王宮での生活
タマキが王宮に乗り込んでからすでに一ケ月が経過していた。滞在しているのは以前恵美がいた部屋だったが、その様子は大きく変わっていた。
様々な本が散らばり、実験用に持ち込まれた机の上は芸術的なまでに散らかっていて、鍋や食器等もテーブルの上に乗っかっている。
「しかしまあ、よくこれだけ散らかしたものだね」
ファスマイドは感心した様子で部屋を見回していた。タマキはそれを見ずに、椅子に座って本のページをめくっている。
「片付けとかはいらないって言ってあるからな。それにカレンもいないんだから仕方がないだろ」
「それにしても、もう少しくらいしっかりしてもよさそうだと思うけどねえ」
「余計なお世話だ。それより、今日はキアンと会う時間はとれたのか」
「僕は別に君の補佐役じゃないんだけどね」
そう言いながらも、ファスマイドは部屋から出て行った。
それから数時間、タマキはずっと本を読んでいたが、ドアが開けられるとやっと顔を上げた。そこには機嫌の悪そうなキアンが立っていた。
「どうも女王様」
キアンはタマキの言葉にはこたえず、椅子に座った。
「わざとらしく堅苦しい言いかたはよせ。それより、そろそろ動かなくてはよいのか?」
「そっちがもっと情報をくれれば俺としては助かるんだけどな。俺だって、もうけっこうここにいるんだし、もう少し打ち解けてくれてもいいんじゃないか?」
「まだお前がこの国にとって利益になる存在かはわからないからな」
「それなら最初に言っておいただろ。俺に干渉しないことと、俺のことは内密にしておくこと、基本的にそれだけ守ってくれれば、協力は惜しまない。そういう条件だったはずだ」
「それは守っているつもりだが、ここに来てからというもの、ずっと部屋に閉じこもっているだけで何もしていないではないか」
タマキは本を机の上に置いてから、ため息をついた。
「相手が動かなきゃどうしようもないだろ。俺の計画じゃ、もっと早く露骨に動いてくると思ってたんだよ、あの怪しいローブ連中がさ」
それを聞いたキアンはわずかに顔をゆがめた。タマキはそれを見て目を細めた。
「俺の知らないところで動き回ってるのか? 紹介してもらいたいな」
「それはできない」
「それって、まさかあの連中が俺より強いって思ってるのか? それはないない。いいかげん、あきらめて全部吐いて欲しいところだ」
キアンはタマキの一言を聞いてから、しばらくうつむき、勢いよく顔を上げた。
「いくらノーデルシアの勇者といっても、悪魔には勝てまい」
「悪魔? ああ、それならここにいるけど」
タマキは首からさげているアミュレットつかんで、顔の高さにまで持ち上げた。
「それが何だと言うんだ」
キアンは憮然とした表情でそう言ったが、次の瞬間、アミュレットから闇の波動が発生し、部屋を満たした。
「これでいいのか」
「ああ、上出来だ」
タマキはアミュレット、サモンと言葉をかわして手を放した。キアンはそれらの状況に全く対応できていないようで、ただ呆然としていた。
「こいつのことは今はサモンって呼んでるんだけど、元はドゥームデーモンっていう名前だったんだよ。今は俺の体の中にいそうろうしてるわけだけどな」
「ドゥームデーモン。そんなものを取り込んでいると言うのか」
「ああ、これで吐いてくれるか?」
キアンは頭の中で、この突然のことを考えていた。あのノーデルシア王国を救った勇者の力と、強大な力を持つと言うドゥームデーモン。いきさつはわからないが、今はその二者が一緒になっている。
しかし、それでもオメガデーモンの力を上回るかはわからない。しかも、おそらくこの男はここにとどまることはまずないと考えられた。それでは力を手に入れることができないし、意味がない。
「何も言うことはない」
「なるほど。まあそっちにも事情があるだろうし、そういうことなら、俺は俺で勝手にやらせてもらおう」
そう言うと、タマキはキアンを無視するように、再び本を読み始めた。その様子を見て、キアンは立ち上がり、振り返ることをせずに部屋から出て行った。
ドアが閉まる音を聞いたタマキは、本を読みながら、サモンに語りかける。
「あちらさんのバックにはなにがいるんだと思う? 俺はお前の同類だと思うんだけど」
「同じ世界に属するものということでなら、そうだろう。だが、我と同じものなどおらん。いや、そういえばおかしな奴がいたな」
「おかしな奴って、お前より変わり者なのか?」
「ただの頭が悪い奴だ。たしか、オメガデーモンとか名乗っていたはずだが」
「そいつは人間に取引を持ちかけるような奴なのか?」
「さあな。たしか、あれはとにかく力を求めていたような気がするが」
「そいつが今回の黒幕なら、召喚とかはなんなんだろうな」
「お前のように力があるわけでもないようだし、わからんな。馬鹿の考えることなど知らん」
「それは困った話だ」