1月22日 Day.13-5
幾つかの試合が終わり、大会はいよいよ後半戦に入っていた。
雷庭によって破壊された床は、大工さんの素晴らしい手腕により見事元通りとなった、凄い技術だな、錬金術かあれは。
俺は一人席に座りながら、左右の空席を見る。
二人はまだ戻らない。
だけど俺は心配すらしていなかった、寧ろいつもの事だ。
アイツらがじっとしていられないのは。
「たっだいま~兄さん、たこ焼き食べる?」
「いゃあ~遂に俺にも春?そと出たらめっちゃ女の子に囲まれて幸せだったわ~。どの女から孕ませようかずっと考えてたぜ!」
「貴様らもういっぺん死にやがれー!」
そう、こいつらは全然なんともない、普通にさっきの試合の傷など何処にもない。
こいつらの次の試合が終わった頃にはけろっとした顔で帰ってきて、腹が減ったからと外の屋台に買い物へ行ってたのだ。
「蘇生には沢山のカロリーが必要なのさ~。」
そう言ってたこ焼きやらを貪る二人、うん化け物。
戦闘中は流石に回復に体力を向ける余裕はないらしい、何のことやらって感じだよ。
さ、次の試合を楽しむか。
「続きまして並木町の御奈坂選手対、椿町のシカマ選手の試合を開始します。両者中央へ!」
「お、中々面白い組み合わせじゃね?」
「兄さんには負けたけど、これは良い勝負しそうじゃない?」
確かにあの攻撃方法は遠距離攻撃に対して相性が良いだろう、あの回転速度に精度があれば尚更だ。
さて、シカマがどうやってあの鉄壁の攻守を突破するのか見物だな。
シカマは予備の弓と矢を、緋結華は巨大なハルバートをそれぞれ構える。
「マスターには負けましたけど、今度こそ黒星は刻みません!」
「その意気だ、オレもこの試合で学ばせてやるよ。」
「はい!よろしくお願いします!」
「ではいざ尋常に………始め!」
シカマは己の最適間合いを取るため、即座に強烈なバックステップを踏む。
「逃がしません!私の間合いで闘ってもらいますよ!」
それに勝るとも劣らない速度で、緋結華も前へと跳んだ。
始まりと同じ距離を保ったまま、緋結華の斬撃が放たれる。
しかし見事な円運動だ、あの筋力でハルバートを扱うとはもはや天性の才能としか言えんな。
ただまだ小さな円運動は苦手らしいな、どうしても攻撃が大振りになる、まぁそのための舞いなんだろうが。
シカマはやりにくそうに矢をつがえると、ハルバートを躱した直後に至近距離で矢を放つ。
しかし緋結華は少しだけ体を反らすと、その矢を躱した体勢のまま強烈な突きを出してきた。
シカマは瞬時に後ろへ体重を逃がし威力を殺すも、体は大きく吹き飛ばされる。
緋結華は体勢を立て直すために、一瞬追撃を止めた。
「ダメだよそこで止めちゃ、せっかく間合いを維持してただろ?」
攻め急いだな緋結華、あそこで反撃するべきじゃなかったぞ。
シカマの言う通り、反撃するなら吹き飛ばすより上に飛ばすべきだった。
自ら詰めた間合いを自分で広げてどうする、相手と間合いを離すのは攻められている時だ。
まぁシカマもそれを狙って体勢を崩す場所に矢を射ったんだろうが、見事に成功したな。
「さぁ、オレも反撃させてもらうぜ!」
「くっ、マズいッス。」
シカマの矢が次々と緋結華目がけて飛んでいく、緋結華は後ろに下がりつつ迎撃していくしかない。
どんどん間合いが離れていく、緋結華は攻撃すら出来ない距離だ。
更にシカマは体育館の壁や手すりを足場に、高速で跳び始めた。
縦横無尽に跳び回りながら、目にも止まらぬ速さで矢を射っていく。
しかも少しだけタイミングをずらしながら、体勢を崩しやすい位置や、武器で弾いた直後など、戦略的な攻め方。
真正面から倒すには難しい戦い、恐らく緋結華は未だに経験したことのないタイプの相手だろう。
さぁ緋結華、ちゃんと攻略法を戦いながら考えられるかな?
