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9月25日 Day.5-5


「おはよう兄さん、今日もいい天気だよ~。」

「何だ?朝っぱらから凄絶な笑顔で気持ち悪い挨拶しやがって、呪いの儀式でもするつもりか?」

「酷い、普通に起こしただけなのに。」

「退け馬鹿野郎、貴様ではお兄さんに至高の目覚めを提供することは出来ぬ。」

「ならばやってみせよ!兄さんに笑顔を取り戻せ!」

「任せろ!………べ、別にお兄さんを起こしに来たんじゃないんだからね!」

「うわぁ、ウゼェ。」

「辛辣な台詞をなんて爽やかな笑顔で!?」

「見ろ!お兄さんのこの笑顔を!」

「お前はこれで良いのか!?」

「構わぬ!我、願い成就せり!」

「うるせえぞクズ共!とっとと消え失せろ!」


布団ごしに二人を蹴り飛ばし起床、時計を見るとまだ6時、珍しく早起きだなこいつら。

軽く体を動かしてほぐす、いつでも万全な状態じゃないと一撃で奴を気絶させられない。

カオリが着替えるからと部屋から追い出し、奴らの部屋に入る。

布団はぐちゃぐちゃ、茶菓子のゴミはテーブルに散らばっていて、荷物も片付いてない。


「10時にはチェックアウトなんだからな、それまでに荷物を纏めておけよ。温泉に入るのは自由だが、まずは部屋を出ないといけないんだ。」

「ほらホカ、早くしろよ。」

「お前もな!」

「布団とかもカバーとか外して分けておけよ、マナーだからな。」

「ほらホカ、早くやれよ。」

「だからお前もな!」

「ヒロト様のご命令に逆らうのか貴様!」

「キヨシ~?ウチも暴力を振るうんだぞ?」

「テメェらはいちいちボケないと死ぬ生き物なんか?」

『そうさ!』

「朝から疲れる。」

「そんなんじゃ家に着くまで保たないぞ兄さん。」

「うるさいよ!いいからさっさと片付けろ!」

「ほらホカ、ヒロイさんの言う通りだぞ。」

「お前もだよって、あれ?いつの間にか終わってる!?」

「ホカゾノ遅いぞ!お兄さんが降臨されたし瞬間より片付け及び隠蔽工作するくらいの気概を見せよ!」

「弟くん、隠蔽工作って何の事かなぁ?」

「後にして下さいお兄さん!今こいつに大事な話をしてるんです!」

「勢いで頷くと思ったか馬鹿めが、何を隠した!」

「何も隠してないッス、俺は潔癖ッス。」

「隠しても仕方なくない?すいませんヒロイさん、そこの二人がヒロイさんの刀を二本、初日の夜に酔った勢いでチャンバラやって折りました。」

『ヒロトー!?』

「ほぉ、そりゃ面白い話だな。」

「違うんだよ兄さん、話を聞いて!」

「お兄さん聞いて下さい、悪いのはこいつです!」

「あ、テメェ!お前だって兄さんの刀を持ってきただろ!」

「最初に折ったのはお前だろ!」

「そのあとですぐにキヨシも折ったじゃん!」


………凄くウザイ、筆舌に尽くしがたいくらいウザイ。


判るだろうか、この幼稚園に通う児童の如く下らない責任転嫁。

いや、彼らも薄々気付いているんだろう。

どうせ二人とも俺に殺されることくらい、いつものことだしな。

でも出来る限りの言い訳をしないとねぇ、もしかしたら片方は生き残れるかもだなんて、夢魔だって拒否るくらい甘い夢を見てるんだ。

ならさ、俺の役目ってこれしかないよね。


夢から覚めてもらいましょう。


断末魔さえ叫べないくらい、瞬殺しました。

ヒロトが無意識に一歩たじろぐような光景だね、だって俺が無言だもの。

無表情で無言、それでも濃密な殺意と絶え間なく殴り続ける光景は、きっとどうしようもなく不気味だ。




所変わってフロント前10時。

すっかり別人の顔になった二人は近くのソファーで落ち込んでいる、誰も慰めない。

俺は部屋の鍵を返し、もう一度風呂に入りたい旨を伝えると、快く承諾してくれた。

荷物はフロントに預け、風呂セットを持って露天風呂に向かう。

あぁ、明日からまた仕事か。

そう思うと、少しだけ寂しくなる。

なら風呂はゆっくり浸かって、一辺も残さず疲れを落としていこう。


「ダイナミックストロークエントリー!」

「アスカー!」

「………。」

「盗んだバイクで走りだす~♪」

「家の風呂じゃ潜れないから、ここで潜るの。」

「アスカチャンス!」


あぁそうか、この疲れは無くならないんだ。

だって常にこうして蓄積するんだもの、終わりが見えないわ。

旅の恥は書き捨てって言うけれど、この馬鹿共はホントに……ホントに。

ヒロトまで楽しそうに歌ってる、相変わらずいい声だけど、ここでは歌うな!

