1月22日 Day.13-3
「貴様の弟子、中々見所があるじゃないかのぉカズタカ。」
「弟子じゃねぇよジジイ、つか帰れ。」
「年上に対する礼儀をわきまえよ!何じゃその言葉は!」
「あんた以外の人には丁寧を心掛けてるよ、大体何の用だ?」
「貴様、その実力にしてアマチュアを気取るほど腐ったのか!」
「別にどの流派にも技は賜ってねぇし、大体我流な上に公式の経歴もなけりゃ十分アマチュアだボケ!遂にもうろくしたか?」
「だからと言って許されることではないだろうが!」
「そう言いつつも参戦してきたのは何処のクソジジイだ人外!シカマまで呼び寄せたのもお前だろ?結局テメェも楽しい要素目白押しだなくそったれ!」
「だって審判なんてつまらないじゃろ!挙げ句の果てには小粒以下の雑魚ばかりでは欠伸を我慢する方が難しいわい!」
「本性だだ洩れだ老人、言い訳まで始めやがってみっともない、枯れ木みたいに出しゃばらず転がってろ!」
「良いからワシと勝負せい!」
「テメェそれが一番の目的じゃねぇか!」
「あの日のことは鮮明に覚えとるぞカズタカ、ワシが初めて負けた日じゃからのぉ。」
「あんな昔のことをまだ覚えてるのか、執念深さだけは衰えねぇな!衰えるのは大人の人間としての振る舞い方ばかりか?」
「今すぐ殺してやるわい!真剣で殺るわ!」
「上等だ腐れジジイ、お気楽審判すら出来ねぇくらい叩きのめす、病室の予約しとけや!」
「あのさ兄さん………ちょっと良いかな?」
「何だ!」
「殺伐としたコントは楽しいんだけどさ、そろそろ紹介してくんない?」
振り返るとキヨシやカオリまで頷いている、ヒロトは興味なさげに食後の一杯。
俺は溜め息一つ吐くと、ジジイを指差して説明する。
「このジジイ……この人は椚町にある小峰剣術道場の師範代である小峰宗十郎さん、日本にいる数少ない武神の一人だ。」
「やっぱリアルな武神なんだ。」
「どうりでウチが反応すら出来ないわけだ。」
「意外とこの県って化け物多いんだね。」
「それを倒すヒロイさんって。」
「そうなんじゃよ、だからこやつを次期師範代の位に据えようと思ってるんじゃが中々首を縦に振らん、お主らも説得してくれんかの?」
「いや無理でしょ。」
「お兄さん人に教えるの下手だし。」
「こんな俺様な人に師範とか。」
「ヒロイさんは鬼神であって人じゃないから技も普通の人じゃ使えないしね。」
「貴様、散々言われとるの。」
「まぁ後でカオリ以外は塵になるから。」
「差別、さべ~つ!」
「喧しいぞユ○ィ!」
「あ、通じた。」
「間もなく午後1時となります、選手の皆様は速やかに指定の座席へとお戻り下さい。繰り返します……。」
「ほらジジイ、とっとと戻るぞ。」
「次は貴様の試合じゃったの、まぁ一度目からワシを当てるとは思わないが。」
「まぁ普通は実力を確かめてからだろうからな、暫くは戦わないだろ。」
「貴様ならちゃんと手加減するじゃろうが、あまり若い芽を摘み取るなよ?」
「あぁ、心得てるよ。」
「なら良い。では皆の衆、また後でな。」
「きちんと兄さん止めてくださいよ?」
「無論じゃ、止めるだけならば大丈夫じゃよ。」
「マジな武神が止めるだけとか言うお兄さんって………俺達よく今まで生き延びてるよな。」
「ウチらも武神だし、そりゃそうでしょ。」
「なんか現実の会話じゃないよね。」
「鬼神の旦那がいるのに何言ってんすか。」
ぞろぞろと体育館へと移動を始める、カオリとヒロトは客席へ。
午前の噂を聞き付けたのか、会場にはとてつもない数の観客が犇めいていた。
体育館に入れない人達は、急遽設置された大型スクリーンで屋外観戦らしい、用意が早いねホント。
因みに広まってる噂とは、「カンフーハッスルをノンフィクションで観れる!」ってものらしい、確かにあの映画と大差ないが、今どきあの映画を知ってる方が驚きだわ。
さて、前置きはこれくらいにして、そろそろ始めるかな。
「皆様お待たせ致しました!これより午後の部を始めさせて頂きます!まず最初のバトルは、並木町の御奈坂選手対、カフェ・フラトレスのマスターであり総大将のヒロイカズタカ選手だー!」
