皇帝陛下を推す侯爵令嬢、今日も第一皇子を巻き込んで推し活中です〜推しの休日を邪魔してはいけません〜
皇帝陛下の誕生日から、数日後。スターライル侯爵家の庭園では、今日も穏やかな午後が流れていた。
「…平和です」
木陰のベンチに座ったシャーロットは、温かい紅茶を一口飲んで、満足そうに呟いた。膝の上には一冊の本、隣には小さな焼き菓子、そして目の前には手入れの行き届いた庭園。皇帝陛下の誕生日という大イベントを終えた今、シャーロットは通常の生活に戻っていた。推し活も大切。けれど、自分の生活も大切。それがシャーロットの信条である。
「やはり……」
シャーロットは本を閉じた。
「推し活には休息も必要です」
「誰に言ってるの?」
向かい側から声がした。
「アシェル様です」
「僕?」
第一皇子アシェルは、少し呆れた顔で椅子に座っていた。その手には、シャーロットから渡された一枚の紙。そこには大きく『推し活・基本十箇条』と書かれている。
「何これ?」
「先日の反省を踏まえて、改訂しました」
「改訂したんだ……」
「はい」
シャーロットは指を一本立てた。
「第一条、推しを推せる範囲で推す」
「うん」
「第二条、生活を犠牲にしない」
「大事だね」
「第三条、無理な課金をしない」
「……十歳の侯爵令嬢が言うことなの?」
「前世の知識です」
「それはもう何度も聞いたよ」
「第四条、推しのプライベートを尊重する」
「それも大事」
「そして第五条」
シャーロットは真剣な顔になった。
「推しの休日を邪魔してはいけません」
「……」
アシェルが紙を見る。
「今日の話?」
「はい」
「何かあるの?」
「いえ、何もありません」
「じゃあ、なんで?」
「何もないからです」
「どういうこと?」
シャーロットは紅茶を飲む。
「推しにも休日があります」
「うん」
「休日にまで追いかけてはいけません」
「うん」
「だから、今日は陛下のことを考えない日にします」
「…できるの?」
「できます」
「本当に?」
「もちろんです」
シャーロットは胸を張った。
「私は節度ある推し活をしておりますから」
「それなら安心だね」
そのとき庭園の向こうから、エミリーが歩いてきた。
「お嬢様」
「はい?」
「王宮から知らせが届いております」
「王宮?」
シャーロットが首を傾げる。エミリーが封書を差し出した。
「皇帝陛下からでございます」
「…………」
シャーロットの動きが止まった。
「……陛下から?」
「はい」
アシェルも驚く。
「父上から?」
「そのようです」
シャーロットは封書を見る。開けたい、ものすごく開けたい。だが、さっき自分で言ったばかりだ。今日は推しのことを考えない。
「……」
「シャーロット?」
「……」
「開けないの?」
「開けます」
即答だった。
「開けるんだ」
「だって陛下からです」
「さっきの誓いは?」
「状況が変わりました」
「早いなあ」
シャーロットは慎重に封を開けた。中には、一枚の手紙。内容は簡潔だった。
『先日の贈り物について、改めて礼を伝えたい。もし都合がよければ、近いうちに庭園で茶を共にしないか』
シャーロットは固まった。アシェルが横から覗き込む。
「…父上から、お茶のお誘い?」
「はい」
「よかったじゃない」
「……」
「どうしたの?」
「これは……」
シャーロットの手が震える。
「推し活でしょうか?」
「そこ?」
「重要です」
「まあ……そうじゃない?」
「でも…」
シャーロットは悩む。
「休日に邪魔をしてはいけない」
「父上が誘ってるんだから、邪魔じゃないよ」
「……」
「むしろ来てほしいんじゃない?」
「……そうでしょうか」
「そうだと思うよ」
シャーロットはもう一度、手紙を読む。皇帝陛下からの誘い。庭園でのお茶。つまり推しと、落ち着いた庭園でお茶を……。
「…………」
「シャーロット?」
「アシェル様」
「何?」
「私、今日からしばらく休養が必要かもしれません」
「どうして?」
「心の準備が必要だからです」
「まだ日程も決まってないよ?」
「推しとのお茶ですよ?」
「うん」
「普通のお茶会とは意味が違います」
「そうなの?」
「全然違います」
シャーロットは手紙を胸に抱えた。
「……しかし陛下がお休みの日なら、邪魔してはいけません」
「父上が誘ってるんだから大丈夫だって」
「それでも…」
シャーロットは真剣だった。
「推しの休日を、推し活で埋め尽くしてはいけません」
シェルは思わず笑った。
「シャーロットって、本当に父上のことが好きなんだね」
「はい」
シャーロットは即答した。
「推しておりますので」
「そこは迷わないんだ」
「当然です」
そのとき別の声が聞こえた。
「失礼いたします」
振り返ると、そこにはレオニスが立っていた。9歳の第二皇子。姿勢は真っ直ぐ、表情は穏やか。
「兄上、シャーロット嬢」
「レオニス」
「ごきげんよう、レオニス様」
「ごきげんよう、シャーロット嬢」
レオニスは二人に丁寧に頭を下げる。
「何を話されているのですか?」
「父上からお茶に誘われたんだ」
アシェルが答える。
「父上から、ですか」
レオニスの目が少しだけ輝いた。
「それは良かったですね、シャーロット嬢」
「はい……」
「兄上もご一緒されるのでしょうか?」
「たぶんね」
「そうですか」
レオニスは静かに頷いた。そして2人に尋ねた。
「でしたら、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「レオニスも?」
「はい」
アシェルが笑う。
「父上に聞いてみようか」
「ありがとうございます、兄上」
レオニスは丁寧に答えた。そしてシャーロットを見る。
「シャーロット嬢」
