芽生える希望
「あの、カレンさんと一緒に旅をしているタマキさんについて聞かせてもらえませんか?」
恵美は部屋に戻ってきたカレンにそう質問した。
「それは、ノーデルシア王国という国が闇王と言われる魔族によって危機に陥っていたからです。まず最初に召喚されたのはミヤザキヨウコという方でしたが、私の力不足もあって、敵の手に落ちてしまいました。そして、次にタマキさんが召喚されました」
「その召喚は、そんなに頻繁にやるものなんですか?」
「いいえ。大きな魔力が必要で、どんな副作用があるかもわかっていません。それに永く失われていたものですし、よほどの事態でなければ使われることはないはずです」
「今まで、どれくらいの人がそうやってこの世界に?」
「あまり昔のことはわかりませんが、わかっている限りでは、今まで召喚されたのはエミ様も含めて四人です」
「あとの一人の人は、どうしてるんですか」
「魔族となってノーデルシア王国を襲っていたのがその一人です」
「じゃあ、その人は」
「タマキさんと私で倒したのです。召喚された人間だったというのがわかったのは、その後のことでした」
「そうなんですか。それじゃあ、ミヤザキさんていう人はどうしてるんですか?」
「エバンス王子とご結婚されました」
「結婚? 結婚ですか」
「ええ、そうです。もちろん強制されたことではありません」
恵美はしばらく黙り込んでうつむいていたが、ため息をついて顔を上げた。
「どの人も、この世界でやることがあったんですね。でも、私には何の力もないとしか思えません。魔法の訓練もやってみたんですけど、全然駄目で」
「しかし、現在の状況を考えると、力を期待してエミ様を召喚したわけではないのかもしれません。何か、もっと他の目的がある可能性もあります」
「他の目的というのは?」
「それはわかりません。実際に確認してみないとなんとも言えませんが」
「確認、ですか」
「はい。それを明らかにしなければ、またエミ様と同じことが起きるかもしれません。タマキさんは、そういうことは望んでいないんです。ですから、今すぐここから連れ出して差し上げるわけにはいきません。申し訳ないことですが」
「じゃあ、しばらくはこうしていないといけないんでしょうか」
「数日は私がご一緒させていただきます。そして、その後にここから出てもらうことになると思いますが」
「ここから出るって、そんなことができるんでしょうか」
「その気になればできます」
今すぐではないということでも、いつでもここから出ることができると聞いた恵美は、多少の落胆と安堵を同時に味わっていた。カレンはその気持ちがわかったようで、恵美を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です。何かあればすぐに動きますから。それより、もう休まれてはどうでしょうか」
「え、はい。カレンさんはどうするんですか」
「もちろん、この部屋でお世話になろうと思っています。かまいませんか?」
「それはいいですけど、見つかると大変なことになるんじゃ」
「安心してください。見つからないようにしますから」
「そ、そうですか」
「はい、ですから早めにお休みになってください」
なんとなく有無を言わさない感じだったので、恵美はおとなしくベッドに横になった。疲れたせいか、すぐに眠りに落ちた。
そして翌朝、恵美が目を覚まして体を起こして部屋の中を見回すと、隣でカレンが床に座っていた。
「おはようございます」
「あの、そろそろ侍女の人が入ってくると思うんですけど」
「では、そろそろ隠れさせてもらいます」
そう言ったカレンはベッドの下を覗き込んだり、クローゼットを開けたりした。
「まさか、そんなところに隠れるんですか?」
「はい、大丈夫だと思いますよ。いざとなったらすぐに逃げますから」
そう言ったカレンは、侍女の気配を感じて、言った通りにベッドの下に潜り込んだ。
「おはようございます」
いつものように朝食を持った侍女が部屋に入ってきた。恵美は黙ってうなずいて、侍女が食事を置いていくのを見送った。
「あまり心がこもっているようには見えませんね」
いつの間にかベッドの下から出てきていたカレンはそうつぶやいた。
「そうですか?」
「ええ、あれは言われたことをやっているだけですね。ところで、エミ様は今日はどうされるんですか?」
「特に考えていませんけど」
「それなら、この部屋にいるか、それとも町に出るかのどちらかにしていただけると助かるのですが」
「外、ですか」
「はい、どちらでも気が向いたほうでどうぞ。 私はずっと側にいることにしますから、ご安心ください」
そう言われると、カレンの静かな自身に満ちた雰囲気に、恵美はなんとなく安心感を覚えた。
「じゃあ、せっかくだから町に出てみます」
「わかりました。一緒に行くことは出来ませんが、何かあったらいつでも対応できるようにしておきますから」
「タマキさんにも、そのうち会わせてくれますよね」
「もちろんです。私達はあなたの力になるために来たのですから」
その言葉に、恵美はこの世界に来て初めて、少しだけ明るい気持ちになった。