赤面決闘!【短編】②学園最強の氷の王子を赤面させたら私の勝ちですわ!
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
第2話 家庭的女子作戦ですわ!
【作戦② 家庭的女子作戦】
成功率 98%(セレナ予想)
『男の方は、手料理に弱いそうですわ!』
◇
静寂が支配する放課後の図書館。
アルベルト・フォン・グラナートは、窓際の席で優雅に本を読んでいた。
ただ読書をしているだけなのに、遠巻きの女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。
「今日も素敵……」
「やっぱり生徒会長は絵になりますわ……」
しかし、当の本人はそんな視線など気にも留めない。
その時。
彼の持つ本がふいっと手から浮かび上がり、ふらふらと奥の『禁書保管庫』へと飛んでいった。
「……魔法か?」
アルベルトは瞬時に警戒し、静かにその本の後を追った。
その動きは一切の無駄がなかった。
重い扉を押し開け、薄暗い保管庫へと足を踏み入れる。
――その瞬間。
景色が一変した。
どこまでも続く青い空。
優しく揺れる草原。
頬を撫でる心地よい風。
その真ん中で、一人の少女が満面の笑みを浮かべ、大きく手を振っていた。
「アルベルト様ぁー!」
セレナ・エヴァンスだった。
白いクロスの上には、籠と大きな重箱。
「お待ちしておりましたわ!」
その時。
カーン!!
澄んだ鐘の音が草原に響き渡る。
『赤面決闘、開始!』
私は心の中でガッツポーズを決めた。
(ふふふ……。)
(作戦は大成功ですわ!)
(ここまで来たら、もう逃げられませんわね!)
アルベルト様は周囲を見回し、小さく息を吐く。
「……転送魔法か。」
「はい!」
私は胸を張る。
「私の得意魔法なんです!」
(驚きましたわね?)
(今日はいつもの私とは違いますわよ!)
「どうぞ!」
私は隣をぽんぽんと叩いた。
「こちらへお座りくださいませ!」
アルベルト様は一瞬だけ私を見る。
(近すぎる。)
(理性を保てるか…。)
(だが……。)
(断れるわけがない。)
「……失礼する。」
どさり、と私の隣へ腰を下ろした。
(よしっ!)
(第一関門突破ですわ!)
私は嬉しくなって重箱を抱えた。
「実は今日は!」
「アルベルト様にお弁当を召し上がっていただこうと思いまして!」
ぱかっ。
蓋を開ける。
色とりどりのおかずが並んでいた。
ハートの卵焼き。
ハートのソーセージ。
ハートのミートボール。
ハート型の人参。
「今回は家庭的な女の子がテーマですわ!」
満面の笑みで胸を張る。
「この作戦で落ちない男性はいないと、本に書いてありました!」
(勝ちましたわね。)
(今回は間違いありませんわ。)
アルベルト様は無言でお弁当を見つめる。
(……全部、ハートだ。)
(か…可愛い。)
(可愛すぎる。)
(心臓がもたない。)
表情は変えず、静かにフォークを手に取る。
一口。
(美味しい……。)
(二口目を食べたら、幸せで倒れるかもしれない。)
「お味はいかがですか?」
「……感無量だ。」
「え?」
「いや。」
アルベルト様は咳払いをした。
「非常に美味しい。」
「本当ですか!」
私はぱあっと笑顔になる。
「家には料理人がおりませんので、お母様と私で作るんです。」
「このミートボール、自信作なんですよ!」
アルベルト様のフォークが止まった。
(食べたい。)
(だが……。)
(もったいない。)
(彼女が私のために作った料理だ。)
(一つ一つ、大切に味わいたい。)
その様子を見た私は青ざめる。
(えっ!?)
(止まりましたわ!?)
(まさか……。)
「あ、あの……。」
「お口に合いませんでした?」
(そんな……。)
(今回も失敗ですの!?)
その時だった。
バサァァッ!!
