観戦
外に出たタマキが見たのは、まだ遠くにいる巨大な怪物の姿だった。
「カレン、さっき言ってた怪物ってあれか」
「姿は似ていますが、大きさがだいぶ違いますね」
「とにかく、こっちに来る前になんとかしないとな」
そこで、いきなり手を叩く音が二人の後ろで響いた。
「そういうことなら、僕が手を貸してあげよう」
二人はその声に同時に振り向いて、じっとファスマイドの顔を見た。
「二人してそんなに見つめないでくれよ」
「手を貸すっていうのは、何をするつもりなんだ?」
「この村に被害が及ばないように、結界を張ってあげようってことさ。君らは村への被害を心配せずに、ある程度の力を出して戦えるってわけ」
「この間やったやつか。確かにあれは効果がありそうだな」
「それはどういうことですか」
カレンが口をはさむと、タマキがそれに答える。
「ああ、首都でこいつとちょっとばかしやりあったんだけど、その時結界っていうのを張ってたらしくて、それなりの魔法を使ったんだけど、誰も気がつかなかったんだよ」
「そうですか。それは興味深いですね」
「そうそう。だから僕に任せてもらいたいんだけど」
「で、何か条件があるんだろ」
タマキがそう聞くと、ファスマイドは満面の笑みを浮かべた。
「君達の戦うところを見せてくれれば、それでいいよ」
「勝手にしろ」
「ありがとう。じゃあ、早速」
ファスマイドは真剣な表情になって、地面に右手をついた。そのままの体勢で数十秒経つと、手を地面から離してゆっくり立ち上がった。
「とりあえずこの村に簡易的な結界を張ったから、これであれが村に入ってくることはないよ。あんまり強力な攻撃を防ぐようなことはできないけどね」
「それで十分だ」
それだけ言うとタマキはカレンとうなずきあい、同時に怪物のほうに走り出した。
「気合入ってるねえ。相手が強いと楽しいんだけど、どうかな」
ファスマイドは笑顔で早歩きをして二人の後を追った。
そうして町から少し離れた場所に到着してみると、タマキの前には巨大な怪物、カレンの前にはフード付のローブを着た者が立っていた。
「一対一とはちょうどいい、楽しみだねえ」
ファスマイドはそうつぶやくと、近くの木のてっぺんまで飛び上がり、そこに腰を下ろしてじっくり観戦する姿勢をとった。
「こいつはけっこうな迫力だな」
タマキが見上げる怪物は体長十メートル以上はあった。かなり凶悪な風貌と雰囲気だったが、タマキは表情を全く変えずに木の上のファスマイドをちらっと見る。
「何を期待してるんだかな」
そこに怪物の拳が振り下ろされた。衝撃が起こり地面がえぐれたが、タマキは一歩後ろに下がってそれをかわしていた。
「大した威力だな!」
タマキの足がその拳を蹴りとばすと、怪物は若干体勢を崩して後ずさる。
「まだまだ!」
マントを闇に染めたタマキが怪物の目の前まで飛び上がり、その顔面を思い切り蹴った。だが、怪物はその巨体からは想像できない速さで身をかがめると、タマキの下をくぐろうとする。
「そうはいくかよ!」
タマキは宙返りをして、その背中に急降下をする。そのまま膝を突き立てると、無理矢理怪物を地面に押し付けた。
だが、怪物は力でそれをはねのけようとした。タマキはそれを利用して上空に飛び上がってから空中で静止した。
「力はある。でもあの図体でタマキ君より力が弱そうっていうのは、ちょっと物足りないなあ。まあタマキ君にそれだけ力があるってことだし、今回はこんなもんかな」
ファスマイドがつぶやくと同時に、タマキは立ち上がった怪物の目の前に降り立った。
「そろそろ終わりにさせてもらおうか。五倍! ブリザードストーム!」
タマキが叫ぶと怪物を包み込むように竜巻が現れ、その巨体を舞い上げ始めた。すぐに竜巻は勢いを増し、怪物を勢いよく空に放り上げた。
タマキはそれに向かって手を突き出し、そこに火の玉を出現させた。
「三十倍! 特大ファイアボール!」
火の玉が放たれると一気に膨張し、怪物に向かっていった。そして、火の玉が当った怪物は派手な爆発に包まれ、欠片も残さず消滅した。
「こっちは終わり。さて、あっちのほうはどうかな」
ファスマイドがカレンのほうに目を向けると、剣を抜いて向かい合っているだけで、まだ動きはないようだった。
最初に動いたのはローブのほうで、大きく振りかぶってカレンに剣を振り下ろした。カレンはそれをかわすと同時にその胴を切った。だが、血は出ずに、ローブの者は痛みを感じている様子もなかった。
そして、それは後ろに飛び退いてから剣を投げ捨てると、腕を交差させた。ローブのすそから触手のようなものが這い出し、カレンに襲いかかった。
カレンはその体を白銀の輝きに包ませると、一瞬でその触手を全て切り落とした。そのまま地面を蹴ってローブの者との距離を詰める。
そこにも触手が襲いかかるが、それを全てかわしながらカレンは上空に飛んだ。ある程度の高さまで飛んでから剣を振りかぶると、その白銀の輝きを飲み込むように柄の部分から闇が噴出して、まるで大きな炎のように剣を包み込んだ。
カレンはそれを構えて、地面のローブに向かって急降下を始める。触手が伸びてくるが、それは全て軽く振られた剣の闇に触れ、飲み込まれるように消えてしまう。
その勢いのまま、闇をまとった剣が振り下ろされた。
「こっちも跡形もなしか」
ファスマイドのつぶやきの通り、ローブの者は最初からいなかったかのように、消えていた。