協定
翌日、魔物を掃討してから、エバンスとキアンは今度はテントの中で向かい合っていた。
「さて、これで選択の余地はなくなったと思いますが」
「しかし、今回のことが悪魔の仕業であるとは限らないだろう」
エバンスは厳しい表情で首を横に振る。
「これはタマキの意見だが、あれだけの規模で魔物を呼び出せるものなど、悪魔以外にいない。そして、このようなことをする目的を持つ悪魔は、一体だけだ」
キアンはしばらく沈黙してから、ため息をついた。
「そうだな。我々の行動が完全に敵対するものとしてとらえられたのは間違いないだろう」
「では、正式に話を進めるということで、よろしいですな」
「ああ、すぐに始める必要がありそうだ」
二人は立ち上がり、手を伸ばして握手をした。
その後、自分のテントに戻ったエバンスはタマキと一緒にお茶を飲んでいた。ミラ達も離れた場所で二人の話を聞く姿勢になっている。
「うまくいったのかい?」
まずはタマキが口を開く。
「ああ、さすがに昨日の件ではっきりと決心がついたらしい」
「じゃあ、そろそろ俺のほうは本格的に悪魔を相手にしないとな。あれを引き寄せるための餌も見つかったし」
「餌というのは、ジャドが持っているあれか」
「ああ。あれだけの規模で攻めてきたってことは、狙いはお前達だけってことでもなかったんだろ」
「そうだな。それで、これからどうするのだ?」
「俺はドラゴンオーブを持って、悪魔にちょっとしかけようと思ってるよ。今回の件でちょっとわかったこともあったし」
「敵の本拠地がわかったのか?」
「本拠地は多分この世界じゃないだろうから、まあそれは無理だと思うけど。でもまあ、奴がしかけてくる場所は二箇所しかないから」
「エミとドラゴンオーブか。しかし、それなら一箇所に集めておくべきではないか?」
「いや、俺が一人でいたほうが、連中にとっては楽に見えるんじゃないかな。それにあの娘を連れまわすのはちょっときつそうだし、あんまり無関係の人間を巻き込む方向にもしたくないし」
「だが、一人で本当に大丈夫か?」
「さあな。向こうが本気できたらどうなるかはわからない。でも別になっておけば俺がやられたってすぐに駄目ってことにはならないだろ」
「そんなことは言うな。危なくなったらすぐ退くんだぞ」
「もちろん簡単にはやられないさ。でもどうなるかはわからないから、そっちはそっちでしっかり頼むよ」
それを聞いてエバンスはため息をつく。
「わかった。お前が決めたのなら、何を言っても無駄だろう」
だが、ミラは納得していないようで、勢いよく身を乗り出してきた。
「納得できません! ただ待ってろって言うんですか!?」
タマキはその勢いを制するように手を上げる。
「いやいや、相手がどっちにくるかわからないし、そっちのほうは人手が必要なんだ。お前達がしっかりしてくれてれば、俺も安心して色々できるから」
「でも!」
「心配するな。何かあったら必ず連絡をするから」
それを聞いたソラは不満そうな表情のミラの肩に手を置いた。
「姉さん、師匠には何か考えがあるんだよ。僕達は師匠の言う通りにしたほうがいいと思うよ」
ミラは振り返り、ソラの胸元をつかんだ。だが、何を言うこともなく、数秒後にはその手を離した。
「わかったよ」それからミラはタマキに向き直る。「タマキ師匠、おいしいところを独り占めしないでくださいよ」
「ああ、たぶんお前達にも働いてもらうことになるさ」
二人は顔を見合わせてにやりと笑った。そこにジャドが歩み寄り、袋を差し出した。
「ドラゴンオーブです。貴重なものなので、できれば無事で返してもらいたいところですが」
だが、ミラがそれを横から奪い取った。
「もったいぶらないでさっさと渡せっての。はい、タマキ師匠」
タマキはミラから袋を受け取り、ベルトにくくりつけた。
「まあ、できるだけ大事にするよ。無事に返すって保障はできないけど」
タマキは立ち上がり、手を軽く振った。
「じゃ、俺はもう行くよ。まあ女王様を送っていくくらいはするけど」
そうしてタマキがテントを出て行ってから、ミラはため息をついた。
「まったく、師匠は相変わらずで困っちゃうというか」
「姉さん。タマキ師匠の考えはいつも僕達の上をいってるんだし、変な心配はしなくていいはずだよ。後でどういうことかは教えてくれるだろうし」
「まあ、それもそうか」
「そうだ。お前達、頼んだぞ」
うなずいたエバンスはどことなく楽しそうな雰囲気だった。
翌日、クラット砦からは兵士達の姿が消え、もとの寂れた場所に戻っていた。タマキはキアンの一行と一緒にロベイル王国に戻る途中だった。
「さて、これからだな」
「どうするつもりなのだ?」
タマキはサモンの質問に、かすかに笑みを浮かべる。
「見てればわかるさ。まあどうなるかは俺にもわからないけどな」