一時の安息
カレンが倒した怪物の残骸が転がっている場所に、フード付のローブを着た人間が馬に乗って到着した。その人物は怪物一体一体に近寄っていき、軽くそれを撫でると、中心に立って手を開いた。
すると、怪物の残骸が凝縮されてそれぞれが凝縮された球体になると、中心に集まった。そして、その人物が手を上げると、球体はそこに吸い込まれるように消えていった。
数日後の朝、カレンと恵美は村に到着していた。村は出発してから魔物の襲撃もなかったようで、実に平和な様子だった。
アディソンに話を聞いてみると実際に魔物は一回も現れていないということだった。
とりあえず例の家に戻った二人だったが、カレンはとりあえず調子がよくなさそうな恵美に寝具を敷いてすすめた。
「ここならある程度は安心できますから、ゆっくり休んでください」
カレンはそれだけ言って、料理を作り始めた。タマキの記憶で見た向こうの世界にはああいった魔物のようなものは存在しないし、恵美の暮らしていた場所は平和で豊かなところだったというのもわかっているので、今はそっとしておくことにした。
昼になると、カレンはシチューと村人からもらってきたパンをテーブルの上に並べた。
「エミ様、昼食の用意ができました」
カレンが横になっている恵美に声をかけると、彼女はゆっくりと起きてテーブルに着いた。
「お加減はいかがですか?」
「はい、大丈夫です」
そうは答えても、恵美は大丈夫という雰囲気ではなかった。
「やはり、あのような戦いや、野宿は負担でしたでしょうか」
「それは、確かにそうですけど、色々ありすぎて。環さんならこんなの簡単に乗り越えてたんでしょうね」
「あの方は特別ですからね、この世界でもあんな人はいませんよ」
「そうなんですか」
「はい。それよりしっかり食べてください。王宮の食事よりはずっと貧しいと思いますが、野宿で食べるものよりはずっとましなものですから」
「いえ、そんなことはありません」
恵美は慌てたようにシチューをスプーンですくって口に入れた。
「おいしい」
王宮で食べたような豪華なものではなく、その素朴な味に恵美は家で作ってもらったシチューを思い出した。カレンはそれを見て微笑んだ。
「お口にあったようでよかったです」
食事が終わり、食器を片付けたカレンは椅子に座ると、口を開いた。
「せっかく落ち着いたところで申し訳ないのですが、あまりここには長居できないと思います」
「それは、どういうことなんですか?」
「あの追っ手は私達が通るルートを知った上で追ってきているように思えました。どういった方法かはわかりませんが、おそらくここに向かっているのを知っていたのでしょう」
カレンは冷静に話しているが、恵美はそれを聞いて不安になった。
「じゃあ、ここもすぐに出発しないといけないんですか?」
「いえ、とりあえずタマキさんが戻ってくるまでは移動はしません。追いつこうと思えばあの後も追っ手があって当然のはずですが、なにもなかったということはあちらにも準備があるのでしょう。しばらく余裕はあるはずです」
「そうなんですか」
恵美はほっとしたようだった。
「せっかくですから、この村を見ておいてはどうでしょうか。王宮や大きな町とは違った印象を受けると思いますし、いい気分転換になるのではないでしょうか」
「はい」
元気よく、というほどではなかったが、恵美ははっきりと返事をした。カレンはその様子を見て、安心したようにうなずいた。
「今は危険がないようですし、この村の人達は信用できますから安心してくださいね。では、私は少し出かけてきますから」
そう言うとカレンは外に出て行ってしまった。残された恵美はしばらくの間は家の中にいたが、思い切ったように立ち上がると、外に向かった。
都会とまではいかなくても、田舎ではないような町で育った恵美にとっては、こういった農村は全然なじみがなくて面白かった。もちろん違う世界だから、全てが珍しいのは当然だが、虜囚のような状態ではない今では世界の見えかたも違った。
村の恩人であるタマキとカレンの客人であるということで、村人は王宮の人間とは違う丁寧さで、恵美は久しぶりに落ち着いた気分になった。
それと同時に、タマキやカレンのことを村人達から聞いて、二人がずいぶん信頼されているというのもわかった。これだけ多くの人々から信頼を寄せられている二人なら、恵美は信頼してもいいという気になっていった。
夕方になってから恵美が家に戻ると、すでにカレンは戻ってきていて、夕食を作っていた。
「おかえりなさい。村はどうでしたか?」
振り向いたカレンにそう聞かれた恵美は、なんとなく軽い気分で口を開けた。
「いいところでした。それに、環さんもカレンさんも本当に感謝されているんですね」
「私はともかく、タマキさんはそういう方ですから。どこにいても、良くも悪くも人に大きな影響を与えるのがあの人です」
恵美はカレンの言葉に、タマキへの深い信頼と、それ以上のものを感じた。