「どうかな御奈坂さん、オレを倒す算段はついたか?」
「とりあえず一つだけ。」
「上出来だ、それが正解だと良いな。」
「てか少しは攻撃させてくれません?ずっと離れてるとか卑怯じゃないですか?」
「そう言わないでほしいね、一応オレも戦いづらいんだ。」
「それだけ強いのにまだ強くなりますか?」
「なに、元来弓兵とは広大なフィールドの中で如何にして標的に察知されず、一矢一殺の戦いをを心掛ける者だ。そもそも室内ってだけで戦いに向かないし、一撃で戦闘不能に出来ない矢では手数に制限がある以上、こういった一騎討ちには適さないってわけ。」
「ならやるべきは一つですね。」
緋結華の目付きが急に鋭くなり、少しずつ矢を捌く精度が増していく。
やがて完全に追い付くと、そのまま回転を始めた。
「小峰流斧槍術・揚羽の舞い!」
攻守一体の回転攻撃、あれを物体として長い矢で抜けるのはそう容易いことではない、例えるならば高速で回転するプロペラの隙間を通すに等しい。
だけどあの技、今のシカマなら抜ける隙があるんだが、恐らくアイツは気付いてないだろうな。
シカマは二・三本矢を射って弾かれるのを確認すると、予想の通り緋結華の足元に弓を床と水平にして矢を放った。
そう、如何に高速でプロペラでも、壁にぶつからないように僅かな隙間は作られる。
今回も同じ、緋結華の技も床すれすれには僅かな隙間があるんだ。
ただそれは小さすぎる隙間、通常攻められたりしない。
その慢心に、シカマの矢は容赦なく飛んでいく。
矢じりを潰しているから、矢は床に刺さらず床を滑って行く、だからこそ出来る攻撃方法。
壁を使った反射は出来ない、これは反射ではなく方向修正。
間髪入れずに放たれた矢は、回るために軽やかに動く軸足を見事に払った。
「あれ……?」
急にバランスを失い、ハルバートを回したまま緋結華が傾いだ。
重い武器を円運動で扱う以上、急には止まれない。
床に打ち付けられたハルバートはあらぬ方向へと滑っていき、緋結華は思い切り腰から倒れた。
「痛っ!」
漸く何が起きたのか理解し周りを見渡すと、矢をつがえた格好のシカマが傍に立って見下ろしていた。
小峰老人はやれやれといった風に首を振ると、シカマを手で示して叫ぶ。
「勝者、シカマ選手!」
シカマは遠くに転がっていたハルバートを取りにいき、緋結華に返しながら言う。
「ホカゾノとの戦いを見て弾切れを狙ったんだろうけど、オレはまさに揚羽の舞いを出す瞬間を待ってたんだよ。ヒロイですら正面突破しなかったから負けないと思ったんだろ?」
「はい、お陰でこの技の弱点にも気付けました、ありがとうございます。」
「あとは間合いの取り方をものにできれば大丈夫だ、あの無茶な体勢からの攻撃も凄いと思う、頑張れよ。」
「ありがとうございました!」
シカマも緋結華に可能性を感じたみたいだな、やはり逃した魚は大きいか。
歓声の中それぞれの席へと戻っていく、さて次はいよいよ……。
「さぁ次の試合はまたも同じ町内での戦いだー!木野塚町のホカゾノ選手対、同じく木野塚町のカズタカ選手!」
「よし兄さん、勝負だ!」
「ふん、初めて本気を出しても壊れない玩具が相手か、心が踊るな。」
「なにこの壊されるフラグ!?」
「通常同じ町同士が試合の場合白星の少ない方が棄権しますが、このチームは真剣で仲間と戦うようですね。」
「まぁそうじゃろうな、あやつらのレベルになると本気なんてそうそう出せないんじゃ、受け止められる相手がいないからの。」
「もはや人間の話をしているとは思えない内容となってきましたが、今はただ熱い戦いに集中したいと思います!では両者中央へ!」
俺たち二人は中央のラインへ歩いていき、お互いを正面に向かい合う。
互いに得物は刀。
ホカゾノは剛の剣、俺は技の剣。
事ここに到り、言葉は不要。
アイツのかつてないほど真剣な目を見れば判る、これこそ本来の目的だったと。