巨大な魔鳥が空から急降下し、重箱のおかずを大きな爪で掴むと、そのまま空高く舞い上がった。
「きゃあぁっ!」
私は思わず立ち上がる。
アルベルトも、ゆっくりと腰を上げた。
その表情は、何一つ変わらない。
だが――。
草原を吹き抜けていた風が、ぴたりと止んだ。
周囲の空気が、一瞬で冷え込む。
(……え?)
私は思わず息を呑んだ。
アルベルトの足元から、白い冷気が静かに広がっていく。
「……おのれ。」
低く、押し殺した声だった。
足元の散らばった料理に目をやる。
「生かしてはおけん。」
静かに右手を掲げる。
その瞬間、指先へ青白い魔力が渦を巻き始めた。
空気中の水分が一斉に凍りつき、無数の氷の粒が舞い上がる。
やがて、それらは一本の巨大な氷槍となってアルベルトの頭上へ現れた。
「――《氷帝槍》」
凍てつく殺気が、魔鳥へ向けられる。
放たれれば、一撃。
魔鳥に逃げ場はない。
「ダメです!」
私は反射的にアルベルトの腕へ抱きついた。
「……エヴァンス嬢?」
「気にしないでくださいませ!」
私は首を横に振る。
「きっと、お腹が空いていたんです。」
「また作れば済むことですわ。」
「命まで奪う必要なんてありません。」
アルベルトはしばらく魔鳥を見つめていた。
やがて静かに目を閉じ、小さく息を吐く。
「……そうか。」
次の瞬間、巨大な氷槍は音もなく砕け散り、無数の光となって草原へ消えていった。
そして草の上へ視線を落とす。
落ちた料理を一つずつ拾い始めた。
「アルベルト様?」
「おやめください!」
アルベルトは答えない。
重箱へ戻した料理を静かに口へ運ぶ。
(彼女が朝早く起きて作った料理だ。)
(一つも無駄にはできない。)
私は思わず息を呑んだ。
(どうして……。)
(そんなに大事にしてくださるんですの……。)
胸が、どくんと鳴る。
全部食べ終えたアルベルトは、静かに立ち上がった。
「……美味しかった。」
その一言だけで十分だった。
(な、何ですの……。)
(そんな顔で言われたら……。)
(反則ですわ……。)
しかし、アルベルトの顔は、大理石のように冷たくて綺麗なまま。
今回も、びくともしていませんわ……!
アルベルトはほんのわずかに口元を緩めた。
「だが。」
「今回も私の勝ちだ。」
カーン! カーン! カーン!
「また負けましたわぁぁぁ!」
『タイムアップ。防衛成功により、勝者アルベルト・フォン・グラナート』
◇
その夜。
私はベッドへ倒れ込んだ。
「手料理まで効きませんでしたの……。」
枕をぎゅっと抱き締める。
だが、次の瞬間には勢いよく起き上がった。
「ですが!」
「まだ終わりではありませんわ!」
「とうとう、あの作戦を使うしかありませんわね!」
私は不敵に笑った。
その作戦が、さらなる波乱を呼ぶことになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。
◇
生徒会長室。
アルベルトは、いつものように優雅な手つきで紅茶を口へ運ぶ。
その傍らに立つライナーは、小さくため息をついた。
「まさか、お弁当を盗まれた程度で……。」
「学園最強と名高い閣下の最大級氷結魔法をご使用になろうとなさるとは。」
「魔鳥も、とんでもない相手に目を付けたものです。」
アルベルトは紅茶を一口飲むと、静かに目を閉じた。
「……エヴァンス嬢が。」
「私の腕に抱きついてきた瞬間は、今でも忘れられない。」
「実に、良き日だった。」
「 …………… 」
ライナーは無言で主人を見つめる。
(私の話を、一言も聞いておられませんね。)
今日もまた、生徒会長は平常運転だった。




