千客万来
タマキのいる部屋は窓は割れ、室内も荒れ放題になっていた。椅子に座ってそれを見回しながら、タマキはサモンと会話をしていた。
「しかし、まさかここまで圧力が効果覿面だとは思わなかったな」
「別に防ぐことはできるだろう」
「そりゃあな。でも、寝るとき以外は自由に来てもらったほうが、ひょっとして何か収穫があるかもしれないだろ」
「そうは思えんな」
「まあ、もうしばらく様子を見てもいいだろ」
そこで、いきなり室内に何かが飛び込んできた。タマキは椅子に座ったまま、とりあえずそれを蹴り飛ばした。今回はいつもの魔物ではなく、人間だった。しかも、ローブをまとった者ではなく、チェインメイルを着込んで剣を持ち、目を白く濁らせた剣士風の男だった。
「初めての人間か。やっとあちらさんも少しは本気を出してきたってことかな」
「手近な人間を使っただけかも知れんぞ」
「かもしれないな。まあ聞いてみればわかるだろ」
タマキは立ち上がろうとしている剣士に近づく。一見無防備なタマキに、剣士は膝をついた体勢のまま剣を突き出すが、それはタマキにあっさりつかまれた。
「どうも気合の入ってない奴が多いな」
そこでもう一度剣士を蹴ると、剣士の体は転がって壁にぶつかった。タマキは右腕の腕輪を撫でながらそれに向かって歩く。
「せっかくだから、こいつを試させてもらうぞ」
腕輪から魔力が放出され、それがタマキの右手を覆う。その手でタマキは剣士の頭をつかんだ。剣士はそれを切りつけようとするとが、剣は再び手で止められる。そして、頭をつかんだタマキの手に力が込められた。
剣士の頭を魔力が覆い、その直後にそれが腕輪に吸い込まれた。すると、剣士の目の濁りが消え、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
タマキは倒れた剣士を足で突っついて動かないのを確認してから、腕輪を見つめた。
「うまくいったな。あとはこいつが正気に戻ったりするといいんだけど」
「前の奴のように、元々おかしいのかもしれんぞ」
「それなら、あの暑苦しくて怪しいローブを着てるんじゃないか」
そう言ってから、タマキは剣士の体を抱えて、ベッドに転がした。そして椅子をベッドの横に持ってくると、それに座って男が目を覚ますのを待つことにした。
数十分後、剣士はうめくと目を開けて、タマキの顔をぼんやりと見つめた。
「ここは? 私は何を?」
「念のために言っておくと、ここはロベイル王国の王宮だ。あんたはここに乱入してきて、俺に取り押さえられたんだよ」
剣士はタマキの言うことがいまいち理解できないようで、体を起こしてから周囲を見回した。その目に映るのは荒れ果てた部屋で、とても王宮の一室には見えない。
「信じられないって顔だけど、本当だぞ。なんなら女王を呼んでやってもいい」
タマキが真顔でそんなことを言うので、剣士はそれを信じようという気になったらしかった。
「しかし、なぜ私がこんなところに来たというんだ」
「悪魔にでも魅入られたんだろ。なにか覚えてないのか」
「いや、それが、おかしなローブの男に声をかけられたと思ったら、ここにいたんだ」
「ああ、そうか」
タマキはがっかりしたような表情を浮かべて立ち上がった。
「そういうことなら仕方がない。外まで送ってやるから、帰って寝てくれ」
そういうわけでタマキは剣士を王宮の外に送ってから、部屋に戻った。すると、部屋の中ではキアンが椅子に座って待っていた。
「女王様が何の用だい?」
タマキがそう言うと、キアンはそれには答えずに室内を見回して、あきれたようにため息をついた。
「ここは最高の部屋のはずなんだが、この短い期間でひどい荒れかただな」
「最近は客が多いからな」
タマキはそう答えてからベッドに座った。
「で、女王様が直々に何の用ですかね」
「お前が今どんな状況か知りたくてな。まあ、この部屋の状況を見れば大体わかるが」
「確かに、客はたくさん来るけどな。でも、王宮に魔物みたいなのが沢山入ってくるのはかなり問題があるだろ。しっかり防ぐべきじゃないか」
「そんなことができるのなら、そもそも問題は何も起こらなかっただろうな」
そこでキアンはため息をついたが、タマキは別にそれを気にする様子はない。
「だからって、もっと大きな問題を抱えなくてもいいだろ。わかりやすくて年季の入ったことで悩んだほうがいいんじゃないか?」
「わかりやすいことか。確かにそれは一理あるがな」
「そう思うなら、今から俺に全面的に協力してくれてもかまわないけど」
「お前ほどの力を持っていて、そんなものが必要なのか?」
「俺だけの力じゃ、戦うことなんてできないさ」
「そうか」
キアンはうなずくと、立ち上がった。そしてタマキの顔をじっと見てから、出て行った。