黒幕?
部屋に戻ってきた恵美は、まだ体が震えていた。公園での出来事は明らかに自分を狙ったものだと思えたし、それを防いだ力もすごいものだったからだ。
侍女はしばらくの間恵美を落ち着けるように言葉をかけていたが、すでに部屋から出て行っていた。
「大変な目に会いましたね」
ベッドに座っている恵美の前に、いつの間にかカレンがひざをついた姿勢で現れていた。
「助けてくれたのはカレンさんなんですか?」
「はい。力が足りずにギリギリになってしまいましたが」
「あれは、なんだったんですか?」
「何者かが魔法を使ったようですが、少し妙でしたね」
「妙?」
「ええ、エミ様を狙ったように見えましたが、あれは放っておいても直撃はしなかったと思います。念のため撃ち落しましたが」
「じゃあ、何のために?」
「わかりません。何かを試したのかもしれません」
そこまで言うとカレンは立ち上がった。
「私は少しタマキさんと相談をしてこようと思います。気になることがありますので」
恵美が不安そうな表情を浮かべたので、カレンは安心させるように微笑んで見せた。
「おそらくすぐにしかけてくることはないでしょう。それに、ここにいれば安全だと思います。では、失礼します」
カレンは窓から外に出て行った。それを見送った恵美はベッドから立ち上がって、部屋の中を歩き回り始めた。
カレンは王宮から出ると、まっすぐ宿に戻った。部屋に入ると、タマキがソファーに座って木の実の殻をむいてひたすら口に運んでいた。
「あれ、早かったな」
「はい。ちょっとした事件があったので」
「それって、まさか公園であったっていうやつか」
「そうです」
うなずいてから、カレンはタマキの向かい側に座った。
「私はシオハタエミという方に接触しました。間違いなく、探していた人です」
「そうか。この世界に呼び出された目的はなんだろうな」
「わかりません。ですが、エミ様には現在のところ、特別な力はないようです」
「召喚のボーナスはほとんどなしか」
「はい。ですが、女王は部屋に自ら訪れていますし、力とは関係なく非常に気にかけているように見えます」
「ふーん。ところで、俺は黒幕っぽい奴に会ったよ」
「黒幕、ですか」
「ああ、ファスマイドって名乗ってた」
「ファスマイド、エミ様からもその名前を聞きました」
「ロドックの呪いのほうもあいつの仕業だったみたいだし、ひょっとしたら本当に黒幕なのかもな。それに、もしかしたらあいつは俺達も目当てなのかもしれない」
「そうかもしれませんね。ですが、まだわからないことが多すぎます」
「だよな。これからどうしようか」
「私はエミ様の近くにいようか思います。公園での反応を見ると、どうにも護衛の実力に問題があるようなので」
「それがいいかもな。俺も一度会っておきたいけど、いきなり行っても驚かれるだけか」
「まだお若く、かわいらしい方です。そんなところに男性が夜に押しかけるのは感心できることではありませんし、それにファスマイドという男の目的が私達のことならば、今はまだ様子を見たほうがいいのではないでしょうか」
「わかった、タイミングはカレンに任せるよ。俺はとりあえず村のほうの様子を見てくることにしよう。いや、その前にあのおっさんの呪いが本当に解けたのか確認しておかないとな」
「お気をつけて」
「カレンのほうこそな」
二人は一緒に宿を出て、別々の方向に歩き出した。
「すまなかった」
一方、恵美の部屋にはキアンが来ていて、疲れた表情をしていた。
「いえ、別に誰も怪我をしなかったですし、大丈夫ですよ」
「しかしな」キアンはため息をついて首を横に振った。「いや、これ以上言っても仕方がない。で、誰かが助けに入ったという話を聞いたが、心当たりはあるのか?」
「いえ、突然すぎて何がなんだかわかりませんでした。それに、私にはこの世界に知り合いなんていませんから」
恵美は目が泳いで体は震えていたが、キアンはそれを、まだ不安なせいだろうと思った。
「安心してゆっくり休んでいてくれ」
キアンがそう言って部屋から出て行こうとすると、外からドアが開かれ、ファスマイドが部屋の中を覗き込んだ。
「何をしに来た?」
怒気をはらんだ声でキアンがそう言ったが、ファスマイドはそれを無視して恵美に笑顔を向けた。
「大変だったらしいですね。でもまあ、あなたが傷つくことはないでしょうから、安心していいんですよ」
それだけ言うと、ファスマイドはすぐに立ち去った。キアンもその後を追うようにして部屋を出ていき、部屋には恵美だけが残された、ように見えたが。
「あれが女王と、ファスマイドという男ですか」
いつの間にかカレンが窓の前に立っていた。突然のことに恵美はビクッとしたが、すぐに気を取り直すことが出来たようだった。その恵美の様子を見て、カレンは言葉を続ける。
「あのファスマイドという男が今回の件を仕組んだ可能性があります。しかし、今のエミ様の護衛では心許ないので、これからしばらくは私がその役目をさせていただきます」
「は、はい。ありがとうございます。ところで、タマキさんとは会えないんですか?」
「今は他に用もありますし、もう少し落ち着いてから会っていただきます」
「そうですか」
同じ世界にいた人間に会えないと聞いて、恵美は少し落ち込んだようだった。カレンは慰めるようにその肩に手を置いて、軽く微笑む。
「タマキさんなら、必ずエミ様を救うことができます」