女王一行
タマキはそれほどの数ではないと言え、完全武装した集団の後ろを歩いていた。キアンとの約束もあるので残ろうかとも思ったのが、出発前の出来事でこちらに同行することに決めたのだった。
時間は数日前、ファスマイドがタマキの部屋に突然訪れてきた。
「こっちのことなら任せてくれればいいから、向こうに行ってきたら」
「じゃあ、こっちはどうするんだよ」
「まあ君ほど派手なことはできないけど、僕だってここに手を出させないことくらいはできるからね。それに、あっちのほうが危ないかもしれないよ」
タマキは数秒間黙ったままファスマイドの顔を見たが、かすかに笑って立ち上がった。
「それもそうかもな。じゃあ、こっちはお前に任そう」
「信頼してくれてありがとう」
「ああ、お前の期待するような楽しいことのためにも頑張れよ」
「それはもちろん、しっかりやらせてもらうよ」
ファスマイドは満面の笑みだった。
そういうことがあって、今タマキはキアンと一緒にクラット砦に向かっているというわけだった。出発から数日経っているが、今のところ変わったことはなく、順調な旅路だった。
それからさらに数日後、一行はクラット砦まであと少しというところまで到着した。そしてその日の夜、タマキは周囲の警戒と散歩をかねて適当にぶらぶらしていた。
「よおケリアン、いつもご苦労さん」
顔見知りになった槍を持った兵士にタマキは軽く手を上げた。まだ若い兵士は少し疲れたような顔をして同じように手を上げる。
「どうもタマキさん、今日もやってるんですね。疲れないんですか?」
「休めるときにしっかり休んでるから大丈夫なんだな。それに旅には慣れてるし」
「そうなんですか」
ケリアンはタマキの正体はわかっていなかったが、只者でないのと、タマキのおかげで自分達の負担がかなり減っているのは理解していた。
「別に居眠りしててもいいぞ。俺がやっておくから」
「そういうわけにもいきません」
「まあ、お仕事だもんな。適当に頑張れよ」
タマキはその場を立ち去ろうとしたが、何かを感じたようで立ち止まった。それからカードを一枚取り出すと、ケリアンに差し出した。
「持っておきな。いざというときに役に立つから」
「ああ、はい」
それからタマキは姿を消してしまった。ケリアンは何のことかはわからなかったが、カードをベルトにはさんで、見張りの任務を続けた。
それから数時間後、そろそろ交代という時間が近づいてきて少し気が抜けてきたケリアンだったが、突然の物音に体を緊張させた。
とりあえずケリアンは物音を確認する前に、次の見張りを起こしてその場を任せると、物音の確認のためにその場を離れた。
ケリアンは物音がした近くの藪に足を踏み入れていった。槍で藪を払いながら進んでいくと、視線の先に影が見えた。槍を構えてそれにゆっくり近づいていく。
そこに横から何かが飛びかかってきた。ケリアンはとっさに身をかわし、その飛びかかってきたものを見た。それは四足でうなり声をあげるピットデーモンだった。
ケリアンは槍でそれを薙いで牽制すると、野営地の方向に顔を向けた。
「魔物だ!」
とにかく大声で叫んだ。すぐに正面に向き直ると、ピットデーモンが飛びかかってきたのが見え、ケリアンはとっさに槍を横殴りに振るって、ピットデーモンを弾き飛ばした。
さらにケリアンは踏み込んで槍を突き出し、ピットデーモンを貫いた。すぐに槍を引き抜くと、さっきの影のほうに視線を移し、槍を構えなおす。
すると、その影がゆっくりと立ち上がり、オーガの巨体が姿を現した。しかもそれは荒っぽいが頑丈そうな鎧に身を包んでいた。
ケリアンはオーガとは戦ったことはあるが、こんなふうに武装しているオーガなどというのは見たことも聞いたこともなかった。
オーガは咆哮すると、ケリアンに向かって突進してきた。ケリアンはその勢いに圧倒され、身構えるだけで精一杯だった。
そしてオーガが腕を振るおうとした瞬間、ベルトに挟んでいたカードが光り魔法の盾が展開されると、その巨体を軽く弾き飛ばした。
「これは?」
ケリアンは光っているカードを手にとった。そこから魔法の盾が展開されているのを確認すると、そのカードをオーガに向けてかざして野営地から遠ざけるように押していった。
だが、数歩でカードは光りになって消えてしまった。オーガは再びケリアンに向かって突進しようとしたが、上空から何かが落ちてきて、その体を地面にめりこませた。
「こっちのほうにもいたのか」
タマキがオーガを踏みつけて立っていた。そして、手をオーガに向ける。
「アイスバイト!」
氷の牙が鎧ごとオーガを貫き、その巨体を地面に縫いつけた。オーガは体をわずかに動かしたが、それだけですぐに動かなくなった。
タマキはそれを確認すると、オーガの上から降りてケリアンのほうに近づいていった。
「悪かったな、ちょっと見落としてた。まあ、渡した物が役に立ったようでよかったよ」
「はい、助かりました。ありがとうございます」
「ま、それなら良かったよ。他の魔物は全部片付けておいたけど、念のために警戒は続けておいてくれ」
「了解しました」
ケリアンはまるで上官にたいするように敬礼をして、野営地のほうに走っていった。
「真面目な奴だな。まあ、あいつだけってわけでもないけど」
タマキはその後ろ姿を見ながら感心したようにつぶやいていた。