仕込み
タマキは自分で作ったシチューを温めなおして夕食にしていた。
「それにしても、まだしかけてこないとはな」
「お前が何もしないからだろう」
「いるだけでも十分だと思ったんだけどな。サモンよ、お前に何か考えはないのか?」
「適当に爆破でもしてみたらどうだ」
「面白そうだけど却下だな。面倒くさいし」
「ならばどうする。この様子だといつまでも待つことになるぞ」
「それもそうだ。こっちに餌が必要だよな」
「そういうことなら、タマキ君が大いに邪魔になる存在だっていうのを思い知らせるようなことをしないとね」
いつの間にかファスマイドが部屋の中にいたが、タマキは驚きもせず、顔もそっちに向けようとしなかった。
「邪魔ならしてると思うんだけどな」
「君はこの王国の連中の邪魔にはなってるけど、あっちの連中には後で相手をすればいいと思われてるんじゃないかね」
「つまり、今はカレンのほうに集中してるのか」
「たぶんね。それに、エミちゃん達がノーデルシア王国に向かってるなら、あっちも危ないと思うけど」
「ああ、それなら大丈夫だ。ちょっと前に俺が作った新兵器を送っておいたし、助っ人も呼んどいたからな」
「新兵器に助っ人ね。それはまた面白そうだ。まあそれはともかく、こっちに注意を向けさせたいなら、もっと派手に動かないと駄目だよ」
「派手にか。よし、わかった!」
タマキはシチューの入った器を置いて立ち上がると、早足で部屋から出て行った。ファスマイドはそれを見送ってから、鍋のシチューをすくって一口食べた。
「彼、けっこう料理はうまいよね」
「失礼しますよっと」
タマキはキアンの私室の前に立つ兵士を無理矢理押しのけて扉を開けた。
ワインの入ったグラスを手にくつろいでいたらしいキアンは、タマキの姿を認めると、不機嫌そうな声をだした。
「何の用だ」
「まあ、ちょっと協力して欲しいことがあってさ」
「協力?」
「悪魔の手先が最近動いてないみたいだから、ちょっと圧力をかけてやりたいんだ」
「どういうことだ」
「あいつらはあんたらが必要だから契約をしたんだろう。なら、その契約者をどうにかするってやってやれば少しは俺のほうに注意を向けてくれるかと思ってね」
キアンはそれを聞いて目を細めた。
「それで我々にどんな利益があるというのだ?」
「ないんじゃないか。悪魔との契約も反故になるだろうし」
「しかし、お前はそれをやる気か」
「ああ、王宮の一部くらいは吹っ飛ばすかもしれないな」
何気なくとんでもないことを言うタマキに、キアンはため息をついた。
「わかった。どうしろと言うんだ?」
「連中に連絡を取って、邪魔な奴がいるからなんとかして欲しいとでも言えばいい。目的の物を見つけてもそいつに奪われそうだってな」
「危険だと思うがな」
「どんな結果でもあんたらにとって損はないだろ。そういうわけだから頼むよ」
「わかった、やってやろう。どうなっても知らんぞ」
「ああ、望むところだ」
そう言ってタマキは部屋から出て行った。残されたキアンはすぐに人を呼んで宰相のレンツを部屋に呼ぶように手配した。
そして、タマキが自分の部屋に戻ってみると、ファスマイドが椅子に座ってくつろいでいた。
「まだいたのか」
「こういう部屋は嫌いじゃないからね。で、女王様のところに行ってたんだろ? 結果はどうだったんだい?」
「俺が邪魔者っていうのをアピールするように頼んできた。結果はすぐにわかるだろ」
「それはまた、思い切ったことをするねえ。夜も安心して眠れなくなるんじゃないのかい?」
「それなら対策はある。ああ、お前は邪魔をするなよ」
「もちろん、僕は基本的にただの傍観者だからね」
ファスマイドは立ち上がると、にやりと笑った。
「それじゃあお大事に」
そしていきなり姿を消した。タマキはそれを見てから、サモンに語りかける。
「あいつは魔族だと思うんだけど妙な奴だよな」
「そうだな。魔族としての力は大したことがないようだが、それ以外の部分で補っているようだ」
「それに、何を考えてるのかいまいちわからない」
「お前と似ているな」
「冗談言うなよ」
「いや、本質的には似ているだろう」
それには答えず、タマキはテーブルの上に手を置いて意識を集中させた。その手を中心として可視化できるほどの密度を持った魔力が集中し、それは一枚のカードの形を取った。
「プロテクション、発動」
カードは消えることはなく、それを中心として部屋を魔力の盾が覆った。
「これでなにか来たらすぐにわかるな」
タマキの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、その盾がいきなり破られ、何者かがタマキに飛びかかってきた。タマキはそれを軽くかわして、侵入者をよく見た。
「なんだ。雑魚か」
侵入してきたのは、四足の見たことがない魔物らしき生物。それは間髪いれずに、鋭い爪でタマキに襲いかかる。
だが、タマキはその頭を簡単につかんだ。
「バースト、収縮版だ」
小さいが凝縮された爆発が起こり、魔物は粉微塵になって消えた。タマキは表情を変えずに自分の手を見る。
「さて、これで終わりってことはないよな」
タマキは楽しそうともとれる表情を浮かべた。