そして毎回のようによくもまぁ下らないボケを思いつくね君ら、ちょっと尊敬するよクソ馬鹿。

もうあれだ、ここにいちゃダメだ。

俺は体を綺麗にしてから、そっと移動して露天風呂へ。

ガラス越しに中で騒ぐ三人を放置して、俺は現実逃避気味に空を見上げた。


……あ、飛行機雲。


「兄さん、なに黄昏てるのさ。」

「空が蒼いなぁ。」

「おやおや、お兄さんはアンニュイですか?」

「お前らが騒ぐからだろ。」


ヒロトくん、君もです。


「そんな時は歌だよお兄さん。」

「さぁ、翼をくださいいってみよー!」

「今~、私の~♪」


歌いだした、俺の安息は消えた。

でも懐かしいな、中学の頃に歌ったな。

でもこの曲で。


「この広い~♪この広い~♪」


歌いながら三人が俺を見てくる、そうそうこんな感じでよく見られてて、見た奴ら潰してたなぁ。


「いゃああああ!」

「ホカゾノ逃げてー!」

「ヒロイさんが魔王の顔をしてる。」

「ふはははははは!滅び去れ、愚鈍下劣なるゴミ共め!」


もう決めた、かったりぃから殺す。

みんな壊れちゃえば良いんだ!


「ヤバいよキヨシ、兄さんが覚醒した!」

「全てはゼーレのシナリオ通りに。」

「ヒロト黙れ。」

「ウォォォォォ!」

「これが……初号機。」

「いやいや壊れた兄さんだから!」

「誰か~、ロンギヌス持ってきて~!」

「ボクはカヲル、渚カヲル。でもロンギヌスは置いてきた。」

「マジ帰れ!」

「八つ裂きパーティー!」

「パトラッシュ、もう疲れたよ。」

「休んじゃえ。」

「ヒロトー、キヨシを第一の犠牲者にするつもりか!」

「その声は…ゴミ!」

「覚醒しても尚その認識!?」

「こうなってはもう、誰にも止められないんじゃ。」

「ふざける余裕があるなら止める方法考えろ!」

「お前!いきなりナウシカかよ!って突っ込めよ!」

「判るか!」

「えぇー、一般常識だよ。」

「やってる場合か。」

「考えたんだが、もう誰かが犠牲にならないと止まらないのでは?」

「珍しく真面目に考えてるのねヒロトさん、わたくしもそう思いますわ。」

「おほほほほほほ。」

「壊れちゃった!?」

「じゃあ俺達先に上がるわ。」

「敵前逃亡だと!?」

「馬鹿め、あれが敵だと?あれは魔王、勇者じゃない俺達じゃ勝てない。君にしか出来ない、やれるわね?」

「無理だから、塵にされるから!」

「エクスカリバー!」

「魔王なんてもの取り出すの!?」


甘美な悲鳴が聞こえて、俺は漸く目の前の惨劇に目を向けた。

風呂のお湯は大分減り、その中心には体育座りで泣きべそをかいている馬鹿。

ヒロトと弟くんは既に退避したらしく、風呂場に残るのは怯えて端っこに蹲る一般客の方々。

うぅん、俺は何かやらかしたらしい、何故か家に置いてきた筈のエクスカリバーを握ってるし。

とりあえずお客さんに謝罪、物凄く怯えていて中々話が通じなかったけど、ちょっと肩に手を置いたら必死に謝ってきた、とても優しい方だ。

さて、そろそろ帰り支度をしなきゃな。


「いやいや兄さん、ナチュラルスルーはダメ、絶対。」

「チッ、独りになりたいかと気を遣ってやったんだがな。」

「なら舌打ちとかしないで~。てかこれだけの惨劇を起こしといてなに現実逃避してんの?」

「嘘だ!」

「ひぐらし出ちゃうくらい混乱してるんだね、判るよその気持ち。ウチもよく兄さん怒らせると後悔するし。反省はしないけど。」

「うわぁぁぁぁ!」

「何で剣を抜いた!?ちょ、落ち着いて兄さん!」

「もうこの宿ごと消し去ってやるー、犯罪に満ちたこの想い出と共にー!」

「犯罪って判ってるなら止めてー!」


………。

もう後の事は覚えていない、気が付いたら家のリビングに居たのだ。

なんでもあの後、俺は唐突に意識を落としたらしい、自分の精神を守る自衛行動だったのだろう。

ホカゾノはひとまず完全にキマッてしまったお客さん達を宥め、逃げた二人を呼び戻し撤収したとのこと。

カオリは帰り方を覚えていて、ホカゾノはぐったりした俺を抱え、ヒロトとキヨシは俺達の荷物を持ったらしい。

目を覚ましてから言った一言。


「や、ご苦労。」


殴られた、ヒロトさえ金属バット持ち出したくらいだし。

袋叩きってあぁいうのなのか、いゃあ死ぬよあれは。

罰として1週間のパシリを任命された、そりゃもう馬車馬の方がまだ楽してると思うね。

だが1週間経ってみて気が付いたんだ。


原因って俺じゃなくね?


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