「はい?」
「父上とお茶をされるのでしたら、先日のティーカップのお話もされてはいかがでしょう」
「……!」
シャーロットの目が輝く。
「それは良い考えです!」
「お喜びいただけたようでしたので」
「はい!」
シャーロットは嬉しそうに笑う。その様子を見ながら、レオニスは満足そうに微笑んだ。
ー今日も推しの兄上とシャーロット嬢が元気であるー
実に良い日である。ただし、このとき三人はまだ知らなかった。皇帝陛下からの「庭園でのお茶」が、本当に静かなお茶会になるはずがなかったことを。そして何より今回の一件には、シャーロットが最も警戒している存在「推しの休日を邪魔する人」が、すでに王宮で動き始めていることを。シャーロットの穏やかな休日は静かに、しかし確実に終わりへ向かっていた。
「……日程はいつでしょうか」
手紙をもう一度確認する。
「三日後だね」
アシェルが答えた。
「三日……」
シャーロットは指を折る。
「三日あれば、心の準備ができます」
「そんなに必要?」
「必要です」
きっぱりと言い切る。
「推しとのお茶会ですよ?」
「分かったよ」
アシェルは苦笑した。
「じゃあ、三日かけて準備しよう」
「いえ」
シャーロットは首を横に振った。
「準備しすぎてはいけません」
「どうして?」
「休日のお茶会だからです」
シャーロットは真剣だった。
「陛下は公務でお忙しいお方です。せっかくのお休みに、私が長々と推し活をしてしまったら申し訳ありません」
「父上が誘ってくれたんだから、そこまで気にしなくていいと思うけど」
「それでも節度は必要です」
「本当に真面目だね」
その横で、レオニスが静かに頷く。
「シャーロット嬢のお考えは、もっともだと思います」
「レオニス様!」
シャーロットが嬉しそうに振り返る。
「やはり、推しの休日は尊重すべきですよね!」
「はい。ただ、皇帝陛下ご自身からのお誘いであれば、休日を邪魔していることにはならないでしょう」
「……なるほど」
「むしろ、陛下がシャーロット嬢とお話しになりたいと考えておられるのではないでしょうか」
「……!」
シャーロットの頬が少し赤くなる。
「推しが……私と……?」
「はい」
「……」
アシェルが横から口を挟む。
「シャーロット、考えすぎるとまた固まるよ」
「大丈夫です」
「今、固まってたよ」
「少しだけです」
「少しなんだ」
レオニスはそんな二人を見て、微笑んだ。
「兄上」
「何?」
「当日は、兄上も同席されるのですよね?」
「その予定だよ」
「でしたら、私は少し離れた場所に控えております」
「レオニスも来るんじゃなかったの?」
「はい。ですが…」
レオニスは真顔で答えた。
「兄上とシャーロット嬢のお時間を邪魔するつもりはございません」
「……」
アシェルが一瞬黙る。
「レオニス」
「はい」
「なんか、君って時々すごく大人っぽいよね」
「そうでしょうか?」
「うん」
レオニスは首を傾げた。
「私は普通にしているだけですが」
「それがすごいんだよ」
シャーロットも頷いた。
「本当に賢い弟様です」
「ありがとうございます、シャーロット嬢」
レオニスは嬉しそうに微笑んだ。その翌日、シャーロットは庭園でのお茶会に向けて服を選んでいた。
「こちらはいかがでしょう?」
エミリーが淡い色のドレスを見せる。
「素敵です」
「では、こちらに?」
「……待ってください」
シャーロットは首を傾げた。
「少し華やかすぎませんか?」
「お茶会でございますから、問題ないかと」
「でも陛下のお休みです」
「はい」
「なら、もっと普段着に近い方が……」
シャーロットは別の服を見る。
「こちらは?」
「少々地味かと」
「うーん……」
悩んでいると、アシェルが入ってきた。
「何してるの?」
「お茶会の服を選んでいます」
「普通でいいんじゃない?」
「普通が難しいのです」
「どうして?」
「皇帝陛下とのお茶会だからです」
「またそれ?」
「大切なことです」
アシェルは苦笑しながら服を見る。
「これでいいんじゃない?」
彼が指差したのは、上品だが派手すぎないドレスだった。
「……」
シャーロットはじっと見る。
「確かに」
「でしょ?」
「これにします」
「よかった」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そのとき、レオニスがやってきた。
「失礼いたします。兄上、シャーロット嬢」
「レオニス」
「お二人でお選びになったのですか?」
「うん」
アシェルが答える。
「シャーロットが迷ってたから」
「なるほど」
レオニスはドレスを見て頷いた。
「よくお似合いになると思います」
「ありがとうございます」
「兄上も、当日はその服装で?」
「うん」
「では、私も合わせましょう」
「合わせる?」
「はい」
レオニスは当然のように答える。
「三人で庭園に出るのであれば、あまり服装の雰囲気が離れない方がまとまりがよいかと」
「そこまで考えてるの?」
「はい」
シャーロットは感心した。
「レオニス様、本当にしっかりされていますね」
「ありがとうございます」
その日の夕方、王宮では皇帝の側近たちが庭園の準備をしていた。
「陛下、本当に庭園でよろしいのですか?」
「構わん」
皇帝は執務机から顔を上げる。
「静かに茶を飲みたいのだ」
「ですが、第一皇子殿下と第二皇子殿下、それにシャーロット嬢も参加される予定です」
「うむ」
「……静かになるでしょうか?」
「ならないかもしれんな」
皇帝は楽しそうに笑った。
「だが、それも悪くない」
その頃シャーロットは自室で、明日の予定を紙に書いていた。『陛下にご挨拶。ティーカップについてお話しする。焼き菓子のお礼を聞く。長居しない』そして最後に大きく…『推しの休日を邪魔しない』
