【第1話】武器のない朝
元傭兵が平和な世界作っちゃダメですか?
冬希 凛
プロローグ
血と硝煙の匂いが、夜の空気に溶けていた。静まり返った戦場に立つ俺の手には、一本のナイフだけが残っている。弾薬が底をつき、使い物にならない銃を捨てた。
刃は欠け、柄は血と脂で持つこともままならない。それでも、手放す気にはなれなかった。この一本のナイフで、ここまで生き延びてきた。数えきれないほどの命を奪ってきた。
周囲に敵の気配はもうない。いや、見えている敵はいない、というだけだ。背中に、言葉にできない緊張が走る。戦場で何度も感じてきたあの感覚。殺意でも、敵意でもない。ただ『排除される』という予感。
「やりすぎたか」
思わず、乾いた笑いが漏れた。この国のために傭兵として戦い、依頼を完遂し、結果を出し続けただけだ。それでも、力を持ちすぎた存在は、いつの時代も疎まれる。
その瞬間だった。
氷で刺されたかのような、冷たい鉄の塊が胸を後ろから貫いていた。音もなく、気配も感じ取ることができなかった。反応すらできない完璧な一撃だった。膝が崩れ、ナイフを握る手にもう力が入らない。視界がゆっくりと暗く傾いていく。
「あぁ。そうか…」
俺は、敵に殺されたのではない。守るべき国の上層部に裏切られ、始末されたのか。薄れゆく意識の中で、不思議と怒りは湧いてこなかった。ただ、強烈な虚しさだけが残る。
国のために誰とも知らない敵を殺し続けた結果が、これか。恐れられ、利用され、最後は切り捨てられる。何人殺したかもわからない人生に悔いなどなかった。
『もう少し生きられるなら。ナイフを握らずに済む場所で。誰かを殺さずに、朝を迎えられる世界で…』
そんな、くだらない夢を思い浮かべたところで、世界は完全に暗転した。
第一話 武器のない朝――目を覚ましたら【前編】
冷たい感触が背中から消えた。温かく優しい何かに包まれている。徐々に感覚が戻ってくる。最初に感じたのは光だった。輪郭のぼやけた明るさ、視界いっぱいに広がっている。
目を開こうとしてもうまくいかない。開いているのか閉じているのかも、はっきりしなかった。やがて、視界が光に慣れ、少しずつ輪郭を持ち始める。天井らしきもの。
『どうやら、知らない場所のようだ』
精一杯、体を動かした。
『ナイフさえあれば、この状況はどうにかなる。』そう思って指先に力を込めたつもりだったが、思ったように動かない。
『…おかしい。』
いつも肌身離さず持っていたナイフはない。それどころか、身体そのものが、言うことをきかなかった。
周囲が、騒がしい。聞いたことのない高い声と、どこか安心感のある低い声が、交互に聞こえる。だが、何を言っているのか意味が全く理解できない。
突然、視界が大きく揺れた。体が浮く。さっきよりも、ずっと近くに何かを感じる。一定のリズムで音が響いていた。耳元で鳴るその音が、鼓動だと理解するまでに、少し時間がかかった。
不思議と、落ち着いていた。
『危険はない。少なくとも、今すぐ命を狙われることはない。』
…だが。
『まずいな、』
『本当に何もできない…』
そのとき、聞きなれない言葉の中に、一つだけ、繰り返される音があった。
俺に向けられた、名前のような…
一話の後編は2・3日後には投稿したいと思います