「カズ君も緋結華ちゃんも頑張れー!」
観客が一斉に歓声を上げる、悪くない気分だな。
これはある程度良い試合にしないと後々の評判にも影響が出そうだ、緋結華を殴るわけにもいかんし。
「あの娘ってよくウチのカフェに遊びに来るよな?」
「この前の高校生瞬殺事件の時も居たらしいぞ、何でも情報提供者だとか。」
「二回戦で最強たる片鱗を見せ付けたキヨシ選手は、カズタカ選手の弟になります!その戦闘力ははかり知れません!対して御奈坂選手は並木高校の学生、仲間内からも鬼神と恐れられる男を相手に一体どんな戦いを観せてくれるのか!小峰さんはどう思われますか?」
「勝ち負けは別として、彼女がどういった戦いをするのかが気になるところじゃ、当然秘策もあるじゃろうな。」
「やはりあの鬼神相手には秘策なしでの正面突破は不可能だと?」
「あの男は強い、ワシですらかつて一撃で沈められた男じゃ、この世界でもまともに戦えるのはごく僅かじゃろう。」
「小峰さんにそこまで言わせる男、世界最強とも言える戦いが見れるのか!では両者中央へ!」
「まさかお前が最初の相手だとはな、戦いづらい。」
「マスターが強いのは判ってるけど、全力で戦うよ!」
緋結華は重たいハルバートを大きく振り回すと、体勢を低く構えた。
あれは擦るだけでも重量だけでダメージを負うな、まぁ当たるとは思えないが用心しよう。
俺も紅い鞘から兼定を抜くと、上段斜めに構えた。
それを見た小峰老人は頷いて、声高らかに叫ぶ。
「いざ尋常に………始め!」
「小峰流斧槍術・揚羽の舞!」
肉体を弾き跳ばす重撃が、足元から顎へ跳ね上がってくる。
即座に上体を反らし躱す、破壊的な気配が目先1cmを通っていく。
ん、小峰流か。
緋結華はそのまま回転を始め、止まらずに連撃を加えてくる。
俺は良く目が回らないもんだと感心しつつ、躱しながらジジイに話し掛けた。
「意外な隠し玉だなジジイ。初めにこいつをここで見たときは何の冗談かと思ったが、なるほど中々に鍛えたみたいだな。」
「こやつは元々スケートリンクで活躍しておったようじゃからの、こういった攻撃も出来ると踏んだんじゃわい。」
「だからか、しかも相当に飲み込みも早そうだ。だからこの大会に出場させたな?」
「こやつの成長速度ならこの大会で確実に何かを吸収する、またとない機会じゃろ?」
「私が強くなる為に、マスターには負けてもらいますよ!」
「面白いな、ジジイに先を越されたというわけだ。では緋結華、鍛練に付き合ってやる、お前は全力で向かってこい!」
「いきますよ~!続いて飛燕の舞!」
緋結華の回転攻撃がより速く、より複雑に吹き荒れる。
軸をずらしても急角度でも追い付き、動きを先読みして退路を断ってくる、だからこの前俺の戦いを見たがったのか、行動パターンを確認するために。
まったく、本当に惜しい逸材を逃したな、やってくれるじゃないかジジイ、ちょっと羨ましいぞ。
攻防一体の攻撃、これじゃ迂闊に斬り込んだら痛い目を見る。
だけどこいつは………もう少しかな。
俺は躱すさいにわざと体勢を崩すと、片膝を付いて刀を構えた。
「おぉーっと!あの鬼神に片膝を付かせたー!あの少女は一体何者だー?」
「この隙を待ってたんですよ!小峰流斧槍術・大旋風!」
回転の勢いをそのままに、最も遠心力を使いやすい回転、横の振り回しを頭に向けて放ってきた。
踏み込みによる一点集中打撃、恐らくは緋結華の大技。
「駄目だな緋結華、まだ早いよ。」
俺はハルバートと床の僅かな隙間に転がり込み、通り抜けた瞬間裏拳を床に叩き込む。
三角跳びの要領で、もう一度元いた位置に戻る。
目の前には空振りした格好の緋結華が、驚愕に目を見開いてこちらを見ていた。
深く腰を落とし、飛び込む。
「我流・一閃。」
すれ違いざまの高速居合い。
だが驚いたのはここからだ。
踏み込みで動けない筈の緋結華が、蹴りによって俺の刀を防いだんだ。
確かに技までに一瞬ながら間はあった、多少の油断があったのは認めよう。
