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あなたの思い通りにはならない  作者: 木蓮


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2

「ウォルス様とまたケンカになったの?」

「ええ。だって、いつの間にか親しくなったらしい例の男爵令嬢をたまたま見かけただけで、私が文句を言おうとしているだなんてひどい侮辱をされたのだもの」


 寮に戻ったシンシアはお土産のマフィンを持って友人のアンジュ・トルク伯爵令嬢を訪ねた。いつもディランと会った後には心がささくれるシンシアの愚痴を聞いて慰めてくれる穏やかな友人もニーナの名前を聞くと顔をしかめた。


「まあ、またなの。フェーブル様をたぶらかしてフリージア様との仲を引き裂いたのに飽き足らず、ウォルス様にまでちょっかいを出しているなんて。わざと婚約者のいる令息を狙っているのかしら」

「さあ、私には見た目が良い令息たちにちやほやされているのを楽しんでいるように見えたけれど。あの人は性格はともかく顔は最上級だし」


 シンシアの父ライノーツ伯爵とディランの両親ウォルス伯爵夫妻は学生の頃からの友人で、その縁でシンシアと次男のディランを婚約させようということになった。

 しかし、絶世の美貌とうたわれる母親譲りのプラチナブロンドの髪にアイスブルーの繊細な美しさをしたディランは、初めて会った時に夜のような黒髪とラピスラズリの瞳のシンシアを「こんな陰気な奴なんか嫌だ」とこき下ろした。

 元々婚約を嫌がっていたシンシアはこれ幸いと傷ついたふりをして母を味方につけて拒絶したが。父は「ディラン君は両親に似て良い子だ。これから仲良くなっていけばいい」と強引に婚約を結んでしまった。

 激怒したディランはシンシアが自分に恋して父親にわがままを言ったせいだと逆恨みし、徹底的に拒絶した。最初はディランを説得して穏便に婚約を解消しようとしていたが。いつまでたっても敵視してくるディランに嫌気がさして一切の歩み寄りをやめた。

 ふてくされるシンシアにアンジュはなだめるように微笑んだ。


「気持ちはわかるけれど他ではそんなこと言ってはダメよ。ウォルス様の熱狂的なファンの耳に入ったら面倒なことになるわ。……でも、今までどんな美しい令嬢に声をかけられても興味をしめさなかったウォルス様があの男爵令嬢に気があるだなんて。少し意外だわ」

「そうねえ。たぶんだけれど、あの人が好きな女性ってウォルス夫人のような優しくておっとりした女性だと思うのよね。彼女のことは友人だって言っていたし、気軽に話せるところが気に入ったんじゃない」


 ディランの母はたくさんの貴公子たちに好意を寄せられながらも、ディランの父を慕いつづけて結ばれた。2人の純愛は”真実の愛”と呼ばれて当時の貴族たちの憧れになったらしい。

 そんな仲睦まじい両親を見て育ったディランも恋愛結婚を望んでいるようだが、その割には好意を寄せる令嬢たちにも冷たい。一部の夢見る令嬢たちには”好きな女性にだけ甘くなる氷の貴公子”だとやたらと美化されているが、シンシアはやたらと理想にこだわる面倒くさい男なのだと思っている。


「そう考えると、好きな女性に求める条件が流行りの恋愛小説に出てくるヒロイン並に厳しいあの人が夢中になっているなんて。ハウエル様ってすごい人なのね。

 彼女が求めているのが見目麗しい令息たちとの恋愛でも将来のための地位狙いでも、顔は国でもトップに入るぐらい良くて本当に愛する相手だったら大事にするだろうし、裕福で家族仲が良好でついでに愛に詳しい伯爵令息なら条件も身分もぴったりじゃない。すごいわ、これが真実の愛の力なのかしら」

「うう、やめて。真実の愛のイメージが壊れていくわ」


 ふと思いついてシンシアがぽんと手を打つと素直なアンジュはしょんぼりとした。さすがに言いすぎたと謝るとアンジュは心配そうに眉を寄せた。


「でも、人気者のフェーブル様とウォルス様の2人をたぶらかすなんて、あの男爵令嬢はとんだ恐れ知らずね。今でも嫌われているのに、本気で排除しようとする人も出るかもしれないわね」

「私はあの人狙いだったら喜んで応援するわよ」

「もう、シンシアったら。そんな他人事みたいにしていると、ウォルス様の熱心なファンが婚約者のあなたにもあの男爵令嬢を何とかしろと文句を言いにくるかもしれないわよ」

「やだ、とんだやつあたりじゃない!」


 思わず想像してしまい身震いすると気の良いアンジュはやれやれと笑った。


「ふふっ、しょうがないわね。彼女たちにはウォルス様の方が夢中なのだと上手く言っておくわ」

「ありがとう、アンジュ! 大好きよっ!!」


 顔の広いアンジュが説得してくれれば、ディランの熱狂的なファンも突然湧いてきたライバルに敵意を向けるだろう。せいぜいシンシアも困らされてきた彼女たちから愛しの少女を守ればいいと、さっきのディランとのやりとりを思い出して意地の悪いことを思う。


「いつも話を聞いてくれてありがとう。おかげですっきりしたわ」

「どういたしまして。そういえば、週末にカフェテリアに隣国で流行っているコーヒーを使ったケーキが並ぶんですって。食べに行かない?」

「もちろん! よしっ、楽しみが増えたわ」


 不愉快な婚約者を頭の外に押しやったシンシアは夕食の時間まで友人と他愛のない話で盛り上がった。

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