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遠く離れて

 恵美は気がついたら自室のベッドの上に座っていた。手にはオーブを握っているはずだったが、そこにあったのはただの丸い石だった。


 それからは色々なことが次々に起こったが、恵美は無事に高校生活に戻ることができた。春休みになると、恵美はタマキから渡された住所を思い切って訪ねてみることにした。


 まずは葉子の住所。そこは小奇麗な一軒家で、なんとなく葉子のイメージとマッチしていた。恵美がチャイムを鳴らして葉子のことを口に出すと、手紙でやりとりをしていたので、すぐに初老の上品な感じの女性、葉子の母親が現れた。


 そして、恵美は家に上がって自分が出会った葉子のことを話し始める。葉子の母親は話が進むと、恵美の語っていることは自分の娘に間違いないと確信し、真剣さを増していく。話ははずみ、いつの間にか時間は夕方になっていた。


「とっても楽しかったわ。今日はうちの人もいなかったし、また機会があったら葉子の話を聞かせてね」

「はい。今日は突然押しかけたのに、話を聞いていただいてありがとうございました」


 それから三日後、葉子はタマキの住所を訪ねていた。その家は古ぼけた平屋で、チャイムを鳴らすと、恵美が見たところ三十歳くらいの女性が顔を出した。


「初めまして、手紙でご挨拶させていただいていた塩畑恵美です」

「ああ、あたしは高崎佐織。わざわざ来てくれたんだ。ま、上がって」


 恵美は居間に案内され、座布団に腰を下ろした。佐織はお茶を入れてきて、それを置いてから自分も座る。


「それで、あいつのことを詳しく話してくれるみたいだけど」

「はい。簡単に言うと、タマキさんはこことは違う世界に勇者として召喚されて、すごい大活躍をしたんです」

「勇者ねえ」佐織は楽しそうににやりと笑う。「まあ、あいつならそういうのありそうだね。性格的に」

「あの、タマキさんはどんな風だったんですか?」

「まあ、何かあると呼ばれもしてないのに首を突っ込んで、色々かき回すんだけど、なぜか問題が解決しちゃうようなね。我が弟ながら、そんな感じの面倒くさい奴」

「なんか、すごいイメージ通りな感じですね」

「わかる? まあ会ってるならわかるか。で、今はどうしてるかわかるの?」

「私をここに送ってから、また違う世界に行ってしまったんです」

「ふーん。それは一人で?」

「いいえ、カレンさんていう人と一緒です」

「名前からすると、女か。そうかそうか、あいつもやるじゃないか。どんな人なのかな?」

「私が向こうで一番お世話になった人です。いつも落ち着いていて、とても強くて優しい人でした」

「なるほどねえ。年上?」

「はい、そうですけど」


 そこで佐織は腕を組んで力強くうなずいた。


「わかってるな。年上がいいんだよ年上が」


 恵美はなんとなくそれには曖昧な笑顔で応えた。


「まあ、元気でやってるのがわかってよかったよ。どうせ高校卒業したらどっかに消えちゃいそうな奴だったし」


 そう言うと佐織は天井を見上げた。恵美はお茶を飲んで、二人の間には沈黙が流れる。しばらくして、恵美はおもむろに立ち上がった。


「それじゃあ、私はそろそろ帰ります」

「ああ、そういうことなら駅まで送っていくよ」


 二人は家を出ると、並んでゆっくりと歩いていく。しばらくは黙っていたが、恵美が口を開いた。


「あの、タマキさんに帰ってきて欲しいと思いますか?」

「帰ってきたいと思えば、勝手に帰ってくるんじゃないの。あいつだってもう一人前なんだろうし、私から言うことは何もないね」

「それなら、いつかまた会えるかもしれませんね」

「そんなことがあったら、楽しいだろうね」


 そうしているうちに駅に到着し、恵美は改札の前で佐織に礼をした。


「今日はお話を聞かせていただいてありがとうございました」

「こちらこそ。何があったのかわかってすっきりしたよ。ありがとう」



 そして春休みも終わり、恵美はまた日常に戻っていった。平和な日々だったが、そんな中でもあの世界での出来事が頭の片隅から離れることはなかった。


 しかし、目の前のことを片付けていくうちに、それはただの思い出になっていった。だが、それまでとは違い、ヨウコの家族とはあれから二回ほどだったが、佐織とは継続的に会っていた。


 今では恵美はあの世界に行って様々な人に会えたことをよかったことだと考えていた。周囲も、以前のよりもずっとしっかりとして落ち着いた雰囲気を持つようになった恵美の変化を好ましいものと感じていた。


 それでも時々、あの世界のことに思いをはせることがあった。今ではもう手の届かない、はるか遠くの世界に。

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