虜囚
朝を向かえ、部屋は寒くないはずなのに、塩畑恵美は自分の体を抱いて震えていた。
ある日突然おかしな世界に召喚されて、それからはほとんど軟禁されているので、いくら豪奢な王宮らしき場所で、不便なことは何もなくても恵美はまったく安らげなかった。
「おはようございます」
今朝もいつものように侍女が部屋に入ってきた。手には朝食を載せたトレーを持っていて、そこにはスープの入った皿とパン、それとりんごのような果物が乗っていた。
侍女は足音を立てないようなゆっくりとした動作で、ベッドの脇の小さなテーブルにそのお盆を置いた。
「必要なことがあればなんでもおっしゃってください」
そう言ってから頭を下げると侍女は静かに部屋を出て行った。
最初は着替えだなんだと色々やらされそうになったが、恵美がそれを強く拒絶したので、今はこれだけになっている。
恵美はベッドからゆっくりと起きると、スリッパを履いて朝食の置かれたテーブルに歩いた。
とりあえずスプーンを手にとって、野菜がたっぷりと入ったミルク風味のスープを口に運んだ。元気ならおいしいと感じただろうが、今の恵美にその余裕はなかった。
とにかく、食べないと駄目だという意識だけで出されたものは全部胃袋に入れた。
その後は用意されている服、やたらと長いワンピースみたいなものに着替えてベッドに座り込んだ。何かをすべきなのだろうが、何も思いつかないし、何かができるとも思えなかった。
「エミ、気分はどうだ?」
いきなりドアが開けられ、豪奢だが派手すぎない格好をした笑顔の女が一人で部屋に入ってきた。
「あまりよくはありません。女王様」
女の笑顔とは対照的に、恵美は無表情だった。だが、女は笑顔を崩さない。
「私のことはキアンと呼んでくれてかまわないと言っているだろう」
「いえ」
恵美はそれだけ言ってうつむいた。キアンと名乗った女はその向かい側の椅子に腰かけた。顔は相変わらず気味が悪いくらいの笑顔。
「どうだ、そろそろ我がロベイル王国をもっと見てみないか?」
恵美はそれに無言で首を横に振った。キアンはふっと息を吐いた。
「今回のことはエミには悪いことだっただろう。だが、何度も言ったように、我々には必要なことだったのを理解して欲しい」
「何で、私だったんですか」
「それも何度も言っただろう。エミの力が必要なんだ」
「でも、私には力なんて」
「間違いなくある」
キアンは恵美の言葉を力強く遮った。
「今はまだそうでなくても、かならず力が発現する時がくるはずだ。エミは救世主になれるのだぞ」
そんな言葉も恵美にはまったく届いてない、というか、それは恵美の求めているものではなかった。
キアンはうつむいて黙り込んだ恵美をしばらく見ていたが、おもむろに立ち上がった。
「あまり部屋に閉じこもっていると体に毒だ。声をかければ案内の者がいるから自由にするといい」
そう言ってキアンは立ち上がると足早に部屋を出て行った。
部屋に残された恵美は窓に近づいて外を眺めた。そこには城下町が広がっていて、たくさんの人が生活しているのが想像できたが、恵美にはそれがひどく遠いものに感じられた。
しばらくそうしていると、窓の縁に真っ黒な小さい鳥みたいなものがとまっているのに気がついた。
恵美はそれになんとも言えない妙な雰囲気を感じた。鳥はそのまま恵美をじっと見つめていたが、いきなり空気に溶け込むようにして消えてしまった。
「え?」
恵美は思わず窓に手をついて鳥がいた場所を見つめた。そこには最初から何もなかったとしか思えなかった。