噂の掘り下げ
翌日の夕方、宿で待っているタマキのところにロドックの使いが来た。
「タマキ様ですね。私はロドックさんからの使いの者ですが」
「ああ、待ってたよ」
二人で宿の外に出てみると、そこには地味だがしっかりとした感じの馬車があった。
「どうぞ」
使いの男はタマキを先に馬車に乗せてから、御者に声をかけて自分も乗り込んだ。馬車が出発してしばらく経ってから、男はタマキに話しかけた。
「最近ロドックさんは様子がおかしかったんですけど、今朝からいつもの調子に戻ったんです。あなたが関係しているんでしょうか?」
「いつもの調子っていうことは、うまくいったんだな、そりゃよかった。ところで、これは店に向かってるのか?」
「いえ、自宅のほうです」
「自宅ね。それはアッパータウンのほうかい」
「そうです。ロドックさんはこの町でも有数の商人ですからね」
「高級な家にも住めるわけだ。でもあんまり成金趣味な感じはしないな」
「いつも商売のことばかり考えている人ですから、そういうことには興味がないんですよ。アッパータウンに住むのも裕福な顧客との取引のためです」
「ふうん。面白いな」
そうやって話しているうちに、馬車は目的地に到着した。
「到着しました」
「ああ、ありがとう」
タマキは馬車から降りると、けっこうな豪邸の前に立った。
「なかなかたいしたもんだな」
「しばらくお待ちください」
使いの男はそう言って家の中に入っていった。しばらくして、ロドックが自らタマキを迎えに出てきた。
「よく来てくれた! さあ、入ってくれ」
ロドックは満面の笑顔でタマキを家に迎え入れ、自室まで連れて行った。二人は向かい合わせになったソファーに腰かけた。
「まず礼を言わせてもらいたい。君のおかげで狼になっても自分の意思で行動できたから、町をうろついたりしなくて済んだ」
「それはよかった。で、俺の話はどうかな」
「それなら早速動いている。いくつか噂を仕入れたが」
「聞かせてくれ」
「まず、最近は兵士達が城に集められたり、どこかに派遣されたりしているらしい。だからこの町ですら警備が手薄になっている」
「でも首都だろう。ここが手薄になるほど兵士をどこかに派遣するなんて、ちょっとありえなくないか」
「そうなんだ、王宮で何かがあったとしか思えない。口さがない連中は女王様が乱心したなどと言うが」
「女王様ご乱心ね。でもそれなら、もっと何か大事になっててもよさそうだけど、もしかしたら、何かが起こり始めていて、それに対応するために必死になってるのかもな」
タマキの言葉にロドックは首をかしげた。
「その様子だと、何か知っているのか?」
「いーや、知ってたらわざわざあんたに聞いたりしないだろ」
「では、なぜただの旅人である君がこんなことに興味を持つ?」
「俺の同郷の人間がこの王国で厄介なことに巻き込まれてる、んじゃないかと思ってね」
ロドックはそれを聞いて一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐにそれは引っ込めた。
「それだけのためにここに来たのか?」
「そうだ。まあ俺の出身は特別だから、いるだけで大変な事なんだよ」
「それは、もしかして」
何か思い当たることがあったようで、ロドックはタマキの顔をじっと見る。
「タマキはノーデルシア王国から来たのか?」
タマキは何も言わずに、にやりと笑っただけだった。ロドックはその表情を見て、それ以上そのことに関して何か言おうとはしなかった。
「そして噂はもう一つある。何でも王宮の魔導師が災厄の到来を予言したっていう噂だ」
「そんな噂まであるのか。終末感がすごいな」
「信じているものはあまりいないはずだ。今はまだな」
「よくわかった。ありがとうな」
タマキは立ち上がったが、何かを思い出した様子で、腰に付けているカード入れから、数十枚のカードを取り出してテーブルの上に置いた。
「このカードには俺の魔力を込めてある。一日一枚、いつも身に付けるようにしておけば、ひょっとしたら狼になるのを防げるようになるかもしれないな」
「そうか、ありがとう。ところで、ここにはいつまで滞在するんだ?」
「とりあえず今回はこれくらいにしておこうと思ってる。ああ、ひょっとしたら俺の連れが一人で来るかもしれないから、その時はよろしく」
「その人の名前は」
「カレンだ。眼鏡をかけてる。まあ会えばわかるよ」
「わかった、楽しみにしておこう」
ロドックは笑いを噛み殺しながら、立ち上がって手を差し出した。タマキはその手を軽く握り返した。
「じゃ、また」
タマキはロドックの屋敷を出てまっすぐ宿に戻った。
「これからどうするんだ?」
部屋に入るとサモンが話しかけてきた。
「もちろん村に戻るさ。ちょっと見てくるって言ってきたしな」
「そうか」
翌日、タマキは宿を引き払うと、食料だけ調達して村に向かって出発した。