「完璧です」
満足して紙を閉じる。しかし翌朝、王宮からまた一通の知らせが届いた。
「お嬢様」
エミリーが困ったような顔で封書を差し出す。
「王宮からでございます」
「またですか?」
「はい」
シャーロットが封を開ける。そこには…。
『明日のお茶会について、皇帝陛下より一つお願いがございます』
「お願い……?」
シャーロットは続きを読む。
『もし可能であれば、シャーロット嬢の推し活について、少し話を聞かせてほしいとのことです』
「…………」
沈黙。
「……え?」
当然のようにシャーロットに呼び出されていたアシェルも横から手紙を見る。
「父上、推し活について聞きたいんだ」
「はい……」
「面白そうじゃない?」
「全然、面白くありません!」
シャーロットは顔を真っ赤にした。
「推し本人に、推し活について説明するのですか!?」
「そうなるね」
「無理です!」
「でも父上が聞きたいって」
「推しには、推し活を知られてはいけないのです!」
「昨日、贈り物を渡した時点でかなり知られてると思うよ」
「…………」
シャーロットは絶望した。さらにレオニスが静かに口を開く。
「シャーロット嬢、これは大変興味深い機会だと思います」
「レオニス様……」
「皇帝陛下が、シャーロット嬢の好きなものを知りたいとお考えなのです」
「……」
「でしたら、正直にお話しされるのがよいかと」
「でも……」
レオニスは少し微笑む。
「兄上も一緒です」
「……!」
シャーロットはアシェルを見る。
「そうだった……」
「僕もいるよ」
「では……」
シャーロットは拳を握った。
「頑張ります」
「うん」
「推しに推し活を説明するという、前代未聞の事態ですが……」
シャーロットは決意した。
「推しの休日を邪魔しない範囲で、頑張ります!」
そしてお茶会当日、皇帝の庭園には、すでに四人分の席が用意されていた。シャーロット、アシェル、レオニス、そして皇帝…のはずだった。
「……あれ?」
庭園の入口から、さらに一人の人物が歩いてくる。シャーロットは目を丸くした。
「どうして、ここに……?」
皇帝が苦笑する。
「私も知らなかった」
どうやら静かな休日のお茶会には、まだ参加者が増えるらしい。庭園に、爽やかな風が吹いていた。皇帝陛下の休日。そしてシャーロットにとっては、推しとのお茶会。本来なら、穏やかで静かな時間になるはずだった。少なくとも、シャーロットはそう思っていた。
「……どうして、第二皇子殿下までいらっしゃるのですか?少し離れた所から見るのでは?」
庭園の入口に立つ人物を見て、シャーロットが小声で呟く。
「私がお願いしたのです」
答えたのは、レオニスだった。
「……レオニス様?」
「はい」
9歳の第二皇子は、いつものように背筋を伸ばして立っている。
「昨日は遠くからと言いましたが、やはり私もご一緒したいと思い、父上にお願いしました」
「もちろん構わない」
皇帝が笑う。
「せっかくの休日だ。家族と親しい者で茶を飲むくらい、何も問題はない」
「ありがとうございます、父上」
レオニスは丁寧に礼をした。シャーロットもほっとする。
「よかったです」
「シャーロット嬢も、ありがとうございます」
「はい?」
「私も参加できることを楽しみにしておりました」
そう言って、レオニスは微笑む。その表情はいつもの堅さより少し柔らかい。シャーロットも嬉しくなった。
「私もです」
その隣で。
「……レオニス」
アシェルが少し呆れた声を出した。
「何でしょう、兄上」
「父上とのお茶会に参加するのはいいけど、『二人の時間を邪魔しない』って言ってなかった?」
「はい」
「じゃあ、なんで来たの?」
「兄上がいらっしゃるからです」
「それ、答えになってないよ」
レオニスは真顔だった。
「兄上とシャーロット嬢のお茶会を、私は応援しております」
「……」
アシェルが黙る。シャーロットも黙る。
「レオニス様」
「はい」
「もしかして……」
シャーロットが小声で尋ねる。
「私たちを応援することが、お好きなのですか?」
「はい」
即答だった。
「大好きです」
「……」
シャーロットは胸を押さえた。
「なんて素晴らしい弟様なのでしょう」
「兄上も、いつも頑張っておられますので」
「レオニス……」
アシェルは複雑そうな顔をした。その様子を見て、皇帝が笑う。
「仲が良いな、お前たちは」
「はい」
レオニスは即答する。
「私にとって、大切な兄です」
「……」
アシェルは少し照れたように顔を背けた。
「僕にとっても、大事な弟だよ」
シャーロットは微笑んだ。なんて平和なのだろう。これなら、きっと大丈夫。そう思った…しかし。
「では、座るとするか」
皇帝が席を指す、四人がテーブルにつく。シャーロットの向かいには皇帝、その隣にアシェル、レオニスは少し離れた位置。完璧だ、完璧な布陣だ。シャーロットは心の中で頷いた。これなら落ち着いてお茶が飲める。
「シャーロット嬢」
「はい!」
「そんなに緊張しなくてもよい」
「……申し訳ございません」
「いや、謝る必要はない」
皇帝が笑う。
「先日の贈り物が、とても嬉しかったのでな」
「……!」
「焼き菓子も美味かった」
「本当ですか?」
「ああ」
シャーロットの顔が輝く。
「よかったです!」
「ティーカップも使っている」
「……!」
シャーロットは完全に固まった。
「父上」
アシェルが苦笑する。
「シャーロット、嬉しすぎて話せなくなるよ」
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃない顔してる」
皇帝が楽しそうに笑った。
