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『陰の気…』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/08

彼女は、自分を根暗だと思ったことがなかった。


むしろ、自分は普通だと思っていた。


明るすぎもしない。

暗すぎもしない。

人付き合いも、それなりにする。


「私、別にネガティブじゃないから」


彼女はよくそう言った。


ただ、彼女の口から出てくる話には、いつも少しだけ影があった。


友人が昇進すれば、


「でも、仕事ばっかりで大変そう」


誰かが家を買えば、


「ローン、大丈夫なのかな」


娘が楽しそうに出かけたと聞けば、


「最近の子って、親への感謝がないんだよね」


夫が休日にゴルフへ行けば、


「家族より自分の楽しみが大事なんじゃない?」


何か嬉しいことが起きても、彼女は必ずその裏側を探した。


幸せそうな人を見れば、その幸せがいつか壊れる理由を考えた。


そして自分に嫌なことが起きれば、それは誰かのせいだった。


「私だって、好きでこうなったわけじゃない」


「私ばっかり我慢してきた」


「誰も私の気持ちを分かってくれない」


彼女は、自分のことを繊細な人間だと思っていた。


だから、人の言葉によく傷ついた。


夫が疲れていて口数が少なければ、


「怒ってる?」


と聞いた。


「別に」


そう答えられると、


「じゃあ、なんでそんな態度なの?」


と不機嫌になった。


夫が説明すればするほど、彼女は傷ついた。


そして傷ついた自分を見て、


「ほら、やっぱり私は大切にされてない」


と思った。


彼女は知らなかった。


自分が人の心を少しずつ疲れさせていることを。


彼女と話したあと、なぜか気分が沈む。


彼女と食事をしたあと、なぜか自分の人生までつまらなく思える。


彼女に相談をすると、励ましてもらうどころか、新しい心配事を一つ増やされる。


けれど彼女には、それが分からなかった。


「私はちゃんと話を聞いてあげてるだけ」


そう思っていた。


ある日、久しぶりに会った友人から、


「なんか、昔より明るくなったね」


と言われた。


彼女は笑った。


「そう? 私、昔から明るいよ」


友人は少し黙って、


「うん……そうだね」


と答えた。


それ以上は何も言わなかった。


やがて、彼女の周りから人が減っていった。


友人からの誘いは減った。


家族も必要なことしか話さなくなった。


夫との会話もなくなった。


それでも彼女は、自分に原因があるとは思わない。


「みんな冷たくなった」


そう言って、また一人で傷ついた。


そして、静かになった部屋で思った。


――誰も何も分かってくれない。


誰も私を大切にしてくれない。


また一つ、陰の気が生まれた。


彼女は知らない。


彼女のいる場所には、陰の気を生産し続けている何かが、必ずある、ということを。


それには、彼女と同じ名前がついている。


けれど、


彼女は今日も、


「私は普通」


と思いながら、


せっせと陰の気を生み出し続けていくのだろう。

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