11月16日 Day.9
「ねぇヒロイさん。」
「ん~?」
「俺も兄さんって呼んでいい?」
「残念だがダメだ、そうなると馬鹿とヒロトの区別がつかなくなる。」
「確かに。」
「すまないな、別に嫌とかではないんだ。」
「それで兄さん……。」
「ダメって言ったじゃん!?」
「じゃあホカに兄さんの事を神様って呼ばせよう。」
「無理、三行でキレる。」
「ダメかー。」
それきりヒロトは壁に寄りかかって仕事をしなくなった、はぁ。
ふと視線を変えると、ホカゾノが新作のパフェを作ろうと試行錯誤していた。
ウチにあるパフェはチョコとバニラだけ、正直あまりにもメジャーだ。
という訳で、今度から季節毎のフルーツを入れたパフェを考えてもらっているのだが。
何やらメモを書きながら考えてるし、ちょっと覗いてみる。
栗。
ペースト状にしてアイスにしたら美味そうだ。
銀杏。
………どうやってパフェにするんだ?
紅葉。
いや、葉っぱは食えんだろう。
秋刀魚。
いや、秋刀魚て。
鈴虫。
食えよ?
たんぽぽ。
もはや秋ですらなくなった!?
すると馬鹿が下の棚から虫籠を取り出した、おいまさかよりにもよってそれチョイスか!
「馬鹿野郎、こんなとこで実験すんじゃねぇ!」
「え、なに兄さんどしたの!?」
「またいつもの冗談だと思って見てりゃ気持ち悪いもん出しやがって、常識的に考えろアホめ!」
「だから何が!?」
「新作パフェを鈴虫の標本にでもするつもりか!」
「いや、これ栗だけど。」
「………は?」
ホカゾノは虫籠の蓋を開けてひっくり返す。
すると中からは形のいい大きな栗がゴロゴロ出てきた。
………。
ホカゾノは自分が書いたメモを見て、ニヤニヤとうざったい顔になる。
「あれ~兄さん、まさかとは思うけどこのメモで焦っちゃった?」
「………。」
「流石のウチも自分が嫌いな虫を入れるわけないじゃんか、ぷぷっ。」
「いっそ入れろ、そして食え。」
「いやいや、ウチが作ろうとしてるのはたんぽぽ。」
「チョイスの酷さは変わらない!?」
「まぁたんぽぽは手に入らないけどね、別に美味しくもないし。」
「もう栗で良いじゃん!無難だし美味いよ!」
「それじゃ面白くないやん!」
「お前は食べ物にまで面白さを求めるんか!」
「バニラパフェたんぽぽ添え、良くね?」
「要らねえよたんぽぽ!添えただけで味は変わらないじゃん!」
「因みに二百円増しです。」
「クソ要らねーうえに金取るの!?」
「いやいや兄さん、この時期のたんぽぽは高いから。」
「だから栗で良いじゃん!なにお前たんぽぽになんの思い入れあんだよ!」
「青春の代表花……は桜。」
「挙げ句違うな!」
「まぁでも栗はちょっと…。」
「何だよ!栗にトラウマでも抱えてんのか?」
「や、面白さに欠ける。」
「いよいよ黙らねえとブッ殺すぞ!」
「ウチは普通に興味ありません!」
「大丈夫だよ!お前は十分に普通じゃねえよ、ド阿呆だよ!」
「ちょ、そんな褒めんといて、照れるやん。」
「褒めてねえ!」
「さ、そろそろ兄さんもツッコミ疲れたでしょ?諦めてたんぽぽを認めるんだ。」
「認めたらパフェ売れなくなるわ!」
「すみませ~ん、パフェくださ~い、バニラで~。」
言ったそばからお客がパフェを注文してくる、今の会話が聞こえなかったかド畜生。
ホカゾノは嬉々としてバニラパフェを作り、最後にそっと取り出したたんぽぽを添えた、てかもう買ってたんかい!
オーダーリストにはしっかり二百円追加されてる、ホントにやりやがった、あの客馬鹿か?
ホカゾノは得意げな笑みで俺を見ると、またもニヤニヤ笑いに変わる、毎度毎度ウザい。
「ほら兄さん、やはり秋の新作はたんぽぽで決まりだね!」
「判った、たんぽぽは認めてやる。だがせめて春にしよう、秋なんだから栗にしよう。」
「はぁ、仕方ないな兄さんは。やれやれ我が儘なんだから。」
「くぅぅぅ。」
マジムカつく、マジムカつく、マジムカつく!