「そうか。そこまで喜んでもらえるとは、私も嬉しい」
「……」
シャーロットは俯いた。耳まで赤い。レオニスが静かに紅茶を飲みながら、そんなシャーロットを眺めている。今日もシャーロット嬢は可愛らしい。そして兄上も優しい。実に良いお茶会である。レオニスは、そんなことを考えていた。
「さて…」
皇帝が紅茶を一口飲んだ。
「今日は、少し聞きたいことがある」
「……」
シャーロットの背筋が伸びる。
「シャーロット嬢」
「はい」
「君は以前、私を『応援している』と言ってくれたな」
「……はい」
「それについて、少し興味がある」
「……」
シャーロットは固まった。来た、ついに。あの手紙に書かれていた質問。
「推し活とは何なのか」
皇帝が尋ねた。
「……」
シャーロットの頭の中が真っ白になる。
「その……」
「うむ」
「推し活というのは……」
言葉を探す。前世では当たり前だった言葉。けれど、この世界にはない概念。
「好きな人や、応援したい人を……」
「うん」
「自分のできる範囲で応援する活動です」
「なるほど」
皇帝が頷く。
「何か特別な資格などは必要なのか?」
「ありません」
「金銭は?」
「必ず必要というわけではありません」
「ほう」
「大切なのは、相手を応援したいという気持ちです」
シャーロットは少しずつ落ち着いてきた。
「たとえば、陛下がお仕事を頑張っておられることを知って、私も頑張ろうと思う」
「……」
「陛下が幸せそうにしておられたら、私も嬉しい」
「……」
「だから、私は陛下を応援しています」
皇帝は黙って聞いている。
「なるほど」
やがて、穏やかに笑った。
「それは…悪くないものだな」
「はい」
「では、君にとって私は『推し』ということか?」
「……っ!」
シャーロットの動きが止まった。皇帝本人の口から、その言葉が出た。
「……」
「シャーロット?」
「……はい」
シャーロットは顔を真っ赤にした。
「そうです」
小さな声。
「陛下は…私の推しです」
アシェルが紅茶を吹きそうになる。レオニスは静かに目を輝かせた。皇帝はというと。
「そうか」
と優しく笑った。
「では、私は随分と幸せな男だな」
「……!」
シャーロットは完全に沈黙した。心臓が大変なことになっている。アシェルは額を押さえた。
「父上、そういうことを平然と言うから…」
「何か問題があるか?」
「いや、ないけど」
レオニスが静かに口を開く。
「父上」
「何だ?」
「シャーロット嬢が倒れます」
「……」
皇帝がシャーロットを見る。
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
即答。
「私は元気です!」
「そうか」
皇帝はまた笑った。
「ならばよかった」
シャーロットは心の中で叫んでいた。
(推しが!推し本人が!私の推し活を肯定してくださった!)
前世の自分が知ったら、きっと驚くだろう。まさか転生した先で、自分の推しに、推し活について説明する日が来るなんて。しかし、まだ終わらない。
「では、もう一つ聞いてもよいか?」
「はい」
「推しを応援する際には、何をするのだ?」
「え?」
「君は私を応援しているのだろう?」
「はい」
「ならば、普段は何をしている?」
「……」
シャーロットは考えた。そして…。
「……健康を願っています」
「健康?」
「はい」
「それだけ?」
「とても重要です」
シャーロットは真剣だった。
「推しには長く元気でいていただかなければなりません」
「なるほど」
「それから、無理をなさらないよう願っています」
「……」
「お仕事が大変なときは、しっかり休んでいただきたいです」
「……」
「そして…」
シャーロットは少し微笑む。
「陛下が幸せでいられることを願っています」
皇帝は、しばらく何も言わなかった。やがて…。
「……そうか」
その声は、先ほどより少しだけ柔らかかった。
「ありがとう、シャーロット嬢」
「はい」
庭園に、穏やかな風が吹く。花が揺れ、紅茶の香りが漂う。まるで理想的な休日だった。…そのはずだった。しかし庭園の向こうから。
「陛下!」
慌ただしい声が響いた。皇帝が眉を上げる。
「どうした?」
侍従が駆け寄ってくる。
「申し訳ございません。急ぎご報告が…」
「ここで構わん」
「はい」
侍従は一礼した。
「実は、陛下への面会を希望される方が、すでに何名も王宮へ……」
「……」
シャーロットの表情が変わった。
「何名も?」
「はい」
皇帝がため息をつく。
「今日は休日だと伝えてあるはずだが」
「皆様、どうしても陛下にお会いしたいと」
シャーロットは静かに拳を握った。『推しの休日を邪魔してはいけない』これは推し活の基本。
「陛下」
「何だ?」
「私に、できることはありますか?」
皇帝が少し驚いたようにシャーロットを見る。
「……君は本当に、変わった子だな」
「推しの休日を守るのも、推し活ですから」
「ふむ」
皇帝は笑った。
「では、少し相談するとしようか」
こうして穏やかな休日のお茶会は、思いもよらない方向へ進み始めた。
「では、確認いたします」
トリスタンが静かに口を開いた。いつの間にか庭園にやって来ていた王宮執事は、皇帝の前で一礼する。
「現在、陛下への面会を希望されている方は、十二名でございます」
「十二名…」
シャーロットの顔が曇った。
「休日なのに?」
「はい」
「皆様、陛下がお休みだとご存じなのですよね?」
「もちろん存じております」
トリスタンは穏やかに答えた。
「そのうえで、『少しだけ』とのことです」
「少しだけ……」
シャーロットは眉間に皺を寄せた。
「それが一番危険です」
アシェルが紅茶を飲みながら尋ねる。
「どうして?」
