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10月15日 Day.7


昼のピークが終わり、今は夕方に入る少し前。

俺は客もまばらな店内を見渡しながら、洗い終えたグラス等を丁寧に拭いていた。

カオリは店の端に備え付けられた端末で事務作業中、三馬鹿トリオは目の前のカウンターで遅めの昼食を摂っている。

穏やかな昼下がり、外は天気も良く、休みなら皆でバーベキューでもしたくなる陽気だ。


「はぁ~、久しぶりに暖かいなぁ。そうは思わないかいお兄さん。」

「そうだな、最近は少しずつ寒くなってきてたし、秋が近づいてるな。」

「兄さん、珈琲お代わり。」

「自分で淹れろ馬鹿。」


カランカラン。


「いらっしゃいませ~………珍しい客だな。」

「え~?………マジカル!?」


ホカゾノが入り口を見て固まる、そりゃそうだよな。

そこに立っているのは、身長180は越える巨漢。

しかし顔は優しげで、どこか親近感を抱かせる青年。

現在はとあるプロ野球チームで活躍している。

彼は俺に挨拶すると、ホカゾノの隣に座った。


「久しぶりカズ。」

「あぁ久しぶり、テレビとかで活躍は見てる、案外元気そうだな。」

「ありがとう、頑張ってるよ。」

「今日は突然どうした?」

「休みが作れたからカズに会いに来たんだ、今練習してるとこから結構近いからさ。」

「ほぉ…ま、ゆっくりしていけ、珈琲で良いか?」

「いやいやいや兄さん、なに普通に会話しちゃってんの?まさか来るの知ってたの?」

「馬鹿かテメェは。今事情を聞いてただろうが。」

「にしても久しぶりだな。」

「ヒロトさんもお久しぶりです。」

「おいおい、俺を忘れるなよ!」

「あぁキヨシいたの?」

「最近扱い酷くない!?」

「まぁまぁ良いじゃねえか……でかくなったな、ハル。」


珈琲を我が弟に手渡す、ハルは苦笑しながら受け取る。

すると事務を終えたカオリがカウンターにやってきた。


「ハル君久しぶり~。」

「お久しぶりですカオリさん。」

「前に会った時よりもっと大きくなったね。」

「カズを越えましたから。」

「やれやれ、空気を読んで越える手前で止まれよな。」

「ぷぷっ、弟に抜かされる兄さん。」

「休憩中も俺に殴られたいとは随分と熱心なマゾだな、表へ出な!」

「あはは、相変わらずって感じだね。」


それからはこれまでのお互いの話をして盛り上がった。

俺たちが居なくなってからの話や、プロになるまでの話など。


「でもカズが居なくなってからはやっぱり寂しかったなぁ、家も広く感じたし。」

「親父たちは元気なのか?」

「元気だよ。リカコが独り立ちしてからは旅行とか行ったり楽しんでるみたい。」

「そうか、なら良かったよ。リカコは元気かなぁ。」

「あの性格だからね、まだ結婚の話も聞かないし。」

「なぁハル、プロなんだしウチに金くれよ!」

「えっ?」

「キヨシ、その馬鹿殺せ。」

「了解ボス!」

「ふふん、キヨシごときには殺されないぜ!兄さんなら話は別だかな!」

「よーし、兄さん張り切っちゃうぞー!」

「や、兄さん。フリじゃないから、張り切らなくて良いから。」


そんなやり取りを見て、ハルが思いっきり笑いだした。


「あははははは、やっぱカズ達は楽しそうだ。俺もこっちに来れば良かったよ。」

「止めとけ、疲れるだけだぞ。」

「そうだね、俺は野球を頑張らないと。」

「今日はいつまでいれるんだ?」

「ん~……夜には戻るよ、明日も早いから。」

「そうか。なら夕飯くらい食べていけ、時間が大丈夫ならな。」

「うん、それくらいなら大丈夫。ご馳走になるよ。」

「一食五千円になります。」

「えぇっ!?」

「ヒロト、やってしまえ。」

「オッケー。ヒロイさん、刀借ります。」

「武装反対!」

「キヨシ、ホカを押さえといて!」

「任せろヒロト!」

「普通に刀がある店ってここだけだろうね。」

「ハル君、珈琲お代わりいる?」

「あ、いただきます。すみませんカオリさん。」

「良いよ、気にしないで。」

「あのう、失礼ですがプロ野球選手のヒロイさんですか?」

「え?あぁ、そうですよ。」

「ボク大ファンなんです!サイン下さい!」

「ありがとう、もちろん良いよ。カズ、何か紙とかあるかな?」

「流石に色紙はないけど、それで良いかな?」

「あ、はい!マスターありがとう!」


少年はサインを受け取ると、お喋りに花を咲かせる母親の席に戻っていった。


「やっぱプロ野球選手ってのは人気者だなぁ。」

「いやいや、他の選手はもっと凄いから。」