この「勝った!」みたいな顔がムカつく、春までに細かく刻んで魚の餌にしてやろうか。
するとキヨシが元気よく扉を押し開けて入ってきた、扉壊したら壊すぞこの野郎。
「お兄さんごめん、店の看板壊したー!」
「はぁ!?」
「いゃあ、つい。」
「なにしやがってんだテメェ、馬鹿なのか?遂に脳ミソ沸いたか?」
「いやね、聞いてよお兄さん。ちゃんと事情があるんだからさ。」
「一応聞いてやる、何だ。」
「まず前提として、俺は槍が好きだ。」
「………あぁ、それで?」
「んで、さっき外を掃除してたら脆くなってたんだろうね、箒の先が折れた。もう判るでしょ!」
「つまり貴様は思わぬアクシデントで手に入った長い棒を持ってテンションが上がってしまい、思わず槍の練習を始め、振り回してる最中に勢い余って傍にあった看板を殴ってしまい壊れてしまったと?」
「流石はお兄さん、驚異的洞察力だぜ!まぁ丁度良かったと思ってるんだ。あの看板、結構ダサかったし、替え頃なんじゃん?」
「確かにそうだな、あれは酷かった。俺も買い替える口実を探していたんだ、偉いぞキヨシ。」
「やっぱお兄さんは話が判るや!」
ホカゾノは気配を感じ取ってそそくさと退散していく、因みにヒロトはいつの間にかタバコを吸いに行ったようだ。
お客さんも見慣れているからか、キヨシから少しでも距離を放すために椅子をずらし始めた。
「さてキヨシ、俺は何かお礼をしなければなるまいな?」
「おぉ、まさかお兄さんがそこまで評価してくれているとは。」
「そうだな、ではとても愉快な場所に連れていってやろう。俺も行き付けの場所でな、良く友人と楽しいお喋りをするんだ。」
「それは何やら楽しそうだね、してその場所は?」
「地獄に決まってんだろボケがぁ!ざけんなよテメェ、看板だってロハじゃねぇんだぞ阿呆が!」
俺は怒りに身を任せ、傭兵のスカウトでも来そうな速さで拳銃を抜くと、まさに鬼の形相で乱射した。
逃げ惑う愚弟、チャールズ=ホイットマンも裸足で逃げ出しそうな勢いだ。
今の俺ならわざわざ時計塔に登までもねえ、機関銃抱えてワーグナー流しながら、どこぞのスクランブル交差点で大暴れできるぜ。
客も引くくらいの笑みでキヨシを蹴り倒しひとしきり悲鳴の旋律を奏でると、俺は何事もなかったかのようにカウンターで洗い物を始める、やれやれまた無駄な出費がかさむ。
「おいホカゾノ。」
「はいっ!」
「季節の新作パフェはマロンで決まりだ、明日から出す、今日の内に買い物と仕込みを済ませておけ、八百屋のおじさんなら安値で取引してくれる。」
「了解しましたマスター!」
ホカゾノは元気よく返事をすると、逃げ出すように店を出ていった。
丁度そこにヒロトが戻ってきて、床に倒れて嗚咽を漏らすキヨシにぎょっとする。
「ヒロト、そろそろ仕事に戻れ、次は俺の休憩だ。」
「はい、判りました。」
「お前は偉いな、余計な手間をこさえない。」
フフフフフと笑いながら隣を抜けると、ヒロトは少し震えていた、何か怖いことがあったのかな、フフ。
俺はタバコを吸いに、店の裏に造った喫煙スペースに行く。
するとそこには事務を任せていたカオリがいて、まさにタバコを吸おうとしていた。
「おや、そちらも休憩かな?」
「キリが良かったから……って、凄い顔してるよカズ君、何かあったの?」
「流石にカオリは怯えないな。」
「そりゃ昔から見慣れてるから。どうせあいつらがまた何かやらかしたんでしょう?」
「まったく、カオリには恐れ入る。」
俺はあいつらの下らない話を聞かせ、カオリは溜め息を吐いた。
「はぁ、せっかく仕事が終わりそうだったのに。」
「今日は俺の部屋で飲むか?」
「カズ君から誘ってくれるなんて珍しいね、もちろん飲みたいよ。」
「了解、つまみも何か作るよ。」
一服を終えて、お互い閉店まで頑張る、たまには夫婦水入らずってのも良いだろう。
てか恐らく俺は働きすぎている、たまにくらいは罰も当たるまい。
………甘かったよなぁ。
「それではウチが音頭を取らせてもらいます!」
「おぉー!気の効いた音頭を頼むぜー!」
「良いから早く飲もう。」
「あはは、たまにはちゃんとやれよ~!」
「……………。」
「どしたの兄さん、元気なくね?」
「せっかくの飲みの席だ、テンション上げてこうぜお兄さん!」
「………お、美味いなこれ。」
「こらこらヒロト、もう飲んじゃったの?」
「………はぁ、もう好きにしろよ。」
「よし、マジお疲れ!」
俺は無気力にグラスを持つと、溜め息混じりに酒を煽った。
はぁ、今夜はまったりしたかったのに。
目の前ではテンション高い馬鹿共が、俺が用意したつまみを次々と貪ってる、あぁ俺のきゅうりキムチが。
内心落ち込んでいると、カオリがそっと俺の肩に頭を預けてきた。
「いつもお疲れ様です。」
「…その一言で満足だよ。」
「うわ~、イチャイチャが始まった。」
「いや良いんじゃないのか?夫婦なんだしさ。」
「ヒロト、これは黙って見ていてはいけないんだ!全身からひがみや嫉みを絞りだせ、それをお兄さんにぶつけろ!」
「ウチも嫁さん欲しい、ウチも嫁さん欲しい、ウチも嫁さん欲しい!」
俺はそっとカオリを抱き締めると、馬鹿二人に向かってニヤリと笑ってやった。
「ふふん、俺は幸せ者だぜ!」
「ウチのこの魅力に気が付かない世の中の女が悪いのさ、節穴だぜ。」
「俺のこの溢れんばかりの紳士っぷり、あまりに紳士すぎてみな遠慮しているのだろう、いゃあ俺って罪な男だわ~。」
いや、そんな考えに至れるお前らの頭の中が罪だよ間違いない。
ま、今日もうるせえ一日だったな。




