中楼閣!」
足場もなく身動きが取れないキヨシへ、高速の四連撃を叩き込んだ。
俺はダメージを受けて仰け反るキヨシを掴むと、急激に収束する竜巻へと放り込む。
「な!?」
「己の技に呑み込まれろ!」
暴風の爆発。
館内に台風が通り過ぎたような風が巻き起こり、キヨシが床に叩きつけられる。
「またもカズタカ選手が勝利!あの竜巻の中へと恐れず飛び込み、見事あの大技を突破しましたー!キヨシ選手無事なのかー!?」
「無事に決まってんだろー!」
「おぉーっと!キヨシ選手無事、何というタフガイだー!小柄なのが功を相したかー?」
「おいテメェ実況!小柄なのがとか余計だろ!」
「ぷぷっ、良かったね~キヨっちゃん、チビだから助かったじゃん。」
「お前マジ覚えとけよホカゾノ!後で拷問だかんな!」
「あれ~?ウチに負けた槍使いはは何処の誰さんだったかなぁ~?」
「はぁ~、お前ら一応試合中だからな?」
「そうだった、うっかりだぜ!」
「意外に余裕だったりするのかお前。」
「まさか、今にも死にそうだぜ!」
「なら早めに引導を渡してやるか。」
「ヤバいホカゾノ!俺は今選択肢をミスったのか!?」
「うん、間違いなく地獄の直行便を選んだね、まぁどのみちそこへ辿り着くようになってるけど。」
「いいさ!どうせ人間はいつでも死と隣あわせだからな、他の奴とさして変わりはない!」
「自ら死に飛び込んでいく奴はお前くらいなものだがなぁ!」
「どちらにせよこれでラストだ、気張るぜ俺!」
俺は兼定を構え、キヨシは槍を下段に構えた。
お互いの奥義が勝敗を決める。
技の精度と速さ、それを極めようとした者同士の戦い。
必ず当たると言われる超高速の刺突か、何者も逃げられぬと言われた斬撃か。
強く床を蹴り、跳びだす。
―――遂にその決着を。
「奥義!心臓破りの魔槍!」
「奥義!逃れる術なき鳥籠!」
刹那の交差。
その一瞬、俺さえも捉えるのがやっとの速度で、必殺の槍が心臓へと迫る。
俺は逃げ道を奪う三連撃を放ち、辛うじて槍を逸らす。
互いに有名過ぎる大技、その特異性や、どういった動きをするのか知り尽くしている。
だが、俺の鳥籠はより強固に作ってあるぞ。
キヨシは予想通り、三撃目を放たれた時点で回避に移ろうとしていた。
でもそんな中途半端な逃げ方じゃ、俺の鳥籠から出られないさ。
キヨシが槍を引き戻そうとする僅かな隙。
俺の兼定が展開するもう一つの鳥籠が、容赦なくその扉を閉じた。
二度目の燕返し。
刹那の間に放たれたもう三連撃に、キヨシの体は斬り裂かれる。
膝をつき、前のめりに倒れこむ。
決着はついた。
「勝者、カズタカ!」
歓声が響く。
兼定を鞘に納める、キヨシを担ぎあげる。
朦朧とした意識で、キヨシが問う。
「いつの間に……あんな奥義を…?」
「毎日の仕事は忙しいが、強くなったのはなにもお前らだけじゃないってことだ。」
「ははっ、負けるわけだよ。まったく……お兄さんはまだ強くなんのか。」
「フラトレスのマスターって看板は存外に重たくてな、生半可な強さじゃ皆を守れないだろ。」
「この勇者…め……。」
キヨシは気絶し、体重を預けてくる。
残るは二人。
こいつらに勝った以上、負けられないなこれは。