「少しだけと言って、一人で終わるとは限らないからです」
「確かに」
レオニスも頷いた。
「一人を許せば、他の方々も『自分も少しだけ』となる可能性があります」
「その通りです」
シャーロットが勢いよく頷く。
「さすがレオニス様!」
「ありがとうございます」
レオニスは真顔だった。
「兄上」
「何?」
「これは兄上の出番ではないでしょうか」
「僕?」
「はい」
「どうして?」
「第一皇子である兄上が、『本日は父上の休日です』とお伝えになれば、皆様も納得されるかと」
「……」
アシェルは少し考えた。
「確かに、それなら僕にもできるかも」
「お待ちください」
シャーロットが手を上げる。
「それだけでは不十分です」
「え?」
「陛下のお休みを守るには、代替案が必要です」
「代替案?」
「はい」
シャーロットは立ち上がった。
「ただ『会えません』では、皆様も納得しづらいでしょう」
庭園にいた全員がシャーロットを見る。
「ですから…」
シャーロットは真剣な顔で言った。
「推しの休日を守るための代替イベントを開催しましょう」
「…………」
アシェルが固まる。レオニスが瞬きをする。皇帝は笑った。
「面白そうだな」
「陛下!」
「何だ?」
「面白そうではなく、休んでください!」
「ははは」
皇帝は楽しそうに笑う。
「だが、君の言うことも一理ある」
トリスタンが静かに頷いた。
「では、陛下への面会を希望されている方々には、庭園ではなく別室へお通しし、私が対応いたしましょう」
「それがよい」
皇帝が頷く。ところが…。
「しかし…」
トリスタンが続ける。
「皆様、陛下へ直接お渡ししたいものがあるそうでございます」
「贈り物?」
「はい」
シャーロットの目が鋭くなる。
「……推しへの贈り物」
「はい」
「それは困りました」
「何が?」
アシェルが尋ねる。
「せっかくのお休みに、たくさんの贈り物を受け取られることになります」
「でも、贈り物なら受け取るだけでいいんじゃない?」
「いえ」
シャーロットは首を横に振った。
「推し活において、推しの負担を増やしてはいけません」
「……なるほど」
「ですから、贈り物は一度こちらでお預かりして、陛下が後ほどゆっくり確認できるようにしましょう」
トリスタンが微笑んだ。
「大変よいお考えです」
「ありがとうございます」
「ですが、お嬢様」
「はい?」
「その場合、贈り物の管理が大変になるかと」
「……」
シャーロットは考える。
「では、仕分けをしましょう」
「仕分け?」
「陛下がすぐ確認する必要があるものと、後日でも問題ないものに分けます」
「お嬢様」
エミリーが小さく手を上げた。
「危険物の確認も必要では?」
「……そうですね」
シャーロットは頷く。エミリーはクラシカルなメイド服の袖口から小さな道具を取り出した。
「こちらを使用すれば、簡単な確認ができます」
「エミリー」
アシェルが目を細める。
「それ、メイドが持つもの?」
「護衛も兼ねておりますので」
「そうだったね……」
シャーロットは気にせず頷いた。
「ではお願いします」
「お任せください」
その光景を見ていたルイスが、感心したように頷く。
「推し活とは、なかなか奥が深いですね」
「ルイス様」
シャーロットが振り返る。
「推し活には、いろいろな形があります」
「勉強になります」
「ちなみに、ルイス様は最近どうですか?」
「はい」
ルイスの表情が少し明るくなる。
「先日、第一騎士団団長が新しい剣技を披露されまして」
「はい」
「素晴らしかったです」
「それは良かったですね」
「はい。私は遠くから見守っておりました」
シャーロットは嬉しそうに笑った。
「立派な推し活です」
「ありがとうございます!」
その横で、レオニスが静かに拍手する。
「ルイス殿、よかったですね」
「ありがとうございます、殿下!」
すると皇帝が苦笑した。
「いつの間に、私の休日を守る話が推し活講座になったのだ?」
「申し訳ございません」
シャーロットは深く頭を下げた。
「ですが、陛下」
「うむ」
「推し活とは、推しだけを見ることではありません」
「ほう」
「推しが安心して過ごせる環境を作ることも、応援の一つです」
皇帝はしばらく黙った。
「……なるほど」
やがて、優しく笑った。
「君に応援されるというのは、なかなか幸せなことらしい」
「……!」
シャーロットの顔が赤くなる。
「陛下……」
「父上」
アシェルが苦笑した。
「またシャーロットが固まりますよ」
「そうなのか?」
「はい」
「なら、気をつけよう」
皇帝は楽しそうに笑った。その後、アシェルが面会希望者たちのもとへ向かい、トリスタンが贈り物を預かる。エミリーが安全確認を行い、ルイスはなぜか嬉々として荷物運びを手伝い始めた。レオニスは大人たちのやり取りを静かに見ながら、必要なところだけ口を挟んでいく。
「こちらは陛下へ直接お渡ししたいものとのことですので、後ほど確認される箱にまとめてはいかがでしょう」
「承知しました、殿下」
「こちらは書状です。急ぎの案件でないなら、明日以降でよいかと思います」
「かしこまりました」
9歳とは思えないほど的確だった。皇帝がその様子を眺める。
「レオニス」
「はい、父上」
「お前は随分と頼もしくなったな」
「ありがとうございます」
レオニスは一礼する。
「ですが、本日は父上のお休みですので」
「うむ」
「できる限り、私たちでお守りいたします」
シャーロットも頷いた。
「はい!」
アシェルも戻ってくる。
「だいたい終わったよ」
「ありがとうございます、兄上」
「レオニスも助かった」
「いえ」
レオニスは微笑む。
「兄上のお役に立てたのであれば、嬉しく思います」
アシェルが弟の頭を軽く撫でた。