ここ一週間の鍛練の成果、存分にぶつけてこい。
「いざ尋常に………始め!」
開始直後、俺は身体を左へとずらす。
僅かに遅れて到達する、岩をも砕く剛剣。
更に跳ね上がる刃、顎を打ち抜く軌道。
半身だけ、最小限の動きで躱していく。――まだ足りない。
俺は躱す動きでホカゾノの足を払うと、技のために腰を落とす。
「我流・咆戦禍!」
宙に浮いて無防備な腹に、捻りを加えた掌打を叩き込む。
強烈なインパクト。
ホカゾノは勢いよく体育館の壁まで飛んでいき、壁に半分ほど埋没する。
流石に腹筋を瞬時に固められたが、あれは内臓まで届く衝撃、相当効いただろ。
後頭部から血を流しながら、ホカゾノが壁から抜け出してくる。
首を鳴らし、衰えぬ闘志でこちらを睨む。――そうだ、もっとだ。
「はぁっ!」
気合いの咆哮、全速力で突進してくる。
身構えた俺の手前で急停止すると、勢いをのせた斬撃が真横から振られた。
俺は切っ先に狙いを定め、肘と膝で挟みこむ。
流石にこいつの豪腕を中央で止めるのは難しい、ならば力が伝わりにくい切っ先を狙うだけだ。
そしてまだ終わらないな。
ホカゾノも止められたことに驚きもせず、次いで刀から手を離し回し蹴りを打ってくる。
いい動きだ、普通なら躱せない。
俺は受けた刀を支えたまま、角度を調節して腰を捻った。
回し蹴りの体勢に入っているホカゾノの顔面目がけ、刀を軽く撃ちだす。
咄嗟に身体を反らし回避するが、回し蹴りは僅かに胴から狙いが逸れた、これなら躱せる。
俺はしゃがみ、頭上を健脚が通り抜けていく。
「チッ!」
俺はあえて追撃をせず、ホカゾノは飛んでいった刀を取りに後ろへ下がった。
一瞬の静寂。
「我流・地奔り!」
勢いよく床に打ち付けられた斬撃が、衝撃破を伴って俺へと奔ってくる。
爆発は爆発で消すものだよな。
拳を握り、衝撃破がこちらに届く直前で床を殴った。
床が破砕し、衝撃破が相殺される。
木片が煙のように舞い、目の前が見えなくなった。
甘いな、もっと工夫しないと俺には通用しないぜ?
また最小限の動きで身体をずらす。
直後上から落ちてきたホカゾノが、元いた場所を斬りつけていた。
大丈夫だ、お前はタイミングをしくじったわけじゃない、余計な時間も刹那となかったはずだ。
だがどんなに速い弾丸も、飛んでくる場所が判っていれば躱せるだろ。
俺は無表情のまま、着地で動けないホカゾノの顔面を上へと殴り飛ばした。
「グハッ!」
「我流・至天掌!」
浮いたホカゾノを更に上へと飛ばす。
追撃は止めない。
「我流・流星脚!」
ホカゾノより速く上に跳ぶと、回転をかけた踵落としを叩き込む。
派手な音を立てて、床に激突する。
俺が隣に降りると、呻きながら立ち上がろうとするホカゾノがこちらを見上げてきた。
その目には、先程までの闘志はない。
僅かに混ざった絶望が、その瞳を濁らせている。
「圧倒的!あの凄まじい戦いを観せてくれたホカゾノ選手が、まるで赤子のように遊ばれています!あれが鬼神の真の実力なのかー!?」
「まさか、あれが本気なはずがないじゃろ。」
「お兄さん、まだ刀すら抜いてないし。」
「私、あんな人と戦ってたんだ……。」
「久しぶりかもな、ヒロイがあんな真剣なのは。」
「どうしたホカゾノ、そんなもんか?」
「くっ………。」
「テメェの真剣はそんなもんかって訊いてんだ?」
「まだ……まだだ!」
「その調子だ、せめて俺に刀を抜かせてみろ。」
「上…等!」
ホカゾノが気合いを込めた咆哮で立ち上がり、渾身の一刀を放ってくる。
―――これこそ戦いだ!
即座にバックステップ、しかし剣圧で吹き飛ばされた。
床を滑って止まる。
目の前に立つホカゾノは、先程までとは別人のように闘志に満ちている。
「今度こそ倒すぞ兄さん!」
「ならばその幻想を粉々に打ち砕いてやろう!」
「言ってろ鬼神!」
「現実を見せてやる武神!」
同時に飛び出す。
ここからが本当の戦いだ。