「なぁなぁハル君よ~、ウチに金くれよ!」

「もう良いぞハル、そいつ摘み出せ。」

「ほぉ、やるのかハル君よ。ウチに勝てるかな?」

「ホカゾノさん、俺は強くなったんですよ!」

「はいレディ……ファイ!」


馬鹿はハルに突進すると、ハルは腰を落として猪馬鹿を受けとめた。

叫び声を上げて押し出そうとするが、ハルはニヤリと笑ってホカゾノを持ち上げる。

こりゃ負けたな馬鹿。

そのまま外に運ばれてく、哀れ。

すると外で驚いたような声が聞こえて、何故か笑顔になった二人が戻ってきた、誰か後ろにいるな。

ハルの後ろに隠れているのは女性みたいだ、細い足が見え隠れしている。


「兄さん兄さん、今日はマジで珍しい日だな。」

「確かに。俺とこいつが一緒の日に来るなんてね。」

「なんだ二人して気持ちが悪いな、誰が来たって?」

「私のことを忘れちゃったのカズ兄ちゃん?」


は?

まさかとは思うが…。


「久しぶりカズ兄ちゃん、元気だった?」

「ホントに……まさか姫まで来るとはね、今日は何の日だよ。久しぶりだなリカ、お前も真面目になったのか?」

「それなりに、流石に仕事じゃサボったりしないよ。私生活は相変わらずだけど。」

「まぁお前のその女っ気のない格好を見ればなんとなくは想像つく、どうせ休みの日は読書ばかりだろう?」

「何だよもう、久しぶりに会った途端にお説教?」

「違うっつうの。ま、とにかく久しぶりだ、ゆっくりしてけ。」

「いゃあリカコがこんなになってるとは……俺と付き合わないか?」

「黙れ愚弟、余裕のない無様を晒すな。」

「ならウチと。」

「ひっぱたいて良いぞ姫。」

「ハル君よろしく!」

「何で俺が!?」

「てか背高くなったな二人とも、俺はあんまりヒロイさんちに行ってないから余計にそう思う。」

「リカちゃ~ん、綺麗になったね~!」

「カオリちゃん、久しぶり~!」


和気あいあいといった風だな、まったく面白い一日だよ。

カウンターには俺の身内だけしか並んでない、てか三馬鹿トリオ、お前らの休憩は終わりの筈だが何でまた煙草に火点けてんだ?

仕方ないな、今日は早めに閉店するか、あんまりお客さんも来ないみたいだし。

ハルにサインを求めた家族も居なくなり、それから暫く客が来ないのを見計らって閉店にした。

閉店作業中もずっと昔話に花が咲いていた、懐かしい話ばかりだ。

ホカゾノがしょっちゅうウチに泊まっていることに慣れたこととか、皆でモンハンやったこと、リカコの遊びはあまりにつまらなそうで付き合わなかったこと。

昔を懐かしむのは歳をとった証拠と言うが、そりゃみんな歳をとったさ。

あんなに生意気だったリカコは今じゃ立派に社会人だし、ハルにいたってはプロ野球選手だ。

俺たちも頑張ってこうして働いている、日々は変わってく。


……でも変わらないものもあるな。


目の前に広がる光景を見れば嫌でもそう思える、誰もが昔のままにこうして集まってる。

大切にしていきたいな。


「ならウチらへの暴力を減らしてください!」

「……ナチュラルに人の心を読むんじゃねえボケ!」

「な~に浸っちゃってんのお兄さ~ん?」

「うるせえぞボンクラ!その口、二度と開けないように縫い付けてやろうか!」

「一番変わってないのってカズくんだよね。」

「俺もそう思います、アルバイト時代の光景と何も変わらないし。」

「カズは相変わらず暴虐の武神だな。」

「私も交ざろうかな。」

『止めとけ死ぬぞ!』


結局ばか騒ぎは夕飯まで続いて、随分と賑やかな1日は終わろうとしていた。

二人を見送りに隣町の駅前まで行く。

ハルの背中をばしんばしん叩く馬鹿二人と、リカコと抱き合ってるカオリ。

俺はヒロトと二人、それを眺めて苦笑する。

二人は切符を購入し、改札を抜ける。


「また来るよカズ!」

「おう、気を付けてな。」

「また来いよこの野郎!それまでにお前を倒せるくらい強くなるからな!」

「俺はもっと強くなってますよ!」

「次はお土産持ってこいよ~!」

「考えとくよ。」

「バイバイみんな~!」

「またね~リカちゃ~ん!」

「カオリちゃ~ん、カズ兄ちゃんと仲良くね~!」

「少しはだらしない生活直せよリカ!」

「余計なお世話だ~!カズ兄ちゃんバイバーイ!」


二人が手を振りながらホームに降りていくのを、俺たちは見えなくなるまで見送った。

ちょっぴり寂しい気持ちになりながら、俺たちは俺たちの店に帰る。

また明日から頑張ろうか、あいつらがまた来られるように。


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