召喚のこと
「しかしまあ、タマキ君が来てくれたおかげでずいぶん動きやすくなったもんだね」
ファスマイドは王宮のてっぺんに座って、誰にともなくつぶやいていた。それからおもむろに立ち上がると、下に向かって飛び降りた。
「いきなり落ちてくるなよ」
珍しく中庭に出ていたタマキは、いきなり上から降ってきたファスマイドに驚いた様子もなかった。
「いや、君に言っておくことがあってね」
「なんだ突然、わかったことでもあったのか?」
「まあね。僕にとっても君にとっても重要なことだよ」
「もったいぶらずに早く言えよ」
「わかったよ。じゃあここじゃなんだから、君の部屋に行こうか」
二人は並んで歩いて、タマキの部屋まで到着した。ファスマイドとタマキは適当に椅子に座り、向かい合った。
「で、重要なことっていうのを聞かせてもらおうか」
「まあそうあせらないで、まずはお茶でもだしたらどうかな」
「そこの水差しに茶が入ってるから、適当に飲めよ」
「はいはい、ぬるい茶でもいただくよ」
ファスマイドは転がっているコップを拾って水差しからお茶を注いだ。それを一口飲んでから、足を組んだ。
「さて、話っていうのは、エミちゃんが召喚された理由なんだけど」
「どんな理由だ?」
「まあどうやら、あの娘には力はないけど、どうも彼女の存在自体に意味があるようなんだよ」
「存在自体っていうのは、どういうことなんだ?」
「あの娘は言ってみれば特別な素材だね。どうやら、悪魔を実体化させるような力があるらしい」
「悪魔の実体化? 誰かの体を利用したりする必要がないのか。でも、それならなんでまだ実行されてないんだよ」
「それは、あの娘だけじゃ足りないからだよ。この世界の何かが必要ならしい」
「それでこの国の兵士達が出払ってるのか。で、その何かっていうのはわかってるのか?」
そこでファスマイドは大げさに手を広げて、首を横に振った。
「それがわからないんだよー」
「それじゃ探しようがないだろ」
「いや、どうも小さい何からしいけどね」
「なるほどな。恵美の召喚と保護のうえにそんなもんを探すとなると人手がいるし、そのためにこの国を利用したってわけか。で、あのローブ連中は悪魔の手先か」
「そうだよ。まあ君達にずいぶんやられちゃったみたいだけどね。それに、あいつらは元々数も少ないから、手軽な感じのこの国に目をつけたんだよ。でも、利用ってわけじゃなくて、契約だろうね」
「ふーん。それはそうと、恵美がここにいないんじゃ、何かっていうのを見つけてきても意味がないよな」
「それはそうだから、エミちゃんのほうはしっかり狙われるだろうね。とは言っても、怖い人が一緒だからあっちは大丈夫だろうけど」
タマキは少し首をかしげた。
「お前はカレンに遠慮があるというか、引き気味だな」
そう言われて、ファスマイドは苦笑いのようなものを浮かべた。
「僕にも怖いものはあるからねえ」
「まあいい。話をまとめると、悪魔は実体化のために恵美を召喚させて、もう一つ必要なものを探させている真っ最中なわけだ」
「そういうこと。君はこれからどうするんだい?」
「この国の連中が探してるんなら、見つかったらここに持ってくるんだろ。じっくり待たせてもらうさ。それに、お前から目を離すわけにはいかないし、悪魔の連中たちが何をしでかすかもわからないからな」
「ここの奴らを守る気かい? そんな価値があるかな」
「そんなこと俺の知ったことか。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
特に気負いもせずにそう言ったタマキに、ファスマイドは満足そうな顔になった。
「さすが勇者と呼ばれるだけのことはあるね」
ファスマイドは立ち上がってからにやりと笑った。
「お互いに、自分のやりたいことをしっかりとやろうじゃないか」
それだけ言って部屋から出て行った。残されたタマキは立ち上がるとファスマイドが使ったコップを手にとって部屋の外に出た。
「ああ、これ洗っといてくれるかな」
部屋の近くに控えていた侍女にコップを渡して、再びタマキは部屋の中に引っ込もうとしたが、そこにキアンが早足で近づいてきた。
「ファスマイドがいたようだが、何を話していたんだ」
「いいや、大したことじゃない」
「それは私が決める」
それにたいしてタマキは軽く笑った。
「あんたらが契約した悪魔に関しての話だよ」
一瞬キアンは顔をしかめたが、すぐに平静を装った。
「そうか。余計なことはするなよ」
「俺にとって余計なことはしないさ」
そう言ったタマキの表情は不敵な雰囲気に満ちていた。