変わった客
数日の間、ミラとソラは交代でヨウコの部屋に入り浸っていた。ソラは大体子守、ミラはできるだけ恵美を無理矢理起こしておいておしゃべりをしていた。
そしてある日、ソラがアランのベッドの隣の椅子に座っていると、いきなり背後に気配を感じて立ち上がり、振り返った。
「やあ、初めまして」
ソラの視線の先には、見たことのない長髪の男が立っていた。
「あなたは?」
ソラは警戒しながら、いつでも精霊の力を使えるようにしていた。男はそれに気がついているようで、笑顔を浮かべて手を広げる。
「別にそう警戒しなくてもいいよ。僕はファスマイド、聞いてないかな?」
ファスマイド。ソラはその名前はカレンから聞いていた。敵かどうかはわからないが、油断のできない存在。
だが、警戒を解かないソラとは逆に、ファスマイドはリラックスした感じで部屋の中を見回す。
「なかなかいい部屋だね。まあ、そんなことはおいといて、僕は君達に協力しに来たんだよ。だからちょっと力を抜いてもらえると嬉しいね」
その会話に気づき、恵美が仕切りの向こうから顔を出す。ファスマイドの姿を確認すると、表情を固くして息を呑んだ。ファスマイドはそちらにも笑顔を向ける。
「やあ、久しぶり。どうやら元気にしていたようだね」
「え、ええ、はい」
恵美は戸惑ったようにぎこちなく返事をするだけだった。
「どうしたの?」
さらにそこにヨウコが顔を出し、ファスマイドの姿を見ると、軽く首をかしげた。
「どちらさま?」
「これはお初にお目にかかります。ノーデルシア王国王子妃殿下」
ファスマイドはうやうやしく頭を下げた。ヨウコはそれに特に反応せずに微笑を浮かべると、一同を見回した。
「お客様なら立ち話というわけにもいかないから、こちらにどうぞ」
ヨウコはそう言うと仕切りの向こうに姿を消した。ファスマイドは感心したような様子でうなずき、その後に続く。ソラと恵美も顔を見合わせてから、少し遅れて続いた。
「さあどうぞ、お客様」
ヨウコは自らの手で入れたお茶をファスマイドの前に置いた。
「ではご馳走になりますよ」
ファスマイドはお茶を口にしてから、ヨウコのことじっと見た。
「さすがに落ち着いてらっしゃる」
「そう、ありがとう。あなたのことはカレンや恵美ちゃんから聞いてたけど、思ったよりも来るのが遅かったのね、ファスマイドさん」
「僕の名前をご存知とは嬉しいですね」
「こういう立場になると人の名前を覚えるのは得意になるの。それより、もっと気楽にしてもらっていいのよ」
そう言われてファスマイドはにやりと笑う。
「それはありがたい。僕はあまり堅苦しいのは好きじゃないんでね」
「それで、あなたはロベイル王国にいるはずだったと思うけど、向こうはいいの?」
「あっちはもう安全になってるよ。そういうわけでタマキ君との約束も果たせたことだし、まあこっちのほうが面白そうだからね」
「つまり、あなたの考えでは近いうちに何かが起こると、そういうこと」
「まあ、そういうことだね。タマキ君がどこに行ったかわからないっていうのもあるし。僕が見つけられないんじゃあいつらも見失ってるだろうから、次に何かあるならここしかないというわけだよ」
「ちょっと待ってください。あなたは協力しにきたんですか? それとも、ただの見物ですか?」
ソラが口をはさむと、ファスマイドは軽く首をかしげる。
「まあ見物だけにしたいんだけどね。場合によっては多少手を貸してもいいけど」
「手を貸すって、あなたに何ができるんです?」
「ああ、そういうことなら少し教えられることがあるよ、例えば結界術とかね。君は才能がありそうだから、やってみるかい?」
「結界術?」
ソラは言葉に詰まったが、ヨウコはソラに笑顔を向ける。
「いいんじゃないの、教えてもらえば」
「でも、今はこっちのこともありますから」
ソラが手を横に振って断ろうとしたのをヨウコは遮った。
「気分転換は必要でしょ。それに、別にこの部屋でもできるかもしれないじゃないの」
ファスマイドはヨウコの言葉に我が意を得たりとうなずいた。
「そう、その通り。別に座ったままだってできるものはあるさ。それに、覚えておけばかならず役に立つと思うよ」
そう言われて、ソラは少し考えるようにしてからうなずいた。
「わかりました。そいうことなら教えてもらいます」
ファスマイドはその返事に満足そうな表情を浮かべる。
「決まりだね。じゃあ、君の姉上にも挨拶をさせておいてもらおうかな」
「ここで待っていればそのうち姉さんは来ます。血の気が多い人ですから、おかしなまねはしないほうがいいですよ」
「ご忠告ありがとう。気をつけることにするよ」
ファスマイドはそう言ってからお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「じゃ、護衛に励もうじゃないか」