隠密行動
カレンは誰にも見つからないように慎重に廊下を進んだ。侍女の格好をしているといっても、偽者なので目立ってはすぐにばれる可能性が高い。
目指すのは王宮の奥、警備が厳重なところ、のはず。
とりあえずは最初に入った部屋の並びの他の客室から始めることにした。カレンは髪に挿していたピンを二つ取ると、それを折り曲げてロックピックにした。
鍵穴を覗くのと耳を澄ませるのとで、中で起きている者がいないかどうかを確認してから、鍵を開けて部屋の中に入った。
そうして一通り客室を見てみたが、目当ての人物どころか誰もいなかった。ここから上に行くか下に行くか、カレンはほとんど考えずに上に向かった。
上の階に行くほど警備は厳重になっていき、カレンの行動が正しかったのは証明されたように見えた。その厳しい警備をカレンは影から影に移動してやりすごし、上の階を目指した。
最上階に到着すると、その一番奥の部屋の前には巡回の兵士よりも重厚な装備をした兵士が立っていた。
おそらく、女王か、それ以外なら目当ての人物がそこにいるのは間違いなかった。カレンは物陰からそこを窺っていたが、見張りが動く気配はない。
しばらく見ていると、その部屋のドアが開かれた。そこから出てきたのは、この国の女王、キアンだった。
キアンの表情は硬く、疲労の色が濃かった。強い女王という評判とは全く違う憔悴した姿で、ゆっくりとした足取りでカレンの隠れた場所の横を通り過ぎた。
女王がこんな時間に入る部屋で、何か悩みがありそうな表情を見ると、目当ての人物がその部屋にいる可能性が高い。
だが、カレンは焦らずに近くの部屋に近づいて、その中に誰もいないのを確認してから鍵を開けて中に入った。
そして窓を開けるとそのまま外の壁に取り付いて、女王が入っていた部屋の窓のところまで来た。そこから中を覗いてみると、部屋にはまだ明かりがついていた。
だが、カレンはそれにかまわずに、窓をこじ開けて中に入ってから部屋の中を見回すと、ベッドの上の少女にすばやく駆け寄ってその口を押さえた。
「静かに。私はあなたにとって危険な者ではありません」
しばらくその体勢のまま、カレンは少女が落ち着くのを待った。そして、声を出されないという確信が得られてから手を放した。
「このような形で申し訳ありません。単刀直入にお聞きしますが、あなたはこの世界の人ではありませんね?」
少女はその質問にしばらく黙り込んでいたが、静かに口を開いた。
「は、はい。そうです」
「私はカレンといいます。あなたと同じ世界の人と一緒に旅をしています」
「えっ、それってどういうことですか?」
「言葉通りの意味です。そしてその人、タマキさんがあなたを助けるということを決めたので、ここに来たのです」
「私を、助けに?」
「はい」
力強くうなずいたカレンを見て、少女は少し安心したような表情を浮かべた。
「私は塩畑恵美っていいます。カレンさんの言った通り、違う世界から、ここに連れてこられたんです」
「そうですか。それなら、私達が力になれると思います。まずはエミ様の今の状況を教えていただけますか?」
「わかりました。あのそれよりカレンさんも椅子に座ってください」
恵美はそう言ってからテーブルのほうに移動した。カレンも立ち上がって、恵美と向かい合って座った。
「ちょっと前に、朝起きたと思ったら、この世界に来ていて、目の前にたくさんの人がいたんです」
「なるほど、タマキさんと大体同じですね。それで、召喚した目的は聞きましたか?」
「いえ、ただ救世主と言われるだけで」
「確かに、今この国は普通でない状況のようですが、わざわざ異世界から人を呼び寄せるほどではないように思えますね」
「それが、一人変な人がいるんです」
「それはどういうことでしょうか」
「ローブを着たファスマイドっていう人なんですけど、いつも私に魔法を練習しろと言ってくるんです。女王様もあの人のことは警戒してるみたいで、なんだかよくわからないんですけど」
「その人物はこの王国の者ではなさそうですね」
「そうなんですか?」
「ただの推測ですが、女王が警戒しているというなら、そういう可能性が高いでしょう。気になる存在ですね。何かわかっていることはありませんか?」
「何もわからないんです」
「そういうことなら、私自身の目で確認してみたほうがよさそうですね。その人物はこの部屋に来るんですか?」
「はい、来ます」
「では、しばらくここでお世話になることにさせてもらいましょう。かまいませんか?」
「はい、それはいいですけど」
「ありがとうございます。では、少し荷物を取ってきますので」
カレンはそう言って窓から外に出て行った。そして最初に入った客室に戻ると、脱いだ黒装束を回収して再び恵美の部屋に向かった。