「ありがとう」
「……兄上」
「何?」
「人前では少々恥ずかしいです」
「ごめん」
その様子を見たシャーロットは、胸を押さえた。
「……尊い」
「シャーロット?」
「何でもありません」
レオニスがこちらを見る。
「シャーロット嬢」
「はい?」
「今、何か仰いましたか?」
「いいえ」
「そうですか」
レオニスは納得したように頷く。だがシャーロットは知らなかった。レオニスもまた、心の中で同じ言葉を呟いていたことを。
(兄上もシャーロット嬢も、本日も大変素晴らしいです)
こうして皇帝の休日を守る作戦は、順調に進んでいた。しかし…。
「陛下」
トリスタンが一通の書状を差し出す。
「最後に一件、面会を希望されている方がおります」
「誰だ?」
「第一騎士団団長でございます」
「……」
ルイスの動きが止まった。
「……団長?」
シャーロットも振り返る。そしてルイスを見る。
「ルイス様」
「はい」
「これは……」
「……推しです」
ルイスは真顔だった。庭園の空気が、一瞬で変わった。
「まさか」
シャーロットが呟く。
「推しが、推しの休日を邪魔しに来るなんて……」
ルイスは真剣な顔で言った。
「私は…どうすればよいのでしょう?」
皇帝が笑いを堪える。アシェルは額を押さえた。レオニスは静かに考える。そして…。
「これは難しい問題ですね」
第二皇子の呟きが、庭園に響いた。推しの休日を守るはずが…今度は、推しを守るために推し活仲間の推しと戦うことになるのか。シャーロットたちの休日は、さらに予想外の方向へ転がり始めていた。第一騎士団団長が、皇帝陛下の休日に面会を希望している。その事実に、庭園の空気が一変した。
「……」
ルイスは固まっている。
「……」
シャーロットも固まっている。
「……」
アシェルは、二人を交互に見ている。
「……」
レオニスは冷静に紅茶を飲んでいる。そして皇帝だけが、面白そうに笑っていた。
「ルイス」
「はい……」
「お前の師匠だろう?」
「はい」
「会わなくていいのか?」
「……会いたいです」
ルイスは即答した。
「ものすごく会いたいです」
「では、呼べばよい」
「しかし!」
ルイスが勢いよく立ち上がる。
「本日は陛下のお休みです!」
「……」
「私は、陛下のお休みを守るためにここにおります!」
シャーロットが目を輝かせた。
「素晴らしいです、ルイス様!」
「ありがとうございます!」
「推しに会いたい気持ちより、推しの休日を守ることを優先する!」
「はい!」
「立派な推し活です!」
「はい!」
アシェルは呆れたように笑った。
「なんで二人ともそんなに熱くなってるの?」
「推し活とはそういうものです」
「そうなんだ……」
するとトリスタンが口を開いた。
「ただし、今回の団長閣下の面会希望には、少々事情があるようでございます」
「事情?」
皇帝が尋ねる。
「はい」
トリスタンが書状を開く。
「第一騎士団の今後の訓練計画について、陛下に確認したい事項があるとのことです」
「仕事ではないか」
「はい」
「それなら、話を聞こう」
皇帝は立ち上がった。
「休日とはいえ、必要な仕事を全て拒むつもりはない」
「ですが……」
シャーロットが心配そうに皇帝を見る。
「お疲れになりませんか?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
皇帝は微笑む。
「君は心配性だな」
「推しですから」
「……そうか」
皇帝は少し笑った。
「それなら、ありがたく心配されておこう」
シャーロットは真っ赤になった。アシェルが小声で呟く。
「父上、最近シャーロットへの返しが上手くなってない?」
「そう?」
「うん」
レオニスが静かに頷く。
「父上も、シャーロット嬢との会話を楽しまれているようです」
「そうだね」
皇帝は少し離れたところへ移動する。やがて、庭園の入口から一人の騎士が歩いてきた。
「陛下」
第一騎士団団長、60歳を超えた屈強な男だった。長年帝国の剣として戦ってきた人物であり、ルイスの剣術の師でもある。
「休日に申し訳ございません」
「構わん」
「ありがとうございます」
団長は一礼する。ルイスは少し離れた場所で直立していた。目が輝いている。明らかに、ものすごく嬉しそうに。シャーロットが隣から小声で尋ねた。
「ルイス様」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「はい」
「顔がすごいことになっています」
「……失礼いたしました」
ルイスは咳払いをした。
「私は護衛騎士です」
「はい」
「本日は陛下の安全を守ることだけを考えます」
「はい」
「決して師匠を見て喜んでいるわけではありません」
「……」
「……少ししか」
シャーロットは笑いを堪えた。
「頑張ってください」
「ありがとうございます」
その頃、団長と皇帝の話し合いは順調に進んでいた。
「来月の訓練についてですが…」
「うむ」
「第一騎士団では、新しい訓練場を…」
「それでよい」
「ありがとうございます」
話は短時間で終わった。
「他には?」
「ございません」
「では、今日はもうよい」
「はっ」
団長が礼をする。そして帰ろうとした、そのとき…。
「……」
ふと、ルイスと目が合った。
「ルイス」
「はい!」
ルイスの背筋が伸びる。
「久しいな」
「お久しぶりです、師匠!」
団長が少し笑った。
「最近はどうだ?」
「はい! 日々鍛錬しております!」
「そうか」
「はい!」
その二人のやり取りを、シャーロットは遠くから見ていた。そして…。
「……いいですね」
思わず呟く。
「何が?」
アシェルが尋ねる。
「推しとの交流です」
「なるほど」
