開放
キアンは以前も執務室に訪ねてきていたローブの者と向かい合っていた。
「陛下、この王宮に住み着いた男のことですが」
「なんだ」
「陛下はあの男をいつまで放置しておくつもりなのでしょうか」
「我々ではどうにもできん。あの男のことだけならお前達の好きなように行動してもかまわんから、そっちでなんとかしろ」
「わかりました。そういうことでしたら我々で対処させていただきましょう」
ローブの者は執務室から出て行った。キアンはそれからこめかみに手を当てて息を吐き出した。
一方、タマキの部屋にはファスマイドが来ていた。
「そろそろあっちの奴らも本気になるんじゃないかな」
「そうだと手間が省けていいな」
「余裕だね」
「何があるのかわからない以上、心配したりしたってしょうがないだろ」
「それはそうだね」
ファスマイドは軽く笑ってから、ふいに何かを感じたようで外に視線を向けた。
「どうやら、大物が来たみたいだよ」
「大物か。どの程度だ」
「まあ、今まで出てきたものなんか、比べ物にならないんじゃないかな」
「そうか。俺にはまだ何も感じられないんだけど、どっちだ?」
タマキが聞くと、ファスマイドは窓のほうを指差した。
「あっちのほうの町の入り口に行けばわかるよ。たぶん、向こうは君の事を知ってるだろうから、嫌でも会えるんじゃないかな」
「それなら、さっさと行ったほうがよさそうだな」
タマキは割れた窓から外に飛びたった。ファスマイドはそれを追って、同じように窓から外に出て行った。
町外れに降り立ったタマキは、周囲を見回したが、今のところ特に変わった様子はなかった。だが、すぐに一人の帽子をかぶった男が歩いてきた。
その男はタマキから数十歩離れた場所で止まり、帽子を取った。中身は若い男で、見た目は特に変わった様子は無い。それでも、その男が只者でないのはタマキにはよくわかった。
「はじめまして、と言えばいいんだろうか。ノーデルシアの勇者よ」
「それでいいんじゃないか。で、お前は何だ?」
男は帽子をタマキに向かって放り投げた。
「私はアーブレリオナという魔族だ。この町に手を出されたくなかったら、相手をしてもらいたい」
「それはわかったけど、ここに来た理由を聞かせてもらいたいな」
「契約主に頼まれたとだけ言っておく」
「それはオメガってやつか?」
その返事に一発の雷の矢が放たれた。
「プロテクション!」
タマキの前方に魔法の盾が展開され、雷の矢は消失する。そこにアーブレリオナが突進してきたが、タマキはそれを飛び越えた。場所を入れ替えて、再び二人は向かい合う。
タマキは大きく後ろに跳ぼうとしたが、アーブレリオナはそれを追わずに、手を後ろに向けた。
「町を攻撃されたくないなら、戦うのはここでだ」
「なるほど、そいつは困ったな」
タマキは地面に降りてから、アーブレリオナに向かって歩き出した。
「いくぞ、サモン」
タマキがマントに触れると、それが闇に染まった。そして一気に加速すると、アーブレリオナに向かってそのまま膝蹴りを食らわせようとした。
だが、それはかわされタマキは勢いあまって止まれずに地面を削る。そこに三発の雷の矢が飛来したが、タマキは振り向きながらひるがえしたマントでそれを薙いで消した。
「アイスバイト!」
続けてすぐに氷の牙を二発放ったが、それはアーブレリオナの腕の一振りで砕かれた。
「こいつはどうだ? 五倍! ライトニングボルト!」
それも受けられたが、その隙にタマキは距離を詰めてアーブレリオナの右腕をつかんだ。そのまま強引に引きずり込んで、その頭に頭突きを叩き込んだ。
アーブレリオナは大きくのけぞったが、タマキは腕を放さず、今度は右肘を顔面に打ち込んだ。そして次の瞬間には左手をアーブレリオナの胸元に突きつけていた。
「十倍! バースト!」
巨大な爆発が発生し、アーブレリオナの体は勢いよく吹っ飛んでいった。
「二十倍! ライトニング!」
そこにさらに大きな雷を落とした。地面に倒れたアーブレリオナの体からは煙が立ち昇ったが、数秒後、何事もなかったかのようにそれは立ち上がった。
「おいおい、あんまり効いてないのか」
「いいや、かなり効いた」
アーブレリオナはそう言ってから、一歩右足を踏み出した。
「やはりこの力を使う必要があるようだ」
その言葉と同時に、アーブレリオナの雰囲気がいきなり変わった。
「あれもオメガって奴の力か」
「そうだろうな」
「それなら、こっちも少しは本気にならないとまずいか」
タマキは右足を一歩後ろに下げて、姿勢を低くした。
「サモン、少しだけ力を解放するぞ」
「わかった」
そこにアーブレリオナが今までのものよりも数倍大きな雷の矢が数十発は放たれた。タマキはそれをかわすこともせずに、そのまま受ける。そこにアーブレリオナが突っ込み、手を突き出して何かをしようとした。
だが、タマキはすでに上空に跳び上がっていた。そしてマントを取ると、それはタマキの右腕に巻きつき、まるで巨大なドリルのような形状になった。
「はああああああああ!」
そのままそれを突き出してアーブレリオナに突っ込んでいった。ドリルはアーブレリオナの体を貫き、その体を地面に縫い付けた。
「これで終わりだ!」
タマキが力を込めるとドリルを中心に闇が広がって、アーブレリオナの体を包み込んだ。そして数秒後、それはドリルごと闇をまとったマントに戻り、その中にいたはずのアーブレリオナの体は跡形も無く消えていた。