勇者と女王
ファスマイドが王宮に入っていくと、見た目はともかく雰囲気はピリピリしていた。そんな中を笑顔を浮かべながら、足をキアンの執務室に向けた。
部屋の前には当然衛兵が立っているが、ファスマイドはそれに軽く手を上げるだけで室内に入っていく。そして、キアンの机に腰かけた。
だが、キアンは一瞬見ただけで、すぐに机の上に視線を戻した。
「ずいぶん物々しい雰囲気ですねえ」
「当然だ。何もないなら出て行ってもらおうか」
「そう邪険にしないでくださいよ。お探しの彼女の居所の心当たりを教えて差し上げようっていう気になったんですから」
「なんだと?」
キアンは顔を上げてファスマイドを睨みつけた。緊張感のない顔を見ると、その言うことが信頼できるとは思えなかった。
「聞きたくないんですか?」
「わかった、聞かせろ」
ファスマイドは頭をかいて机から飛び降りると、壁に貼られている地図に近づき、その一点を指差した。
「このあたりを探してみると面白いことになりますよ」
ファスマイドが指を離すとそこには焼け焦げたような跡が残った。それから、返事を聞かずにそのままドアに向かった。
外に出ると、ちょうどフードで顔を隠したローブの人間とすれ違った。
「もっと力を尽くしていただきたいですね」
「さあねえ」
ローブ人間は執務室へ、ファスマイドは王宮の外に向かって歩いていった。
その夜、町で連続して爆発音が響いた。町は混乱に陥り、王宮の中も慌しく人が動いていた。キアンは寝室で報告を受けてから、ベランダに出て町を見下ろした。
「こんばんは」
上からの声にキアンが顔を上げると、そこには妙に暗いマントをはためかせた男が宙に浮いていた。
「何者だ」
キアンは異常な事態にも落ち着いていた。男はそれに拍子抜けしたようだった。
「思ったよりも反応が薄いな」
「最近はおかしなことばかりでな。それで、貴様は何者だ」
「ノーデルシアの勇者、世間的にはそう言われてる」
「ほう、お前がか。確かタマキといったかな」
その反応にタマキはうなずいた。
「知っててくれてどうも。で、あんたはこの国の女王様だよな」
「ああ、そうだ。それで、勇者が何の用だ?」
「じゃあ聞くけど、なんで俺の世界の人間を召喚なんてしたんだ?」
「話す必要はないな」
「もし何か事情があるなら、聞かせてもらいたいところだけどな」
「言う必要はない」
「問題があるなら、俺の力を貸したっていいんだけど」
「その必要もない」
「それはまいったな」
そうは言ってもタマキはたいして困ったような感じではなかった。
「ところで、エミをさらったのはお前か」
「ああ、さらったっていうのは言いかたが悪いと思うけどな。そもそも彼女はここにいるべきじゃない」
タマキの言葉にキアンは一瞬言葉に詰まった。
「二人も召喚をしたノーデルシアの連中よりはましだ!」
「まあそれには理由があった。俺としては、今回のことの理由にも興味があるな。見た感じ、そんなに差し迫った危機があるようにも見えないけど」
キアンは黙って何も答えようとしない。
「答えたくないなら、それでもいい。でも、俺は自分で調べるぜ」
タマキの言葉を黙ったまま聞いたキアンは、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。
「貴様は、いったいどれだけの力を持っているのだ」
「力? さあねえ、残念ながら無敵ってほどじゃないな」
「そうか」
「とにかく、できればもっと協力的になってもらえるとありがたいな」
それだけ言うと、タマキはキアンの返事を聞かずに飛び去っていった。キアンは唇を噛んでそれを見送ると、黙って室内に戻った。
それからキアンは警戒を解くように指示を出してから眠りについた。
「タマキ君もやるねえ。でも、ここでのんびりしてるのはまずいんじゃないかな」
王宮のてっぺんから一部始終を見ていたファスマイドは楽しそうにそうつぶやいた。