「ルイス様にとって、今日は最高の日なのではないでしょうか」
「たぶんね」
レオニスも頷く。
「ルイス殿は、とても嬉しそうです」
「はい」
シャーロットは微笑む。
「それなら、私も嬉しいです」
やがて団長が帰ろうとする。
「では、失礼いたします」
「うむ」
そのときルイスが声を上げた。
「師匠!」
団長が振り返る。
「何だ?」
「……」
ルイスは少し迷った。そして…。
「本日は、お会いできて嬉しかったです」
「そうか」
「はい」
団長は少し驚いたように目を細めた。
「お前も、随分と素直になったな」
「……!」
ルイスが固まる。
「では、また鍛錬場でな」
「はい!」
団長が去っていく。ルイスはしばらく、その背中を見つめていた。
「……」
シャーロットが近づく。
「ルイス様」
「…はい」
「よかったですね」
「……はい」
「推しに会えて」
「はい……」
ルイスは少しだけ目を潤ませながら笑った。
「本当に…よかったです」
シャーロットは微笑んだ。
「これも立派な推し活ですね」
「はい!」
そこへ皇帝が戻ってくる。
「何やら楽しそうだな」
「はい!」
ルイスが答える。
「師匠とお話しできました!」
「それはよかった」
皇帝は笑う。そしてシャーロットに目線を移す。
「シャーロット嬢」
「はい?」
「君のおかげで、私も一つ気づいたことがある」
「何でしょう?」
「人に応援されるというのは、悪くないものだな」
「……」
シャーロットは嬉しそうに笑った。
「はい」
「そして、応援する側も楽しそうだ」
「はい!」
「ならば…」
皇帝は庭園を見渡す。
「今日くらいは、皆で楽しむとしよう」
「……!」
シャーロットの顔が輝く。
「よろしいのですか?」
「ああ」
「では!」
シャーロットは立ち上がった。
「推しの休日を邪魔しない範囲で、楽しみましょう!」
「うん」
アシェルも笑う。レオニスも頷いた。
「賛成です」
そして、トリスタンが微笑む。
「では、お茶菓子を追加いたしましょう」
「私も手配いたします」
「ありがとうございます!」
穏やかな休日。ようやく、本当の意味で始まった。ところがエミリーが、少し遠慮がちに手を上げる。
「……あの、お嬢様」
「はい?」
「私からも、一つご相談がございます」
「何でしょう?」
エミリーは少しだけ頬を赤くした。
「私も……推しを作ってみたいのですが」
「……!」
シャーロットの目が輝く。
「エミリー!」
「はい」
「ついにですか!」
「はい……」
「素晴らしいです!」
シャーロットは立ち上がった。
「では、推し活講座を始めましょう!」
「……」
アシェルが額を押さえた。
「シャーロット」
「はい?」
「父上の休日を守る話は、どこへ行ったの?」
「……」
シャーロットは考える。
「推しの休日を守りながら、新しい推しを探すこともできます」
「そういう問題じゃないと思う」
レオニスが静かに頷いた。
「ですが兄上」
「何?」
「シャーロット嬢が楽しそうです」
「……」
「ならば、よいのではないでしょうか」
「レオニスまで……」
皇帝が笑う。
「アシェル」
「はい」
「諦めろ」
「父上まで!」
庭園に笑い声が広がった。しかしエミリーの「推し探し」は…この後、思いもよらぬ人物を巻き込むことになる。そしてシャーロットはまだ知らない。今日の茶会が、彼女自身の推し活だけではなく、仲間たちの推し活まで大きく変えてしまう一日になることを。
皇帝陛下の庭園に、再び穏やかな空気が戻ってきた。先ほどまでの慌ただしさが嘘のようだ。皇帝は紅茶を飲み、アシェルは焼き菓子をつまみ、レオニスは静かに庭の花を眺めている。シャーロットも、ようやく肩の力を抜いた。
「……平和です」
「今日は何度目?」
アシェルが笑う。
「大切なことですから」
シャーロットは答えた。
「推しの休日が平和であること。それが何よりです」
「君は本当に父上のことが好きなんだね」
「はい」
シャーロットは迷いなく答える。
「大好きです」
「……」
アシェルは一瞬黙った。だが、すぐに苦笑する。
「まあ、知ってるけど」
その横で、レオニスが小さく頷いた。
「私も、シャーロット嬢の推し活は素晴らしいと思います」
「ありがとうございます、レオニス様」
「ですが、一つだけ気になることがあります」
「何でしょう?」
「シャーロット嬢は、皇帝陛下を推しておられますよね」
「はい」
「では、兄上は?」
「……」
アシェルが固まった。
「僕?」
「はい」
「僕は推されてないよ」
「そうでしょうか?」
レオニスは首を傾げた。
「シャーロット嬢は、兄上と一緒に推し活をされることが多いです」
「それは巻き込まれてるだけだよ」
「ですが…」
レオニスは真面目な顔で続ける。
「兄上は、いつもシャーロット嬢のために動いておられます」
「……」
「本日のように」
「……」
「とても優しいと思います」
アシェルが少し照れた。
「弟に褒められると、なんか恥ずかしいな」
「事実ですので」
シャーロットも頷く。
「確かに、アシェル様にはいつもお世話になっています」
「そう?」
「はい」
「なら……」
アシェルは少し考えてから言った。
「これからも、できる範囲では協力するよ」
「ありがとうございます!」
シャーロットが笑う。その瞬間、レオニスの表情がほんの少しだけ緩んだ。
(やはり、お二人は素晴らしいです)
彼にとっては、それだけで満足だった。すると皇帝が声をかける。
「シャーロット嬢」
「はい!」
「今日は楽しかったか?」
「……!」
シャーロットは胸を張る。
「はい!」
「そうか」
「とても楽しかったです」
「それなら、私も嬉しい」
皇帝は微笑んだ。
「次の休日も、また茶を飲みに来るとよい」