だがあの体勢から踏み込んだのと逆の足で即座に回し蹴りを放てる人間がどれだけいようか。
刹那の間にそれを考え付き、体勢が崩れるのを覚悟で蹴りを放つ、しかも正確に。
刀を鞘に戻し、床に倒れた緋結華を見下ろす。
結果として俺は勝てる、だがちょっと悔しい。
これほどの逸材を逃したことが、途方もなく惜しいのだ。
「いたた、やってしまった~。」
「………。」
「どうしたカズタカ、まだ試合は終わっとらんぞ?」
「くそ、すぐ行動に移さなかった俺の負けか。」
「ワシの目の方が幾分か良かったということじゃな。」
「年老いたジジイって訳じゃなかったってことか。」
「まだまだもうろくしとらんよ、はっはっは!」
俺は舌打ち一つして、緋結華に刀を向ける。
こいつも負けは判っているようで、その潔さも悔しさを大きくした。
小峰老人が手を上げて叫ぶ。
「勝者、ヒロイカズタカ!」
わっと歓声が会場の外からも湧いた。
俺の強さを褒めるものもあるが、殆どは緋結華の奮戦を讃えるものだ。
あぁ、戦いにも試合にも勝ったが、別のとこで二人には負けたな、やれやれ。
俺はちょこんと座り込む緋結華に手を差し伸べると、緋結華もそれに応じて掴み、立ち上がる。
俺は緋結華の頭を撫でながら苦笑した。
「しっかりこのジジイのとこで修行してみろ、お前は必ず強くなるぞ。」
「マジっすか!?頑張るよマスター!」
「だが気を付けろ、このジジイは最強だが、性格も最高にウザイ。」
「そうですか?結構優しいと思いますけど。」
俺はジジイを睨み付けると、ジジイは口笛を吹きながらそっぽを向いた、白々しいな。
手を差し出すと、緋結華もそれを握り返す。
そこで更に歓声が響き、後日この試合は最も良い戦いだったと称賛されることとなる。
「予想外の展開が起こりました!なんと、なんと高校生が彼の鬼神に対し十分すぎる戦いを観せてくれました!結果としては負けとなりますが、これは他の選手に大きな励みとなるでしょう!圧倒的実力差の中、勇敢にも立ち向かった少女に皆様今一度盛大な拍手をお贈り下さい!」
体育館が震えるほどの大歓声が、拍手と一緒に緋結華へと贈られた。
ハルバートを携えた緋結華は静かに頭を下げて、その拍手に手を振っている。
俺は兼定をしまうと、その歓声を背に席へと戻ろうとして、ジジイに止められた。
「貴様を越える戦士にワシが鍛えておく、それまで鍛練を怠らずに待つが良いぞ。」
「せいぜい期待しておこう。だが奴はまだ高校生だ、あまり根を詰めすぎるなよ?勉強や遊びだって大事な人生なんだからな。」
「心得ておるよ、まだ跡継ぎには早いからの。」
「チッ、まぁいい。」
「さぁ続いての戦いは、椿町の沢木選手対、並木町の滝沢選手の戦いです!両者中央へ!」
またも歓声が響き、会場はかつてない熱気に包まれつつある。
また両選手も緋結華の戦いに感化されたのか、初めの頃の闘志を取り戻していた。
「お疲れ兄さん、あの娘凄いね。」
「あぁ、稀代の才能と言えるな。まだまだ強くなるだろうよ。」
「お兄さんにそこまで言わせるとは……俺も手合わせの時は全力でいこう。」
「お前らも負けるなよ?」
「まだ流石に負けないさ。」
「本気を出したら一瞬だね。」
「違う、未来の話だ。」
「あぁ確かに、あの成長速度ならいつか追い付いてくるね。」
「鍛練して待ってなきゃな。」
そこで試合に決着がついたのか、大きな歓声が上がった。
「二人も熱い戦いを観せてくれました!惜しくも負けてしまった沢木選手には次の試合で活躍してほしいものです!さて次の試合に参りましょう!木野塚町のヒロイキヨシ選手対、同じく木野塚町のホカゾノ選手!武神同士の戦いです!一体どんな戦いが繰り広げられるのでしょう!それでは両者中央へ!」
「よっしゃー、ホカゾノ殺す!」
「今なら謝れば手加減してやんよ!」
「舐めんなよアホが!床を舐めさせてやんぜ!」
「上等!その言葉、後悔すんなよ?」
やる気満々の二人が中央へ歩いていく。
………体育館壊れないか心配だぜ。




