初対面
ファスマイドが部屋から出て行ってから、カレンは何事もなかったかのように縫い物を続けた。恵美は何か言いたそうにしていたが、カレンはそれより先に口を開いた。
「エミ様、あの男が言うことが本当かどうかはわかりませんが、今は焦っても仕方がありません。少し様子を見てみましょう」
「はい」
「私はこれが終わりましたら、タマキさんと相談をしてこようと思います。できればその後、エミ様にもタマキさんに会っていただけるようにします」
そうして、服を完成させた頃には夜になっていた。カレンは服を見つからないような場所に隠した。
「では、私はこれで失礼します。次はタマキさんと一緒だと思いますので」
「わかりました。待っています」
恵美に見送られて、カレンは窓から部屋を出て行った。カレンはそのまま宿に戻ったが、タマキはまだ戻っていなかった。
数日後、少しくたびれた雰囲気のタマキが夜になってから宿に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「あの転移門っていうのは全部閉じてきた。ファスマイドの野郎が教えてくれた通りの場所にあったから、だいぶ時間の節約をできたよ」
「またあの男ですか」
「ああ、自分は黒幕じゃないって感じのことを言ってたな。あいつの言った通りにロドックの呪いも解けてたし、よくわかんない奴だ」
「そうですか。実は私もあの男には直接会いました。只者ではなさそうですし、あきらかに何かを知っているようです」
「ちゃんと話を聞きだす必要があるな」
「はい。ですが、とりあえずはエミ様と会っていただきたいのです」
「もちろん。俺もそろそろ会ってみたいと思ってたところだよ」
「では、早速今晩行きましょう」
「わかった。それまで一眠りさせてもらうよ」
それから夜、タマキとカレンは宿を出ると、町を出て人気のない場所まで来た。
「この時間なら、空から行っても目立つことはありません」
タマキはうなずいてカレンの腰に手をまわした。
「じゃ、行くか。サモン!」
かけ声と同時に、タマキのマントは闇に染まり、二人の体のまわりに霧のようなものが出現した。
「飛ぶぞ」
タマキはカレンの返事を待たずに夜の空に飛び上がり、王宮を目指した。そして恵美の部屋の窓の前まで来るとそれをノックした。
恵美は窓のところまでくると驚いた顔をしたが、すぐに二人を室内に迎え入れた。
「初めまして。カレンから話は聞いてると思うけど、俺は高崎環。君と同じあっちの世界から、ここに召喚された人間だ」
タマキの自己紹介に、恵美は少しとまどっていたようだったが、自分を見る二人の視線に優しいものを感じて落ち着いた。
「私は塩畑恵美です。よろしくお願いします」
「じゃあ、挨拶はこれくらいにして、早速これからのことを話そうか」
タマキは手近な椅子を引き寄せてそれに腰かけると、あとの二人にも目で座るように言った。カレンはもう一つの椅子に、恵美はベッドに座った。
「いきなりだけど、俺は君をここから連れ出そうと思ってる」
いきなりの一言に恵美は面食らって反応できなかった。カレンは驚くこともなく普通に反応をする。
「しかし、敵の正体がわかっていない今の状況で動くのは危険ではないでしょうか」
「だからこそだよ。相手の目的も正体もわかってないのに、こんな自由に動けないところにいるのは危険だ。それに、相手がわからないならこっちから動いてやればいいじゃないか」
「それもそうですね。エミ様はどうでしょうか?」
いきなり話を振られた恵美はなんと答えたものかもわからず、二人を交互に見るだけだった。
「まあ、いきなり言われてもわかんないよな。でも、ここにいるだけじゃ飽きるだろ。ここは俺とカレンに任せて、外に出てみようって気はないか?」
「外、ですか」
「大丈夫ですよ。私とタマキさんがいればこの世界で怖いものなどありません。もしエミ様を狙う者がいても、そんなものを恐れる必要は全くありません」
「あー、そうだな。よほどのことがなけりゃ大丈夫だし、よほどのことがあっても何とかするよ」
自信がある様子の二人に、恵美は少し任せてもいいような気がしてきた。
「もし、ここから出たらどうするつもりなんですか?」
「そうだな、とりあえずこの近くに拠点があるから、そこに留まって様子を見ることになると思う。その後はノーデルシア王国に行くことになるだろうな。ヨウコさんのところなら安心だし」
「そうですね。その計画がいいと思います」
話を進める二人を見ながら、恵美はこんな場所まであっさり来て、こうしてのんきな雰囲気で話している人達なら、信頼してもいいような気になってきていた。
「あの、もしここから出るとしたら、いつになるんですか?」
「ん? そりゃもちろん、今すぐだよ。それとも挨拶しておきたい相手でもいるのかい?」
「いえ、そういう人はいません」
「準備も私のほうでできています」
タマキは恵美とカレンの反応にうなずいて立ち上がった。
「よし、決まったら、さっさと行こうか。おい、サモン」
首から下げているアミュレットに話しかけるタマキを見て、恵美は不思議そうな顔をした。それに気がついたタマキは軽く笑ってそれに答える。
「こいつはまあ、俺の相棒だ。そんなに危ない奴じゃないから安心してくれ」
そして、タマキのマントが闇に染まり、窓に足をかけて恵美に手を差し出した。
「さて、しっかりつかまっててくれ。飛ぶからな」
恵美は何を言われてるのかよくわからなかったがとりあえずタマキの手を握った。そうすると、タマキは恵美の体を抱きかかえるようにして、空に飛び出していった。
恵美はあまりのことに、ただ黙ってタマキにしがみつくだけだった。