「……」
シャーロットの動きが止まった。
「……次も?」
「ああ」
「……陛下」
「何だ?」
「それは……」
シャーロットは拳を握る。
「推し活の継続ということでしょうか?」
皇帝が一瞬黙る。
「……そうなるのか?」
「はい!」
即答だった。
「では、喜んで!」
「そうか」
皇帝は笑う。
「楽しみにしておこう」
「私もです!」
シャーロットは満面の笑みを浮かべた。アシェルはその様子を見て笑い、レオニスも静かに頷く。こうして皇帝陛下の休日は、無事に守られた。ただし、シャーロットの「推し活講座」は、まだ終わっていなかった。
「さて!」
シャーロットがエミリーを見る。
「エミリーの推し探しです!」
「はい!」
なぜかエミリーも楽しそうだった。
「まず、どんな方を応援したいですか?」
「そうですね……」
エミリーは考える。
「強い方でしょうか」
「なるほど」
「頼りになる方で」
「はい」
「仕事ができて」
「はい」
「できれば、無口で」
「……」
シャーロットが少し考える。
「エミリー」
「はい?」
「それ、かなり具体的ではありませんか?」
「そうでしょうか?」
「はい」
シャーロットは首を傾げる。
「もしかして、すでに気になる方がいるのでは?」
「……」
エミリーが黙った。シャーロットの目が輝く。
「いるのですね?」
「……少しだけ」
「誰ですか!?」
「まだ秘密です」
「そんな!」
シャーロットが身を乗り出す。アシェルが笑った。
「エミリーも隠し事するんだね」
「お嬢様の護衛を務める者として、秘密の一つや二つは必要ですので」
「なるほど」
レオニスが感心したように頷く。
「さすがエミリー殿です」
「ありがとうございます、殿下」
そしてルイスも少し考えていた。
「私も、推し活を続けようと思います」
「もちろんです!」
「師匠の次の試合も見に行きたいと思います」
「素晴らしいですね」
「ただ…」
ルイスが困った顔をする。
「仕事の都合で、見に行けない場合もあります」
「それでいいのです」
シャーロットは優しく答えた。
「推し活は、生活を大切にしながらするものですから」
「……!」
ルイスが深く頷く。
「はい」
「推せるときに推す」
「はい」
「無理をしない」
「はい」
「推しの幸せを願う」
「はい」
「そして、自分も幸せになる」
「……!」
ルイスの顔が明るくなる。
「分かりました!」
「それが推し活です」
皇帝は、その様子を静かに見ていた。
「なるほどな」
「陛下?」
「君の言う『推し活』というものが、少し分かった気がする」
シャーロットは微笑んだ。
「はい」
「誰かを応援することで、自分も前向きになれる」
「そうです」
「ならば、良いものだな」
「はい!」
シャーロットは嬉しそうに頷いた。
その後、空が少しずつ夕焼けに染まり始めた。
「そろそろ戻る時間だね」
アシェルが立ち上がる。
「はい」
シャーロットも立つ。
「本日はありがとうございました、陛下」
「こちらこそ」
皇帝が微笑む。
「また来なさい」
「はい!」
レオニスも一礼する。
「本日はありがとうございました、父上」
「レオニスも、また来るとよい」
「ありがとうございます」
最後にアシェル。
「父上、ゆっくり休んでね」
「ああ」
四人が庭園を後にする。少し歩いたところで。
「シャーロット嬢」
レオニスが声をかけた。
「はい?」
「本日の推し活は、成功だったのではないでしょうか」
「……!」
シャーロットは嬉しそうに笑った。
「はい!」
「父上も楽しまれていたようです」
「はい!」
「兄上も」
「うん」
アシェルが頷く。
「僕も楽しかったよ」
「……」
シャーロットは二人を見る。
「では」
小さく拳を握る。
「大成功です!」
「おめでとうございます」
レオニスが拍手する。
「ありがとう、レオニス様!」
その光景を少し離れた場所から見ていたトリスタンが、穏やかに微笑んだ。今日も皇帝の休日は守られた。推しに無理をさせることなく、自分たちも楽しみながら。そして、誰かを蹴落とすこともなく。ただ好きな人の幸せを願い、自分のできる範囲で応援する。それがシャーロットの推し活だった。帰宅後、シャーロットはいつものように日記を開いた。
『本日、陛下とお茶をした。陛下はとても楽しそうだった。推しの休日を邪魔しないことは大切。でも、推しと一緒に楽しい時間を過ごすことも大切。今日も推せて幸せでした』
ペンを置く。
「……完璧です」
その頃、皇宮では。
「父上」
レオニスが尋ねていた。
「今日のお茶会はいかがでしたか?」
「楽しかったぞ」
「それは何よりです」
レオニスは満足そうに頷いた。アシェルも隣で笑う。
「またシャーロットとお茶したい?」
「ああ」
「じゃあ、また誘えばいいよ」
「そうしよう」
そして翌朝、シャーロットのもとへ、また一通の手紙が届いた。
『次の休日、また庭園で茶を飲まないか』
「…………」
シャーロットは手紙を握りしめた。
「……推しから、次のお誘いが来ました」
「よかったね」
アシェルが笑う。
「はい!」
シャーロットは満面の笑みを浮かべる。
「次回の推し活計画を立てましょう!」
「えっ」
「兄上」
レオニスが静かに頷く。
「今回もご協力をお願いいたします」
「……やっぱり僕も巻き込まれるんだ」
「もちろんです」
シャーロットとレオニスが同時に頷いた。
「……分かったよ」
アシェルは諦めたように笑った。こうして皇帝陛下を推す侯爵令嬢と、その仲間たちの毎日は、また少しだけ賑やかになった。推しの休日を邪魔してはいけません。けれど推しと過ごす休日は、もっと大切にしたい。そんなことを学んだ、穏やかで楽しい一日だった。




