10月3日 Day.6-1
長閑な朝の陽射しを浴びながら、俺は店のドアを開けた。
ふわりと漂ってくる珈琲の匂い。
誰よりも早く来る俺だけの特権だ。
店内に入ると、まずは窓を開けていく。
爽やかな風が入り込んできて、篭った空気を押し出してくれる。
換気を終えると、次は調度品の掃除。
朝と夜、毎日欠かさず綺麗にする。
テーブルを濡れた布巾で拭き、椅子の位置を整える、見た目から綺麗にしておきたいからな。
客席が終われば、そのままカウンターの内側へ。
前日に片付けた調理器具を並べなおして、倉庫から豆や葉を取ってくる。
湯を沸かしながら各機材のチェック、急に点かなかったら困るからね。
沸いた湯を使って最初の珈琲を淹れる、うん、今日もいい感じだ。
開店準備も済んだところで、俺は淹れ立ての珈琲を飲みながら一服する。
紫煙がゆらゆらと漂う様を見ながら、俺は後から出勤してくる仲間を待つ。
起業して、この店を共にオープンさせた大切な仲間…なのだが。
「チッ、また寝坊してやがるなあいつらは。」
流石にそろそろ起きてもいい時間帯だ、そもそも9時から来ている俺でさえ割とゆっくりした時間配分だろう。
と、そう思った矢先。
ドアに付けられたベルを鳴らしながら、4人の待ち人が入って来た。
眠たそうな顔が三つ、呆れ顔が一つ。
まったく、あれほど夜更かしはするなと言っておいたはずなんだがな。
「おいド阿呆ども、とっとと起きねえと今日のランチメニューに加えんぞコラ。」
「……どうして朝はまたやってきてしまうん?」
寝惚け面かました弟に渾身の回し蹴りをお見舞いする。
その勢いでテーブルの角に頭をぶつけると、声にならない呻きを上げてのた打ち回った、流石にこれで目覚めただろう。
暫くそれを眺めていると、突如起き上がり、天井に向かって唸り始めた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
「まさか…暴走!?」
そのままの勢いで更衣室へと走っていく、チィ、馬鹿を一人取り逃した。
そして振り返る。
すでに一人は目覚めの一服を始めている、あぁ、俺の珈琲まで…。
残った一人、図体だけ無駄にデカイ馬鹿はいまだ夢の中に居るようで、ふわふわとおぼつかない足元のまま更衣室に向かって歩き出す。
ふむ。
俺は迷わず、手にしていた煙草をその阿呆に押し当てた。
一瞬の空白。
「って熱い!?ちょ、酷っ!兄さん、いくらなんでも酷くない??」
「おぉ目覚めたか木偶の坊、とりあえずその薄汚い面に熱湯ぶっ掛けてしゃきっとしなさい。」
「火傷だよねぇ!?確実にそれ火傷確定だよね!」
「ぎゃあぎゃあと朝っぱらから五月蝿い奴だな、だったらしっかりと睡眠とって働きにきやがれ。」
ぶつぶつと文句を言いながらカウンターで火傷を冷やし始める。
それを一瞥し、唯一しっかりと起きているらしい一人に話しかけた。
「すまないなカオリ、馬鹿が三人も居ると起こすのに手間取ったろ?」
「もう慣れたし、最近は物理的手段で叩き起こすから。」
「それは頼もしいことだ。じゃあカオリはレジのチェックを頼む、俺は店の前を掃除してくるから。」
慣れた手つきで香織はレジへと向かい、俺は掃除用具入れから箒を取り出し店の外へ。
通勤や通学のラッシュを終えた商店街は、とても静かで寂れた雰囲気がある。
まぁ何処の店もシャッターを閉めていれば当然なのだが、皆中で開店準備をしているのだから仕方がない。
俺は細かい砂埃を箒で掃き取り、舞い上がらないように水を撒き始める。
すると幾つかの店舗もシャッターを開け始め、少しずつ活気が満ちてきた。
もう30分もすれば朝市を目指した逞しい主婦の方々が、家の諸事を終え、買い物袋を携えて闊歩し始めることだろう。
何人か商店街の人々が挨拶をしてくれたり、今日も頑張ろうと応援してくれたりする。
うん、この雰囲気が俺はとても好きだ、夢見ていた景色そのものと言えるね。
俺は掃除を済ませ、お隣の店舗のご主人に挨拶を終えると、晴れやかな気分で店内に戻った。
まぁそこで気分は一変するが。
まず、先ほど俺の珈琲を奪い取って一服をしていた男、ヒロトがテーブルに突っ伏して寝ている。
次は俺に煙草を押し当てられたアホ、ホカゾノがウザってぇテンションで珈琲を淹れる練習をしている。
……まぁこれは別に間違っていない、単に鬱陶しいだけだ。
そして更衣室に暴走しながら走っていった弟、キヨシが珈琲を待ち望む客のようにカウンターで煙草を吸っている。
カオリは既にレジの起動を済ませ、更衣室に向かったようだ。
俺はベストの内側に忍ばせていたガスガンを取り出すと、その三人に容赦のないマガジン掃射を決めた。
むくりと起き上がるヒロト、大丈夫、ヒロトは起きれば働いてくれる、単に低血圧な所為で朝が驚異的に弱いだけだ。
次に弟くんへと狙いを定める、既に逃げ始めている辺りは慣れている。
「まぁ逃げるなよ弟くん、逃げたって結局は同じなんだぜ?」
「いやだって仕事はもう済んだし、珈琲くらいは良いでしょ!?」
「その仕事とはいったい何だ?」
「あ……着替えるでしょ、店を見て回るでしょ、今日も兄さんはきちんと仕事をしているなって感心するでしょ……俺は今日も頑張ろう!」
「そうかそうか、そんなに閻魔様と珈琲を飲みたいか。」
迷わずに撃ち続ける、悲鳴が木霊する。
ガシャッ!
チッ、弾が切れた。
俺は新しいマガジンをリロードすると、既に見える範囲から消えているド阿呆を探しに出かける。
弾薬を薬室に装填し、猫なで声で声を掛ける。
「トシユキく~ん、馬鹿だから拷問DEATH!」
「何で!?てかウチは特に悪いことしてないじゃん!」
「おやおや~?そっちから声がしたなぁ。」
俺は最高にハッピーな笑顔で靴音を響かせながら、ゆっくりと裏手の倉庫へと足を向ける。
中で恐怖に慄く馬鹿の顔を想像すると、今日も一日頑張ろうって気分になるね、ゾクゾクシチャウ。
扉をゆっくりと開けると、中にはこちらに引きつった笑みを向けるカスが一匹。
「さぁ、楽しい殺戮ショーと洒落こもうか。」
「いやいやいや!だから何故ウチに撃つの!?」
「う~ん………ただの気分かな、一日の始めに精神のハリを取り戻さないとさ。」
「めっちゃとばっちり!?」
「まぁそういうことだから、おとなしく死んでくれや。」
何か言おうとするのすら遮るように、俺は幸せいっぱいな笑い声と共に銃口を馬鹿へと向けた。
こうして俺たちの店、フラトレスは開店する。




