神出鬼没
ロドックの呪いがなくなっていることを確認したタマキは町から離れ、人気のない森の中に来ていた。タマキは首から下げているアミュレットをつかんで、空を見上げる。
「ここまでくれば誰も見てないな。おい、やるぞ」
「ああ」
サモンの返事と同時に、タマキのマントがひるがえって闇に染まった。
「これで馬車も運べりゃいいんだけどな」
「馬鹿を言うな」
「はいはい、じゃ、いくぞ」
タマキは勢いよく空に飛び立ち、村の方向目指して飛んだ。そのまま、荷馬車での移動とは比べものにならない速度で村の近くに着陸した。
それから歩いて村に到着してみると、村は実に平和な雰囲気だった。タマキはとりあえずアディソンの家に向かったが、その途中で会うことができた。
「よお、調子はどうだ」
「戻っていたんですか。タマキさん達が出かけてからは一回も魔物は現れていません」
「そりゃよかった。この村以外での魔物の動きなんかはわかるか?」
「他の村ではまだ現れているようです」
「そうか、じゃあちょっと見てくる」
タマキはそう言って村を離れると、再び空に飛び上がった。
「サモンよ、転移門がある場所はわかるか?」
「ああ、閉じたのと同じのならいくつかあるな」
「よし、場所を教えてくれ」
「一番近くはな」
「おっと、それなら僕が教えてあげよう」
突然の声にタマキが後ろを振り返ると、そこには小さく透明なキューブが浮かんでいた。
「その声は、ファスマイドか」
「覚えていてくれて嬉しいよ。で、転移門の場所なんだけど」
「ちょと待った。なんでお前がそれを俺に教える? というか、なんで知ってるんだよ。やっぱりお前が仕組んだことなのか?」
「それは違うよ。まあそんなこと、今はいいじゃないか」
タマキはその言葉ににやりと笑ってみせた。
「そうだな。あんたが本当のことを言うなら、こっちとしては労力の節約ができて都合がいい。教えてくれ」
すると、キューブがタマキの目の前に飛んできた。
「情報はこれに入ってる。魔力を使えば情報は引き出せるよ」
タマキはそれをつかんでから、目の前まで持ってきた。
「お前とはそのうちゆっくり話をしたいもんだな」
「それは僕も同じだね」
それを最後に、キューブからファスマイドの声が聞こえなくなった。
「さて、こっちの彼女にも挨拶をしておいたほうがいいだろうね」
王宮の見張り塔の上に座っていたファスマイドは立ち上がり、恵美の部屋に視線を定めた。
その頃カレンは、宿から持ってきた生地を使って恵美の部屋で服を作っていた。
「カレンさん、それは?」
「エミ様の服ですよ。いずれここから出ることになると思いますし、そうなったら今の服では動きにくいでしょうから」
「出るんですか」
恵美は少し暗い表情になったが、カレンはそれにはかまわなかった。
「はい。ノーデルシア王国に行くのが最善です。あそこにはヨウコ様もいらっしゃいますし、なにより魔法に関しては非常に発達しています。少なくともここにいるよりは、エミ様が元の世界に帰れる可能性も高くなるはずです」
「帰れる、んですか?」
「それは無理だね」
突然窓のほうから声がした。カレンは瞬間的にダガーを手に持って恵美を守るように立ち上がった。その視線の先には、ファスマイドがいた。
「変わったところから部屋に入りますね」
「君ほどじゃないよ」
ファスマイドはそう言ってから、恵美のほうに笑顔を向けた。
「この際だから、堅苦しいしゃべりかたはやめさせてもらうよ。僕はこっちのほうが楽だし、ここはしっかり話したいからね。よろしく、エミちゃんにカレンさん」
「自己紹介は終わったようですので、完璧に気配を消してここに来た理由でも聞かせていただけますか」
「それはちょっとした挨拶でね。タマキ君とは直接会ったし、さっきちょっと話もしたから、そのパートナーとも会っておかないといけないと思って」
「それはご丁寧なことです」
カレンはそこで一歩ファスマイドとの距離を詰めた。
「おっと、僕はやりあう気はない。そのダガーをしまってくれるとありがたいね」
カレンはファスマイドから目を離さずに、ダガーをしまった。
「ありがとう」
ファスマイドは大げさに礼をしてみせた。
「さて、それでは先ほどの無理だということについて聞かせてもらいましょう」
「言葉通りの意味だよ。この世界から、そっちのエミちゃんやタマキ君の世界に戻る方法なんていうのはないと思っていい」
それを聞いて恵美の表情が曇る。だが、カレンは表情を変えない。
「その言いかたですと、ない訳ではなさそうに聞こえますが」
「まあ、実際には無理だっていう話。期待はしないほうがいいと思うよ」
恵美はますます暗い顔をしたが、カレンはそれを聞いてにやりと笑った。
「不可能ということはありません」
ファスマイドはそれを見て面白そうに笑う。
「なるほど、タマキ君ならできるっていうことか。面白いね」
「いいえ、タマキさんと私ならば、ですよ」
「ハハハハハ! これは楽しみだ! そういうことなら期待して見させてもらうよ」
ファスマイドは笑ったままカレンと恵美の横を通ってドアに向かい、そこに手をかけて振り返った。
「楽しみにしてるよ、本当に」