潜入開始
三日後の昼、カレンは鎧を脱いで自分で作った侍女の服に着替えてタマキの前に立っていた。
「なんか、こういう格好のカレンを見るのは久しぶりだな」
「初めて会った頃はいつもこんな感じでしたけどね」
「そうだな。で、王宮にはどうやって入るつもりなんだよ」
「夜のうちに忍び込もうかとも思いますが、他にもっと安全な方法があればそれでもいいですね」
「飛んでいくのは駄目なのか?」
「それは少々目立ちますから」
「じゃあ、せっかくだからロドックに相談してみようか」
「はい。着替えるので先に出ていてください」
二人はロドックの店に着くと、奥に通された。
「で、早速相談なんだが、なんかでかいものを城に納品したりする予定はないかな。人が入っても問題ないようなやつ」
「まさか、その中に入って城に潜入するつもりなのか?」
「いや、そういうのも面白いんじゃないかと思って」
「そんなに都合がいいものはないと思いますが」
とりあえずカレンがつっこみを入れた。ロドックもそれにうなずく。
「面白そうだが、そんな予定はないし、中身も調べられるから人をいれるなんていうのは難しいな」
「それは残念」
口ではそう言ったが、タマキはそれほど残念な様子でもなかった。
「まあ、城に入るだけなら、うちの店員ということにすれば入れることは入れるが」
「人が足りなくなってしまったら不審に思われるでしょうし、それはやめたほうがいいですね」
「そうだな、カレンの言う通りだ」
タマキはそう言って腕を組んで考え込んだ。ロドックも同じようにしたが、カレンはそんな二人を見て、眼鏡をいったん外して拭ってからかけなおした。
「今夜行ってきます。お二人はロドックさんの呪いのことに集中されてはどうでしょうか?」
それを聞いてタマキは大きなため息をついた。
「まあ仕方がないか。じゃあ、頼むよ」
「はい。では準備があるので、私は先に失礼します」
カレンは男二人を残して店から出て行った。
「さて、あっちはカレンに任せればいいとして、俺達は呪いの話をしようか。何か心当たりみたいなのは見つかったのかい?」
「それが、何もわからないんだ。そこまで恨みを買うような覚えもないし、そもそもこんな呪いなんていうものは一度も聞いたことがない」
「どこか変わった場所に行ったとか、変なもので家具を作ったとか、そういうのも無しか」
「ああ、ない」
「ふうん」
タマキはしばらく考えるようにして視線を宙にさまよわせていたが、何か思いついたらしく、ロドックの顔を見た。
「いたずら、だったりしてな」
「まさか!」
「なんでも考えておいたほうがいいと思うね。単発のいたずらなら今の状態で抑えられるだろうけど、そうじゃない場合は呪いが強くなるかもしれない。そうなったら、あんたの魔力の許容量はそれほど大きくないから、魔力で抑えるっていうのもいつまでもできない」
「しかし、どうすれば呪いの元を見つけられるのか、それがわからないんだ」
「一回限りのいたずらじゃなければ、呪いが強まったときに感知できるかもしれない。誰かがやってることなら、そろそろおかしいと気づいてもおかしくないからな」
「つまり、待つしかないのか」
「そういうことになるな。ま、気楽にいこう」
一方、カレンは王宮への潜入のために、城の周囲とそこに到達するまでの町をじっくりと観察していた。
夜になったら人通りが少なくなりそうな路地や、警備の巡回ルートなどをしっかりと頭に入れるころには、すでに時刻は夕方になっていた。
カレンが宿に戻ると、すでにタマキは帰ってきていてソファーで横になっていた。
「あれ、これからまた出るのか?」
「はい」
返事をしながらカレンは武器の類を外して、鎧も脱いだ。それから、自分の荷物から黒い服を取り出すと、それを上から着て、ダガーとナイフだけを身に着けた。
さらに頭にも黒い布を巻いて、侍女服を布で包んでそれを背負った。それからしばらくの間、カレンはタマキの横に座って時間が過ぎるのを待った。
「それでは」
カレンがそう言って立ち上がると、同じように立ち上がったタマキが、一枚のカードをカレンの手に握らせた。
「緊急避難用だ。気をつけてくれよ」
そのままタマキは顔を近づけてカレンに軽くキスをした。カレンはそれに応えてから体を離すと窓のほうに歩いた。
「いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
カレンは窓を開けてそこから夜の町に踏み出していった。タマキはそれを見送ると、あくびを一つしてから夕食を食べに部屋を出た。
宿を出たカレンは、人目につかないように、闇から闇に移動しながら城に近づいていった。城に近づくと、物陰に身を潜めて巡回をやりすごしてから、それにとりついてよじ登り始めた。
そのまま適当なバルコニーまで行くと、そこの部屋の中をうかがい、人の気配がないのを確認すると窓をこじ開けて慎重に中に入った。部屋は客室のようで、誰にも使われている気配はない。
まずカレンは背中の包みから侍女服を取り出して、それに着替えた。もちろんダガーやナイフは見えないように身につけた。
王宮の見取り図などというものはなかったが、カレンの頭にはこういった建物が大体どういった構造なのかという情報はしっかりと入っていた。
一度深呼吸してから、カレンは廊下に続くドアをゆっくりと開けた。