狼の呪い
日が昇ると、拘束されていたウェアウルフは人の形になっていった。タマキは魔法を解除してそのぐったりしている男をじっくりと観察した。
男は元気な状態ならいかにも精力的な感じのひげ面の中年の男で、身なりもなかなか高級そうだった。
「さて、まずはあんたの名前を聞かせてもらおうか。ああ、俺はタマキ、たんなる旅人だ」
中年の男はぼんやりとタマキの言うことを聞いてから、自分がおかれている状況をやっと認識したようで、その顔から血の気が引いていった。
「その前に落ち着ける場所に行ったほうがよさそうだな」
そう言うとタマキは男を抱えて屋根から人気のない路地に飛び降りた。
「歩けるか?」
「あ、ああ」
男はそう返事をすると、なんとか自分の足で立った。
「さて、この時間じゃ店も開いてないし、どこに行ったもんかな」
「それなら、私の店がいい。この時間ならまだ誰も来ていない」
「そりゃ好都合だ。案内を頼むよ」
そういうわけで、中年の男が先導して二人は中々立派な店舗に到着した。
「大きな店だな。あんたの店なのか」
「そうだ。入ってくれ」
男が鍵を開けて店内に入ると、そこには様々な家具の類が置かれていた。
「家具屋か、けっこうよさそうな物が揃ってるな」
タマキの言葉に男は少し胸を張った。
「この王国で最高の店だ。私の誇りだよ」
そう言いながら男は店の置くの扉を開けた。そこは事務所らしく、いくつかの机が並んでいた。二人は応接用のテーブルに向かい合って座った。
「それじゃ、あらためて自己紹介から始めようか」
「ああ、私はロドック。見ての通り、この町で商売をやっているんだ」
「で、なんであんな狼になってるんだ?」
タマキの質問に、ロドックは深く深くため息をついた。
「一週間ほど前からだ。毎日夜になると体があの狼になってしまうようになった」
「ほう。その間はあんたの意識はなくなるのか?」
「狼に変わった直後と、戻る直前以外はそうだ。今のところ人を傷つけたりはしてないらしいが、いつまでそうしていられるか」
「呪いの一種だろうが、そういうことなら、俺がなんとかできるかもな」
タマキの一言にロドックは身を乗り出した。
「本当か!」
「まあ、魔法に関してはけっこうできるからな。ところで、あんたはもしその狼の力が自分で自由にできるようになったら、どうする?」
「こんな力など欲しくもない。大体あんな姿では商売が続けられん」
「わかった、じゃあまた夕方に会おう。どこか邪魔が入らない場所を知らないか」
「それなら今日は店を早めに閉めておこう。ここでいいのか?」
「ああ、問題ない。じゃあ、また後でな」
タマキはそう言ってその場を立ち去った。そして、首から下げたアミュレットをいじりながら歩き出した。
「さて、一番いいのは呪いの元を探すことだけど、これは面倒くさいからな、何かいい方法はないか?」
「お前の魔力で呪いを押さえ込んでやればいいだろう。まああれは普通の人間だから、せいぜい狼になった時に意識を失わない程度だろうがな」
「やっぱり、インスタントにできるのはそんなもんだよな。まあとりあえずはそれでいいだろ」
タマキは頭をかいてあくびをしてから、足を宿の方向に向けた。
「とりあえず寝よう。徹夜で疲れた」
そして夕方。タマキは体を伸ばしながらロドックの店に向かった。すでに閉店していて人気のなくなった店の前ではロドックが不安そうな様子で立っている。
「それじゃ、始めよう」
タマキがそう言うと、ロドックがドアを開けて二人は店内に入った。それからロドックだけが椅子に座った。
「さて、これからあんたの狼化をなんとかしようというわけだが、最初に言っておくと、完璧には解決できない」
「そうなのか」
ロドックは明らかに落ち込んだ。
「まあ、呪いの元を断てればそれでいいんだが、そんなこともしてられないから応急措置だ。俺の魔力でその呪いを押さえ込めば、あんたが狼になった時も意識を失わずに普通に行動できるようになるはずだ」
「つまり、少なくとも町を騒がせたりすることはなくなるのか。とりあえずはそれで十分だ、頼む」
そこまで言ってからロドックは何かを思いついたような表情をした。
「そういえば礼の話をしていなかったな。何か欲しいものはないのか?」
「ものはないな。欲しいのは、情報ってところか」
「情報?」
「ああ、最近王宮絡みで色んな噂があるだろ。それに関して噂じゃない、もっと詳しい話が知りたいんだよ」
「それなら私の得意とするところだ。協力させてもらおう」
「決まりだな。じゃ、始めよう」
そう言ってタマキはロドックの胸元に手を伸ばした。
「落ち着いて、動かないようにしてくれ」
そのまま手をロドックの胸元に置いて目を閉じる。タマキはロドックの中の呪いを探り、それを拘束するような形で自分の魔力をゆっくりと流し込んでいった。
しばらくしてからその手を放し、一歩下がった。
「これで終わりだ」
ロドックは少し拍子抜けしたような表情をした。
「もう終わりなのか? なんともないが」
「まあなんともないようにしたからな。これで狼になってもあんたの思い通りに動けるはずだから、部屋にでも閉じこもってればいい」
「ああ、そうしよう」
「じゃあ、明日また会おう。ここでいいか?」
「いや、宿を教えておいてくれればこちらから迎えを寄越そう」
「そうか、じゃ、楽しみにしてる」
それから宿の名前だけ告げてタマキは店からさっさと出て行ってしまった。