表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

02

 俺は篠宮の指差す先を追うように視線を向けた。


 机の脚と脚の隙間。

 古い入部申込用紙と散らばったDVDの山の中に、ひときわ目立たない劇本が半分埋もれていた。

 紙の端はくるんと丸まり、まるで長いこと忘れ去られていたかのようだ。


 しゃがみ込んで、それをゆっくりと引き抜く。


 表紙には手書きのタイトル。

 紙はうっすらと黄ばんでいたが、それでもすぐにわかった。

 これは、例の未完の映画の脚本だ。


「これ、誰が書いたのか知ってる?」


 俺が問いかけると、篠宮は迷いなく答えた。


「引退した映画監督から譲り受けたって話だったよね?

 たしか湊くん、脚本を変えるかどうかで前の部長とずいぶん揉めてたじゃない。」


「……あのとき、俺があんなに頑なにならなければ……今、こんなことにはなってなかったかもな。」


 自嘲気味にそう呟くと、篠宮は穏やかに、でもきっぱりと言った。


「どうあれ、過去の失敗は取り戻せないよ。」


 ――だからこそ、やり直さなきゃいけないんだよな。


 掃除を終えたあと、俺たちはソファに並んで座り、しばらく休憩してから勧誘について話し合い始めた。


「まずは第一歩として、企画書を作ろう。時間がない。新歓説明会までに準備しなきゃ。」


「企画って言っても……ただの勧誘用チラシなら、もう作ってあるよ。」


 そう言って、篠宮は持ってきた資料の束を指差した。


 ――ほんと、この人は抜かりない。


「でもさ、どんな映画を撮るのか、事前に決めておかないと。

 興味持ってくれた人に何も説明できないじゃん。」


「うーん……じゃあ、前の映画の続きを撮るってのはどう?」


「でもさ、その映画の脚本を巡って、俺が前の部長と揉めた結果が、今のこの惨状なんだよ?」


「だから言ってるじゃん。もう過去は過去。

 湊くんだって、本当はあの映画、ちゃんと完成させたかったんでしょ?」


 ……そうだ。俺は、あの脚本じゃ納得できなかった。

 もっと良いものが撮れると思った。だから、変えたかった。


 でも――その結果、仲間はみんな去っていった。


「新しいものを作るとなると、脚本も分けて一から考えなきゃだよ?

 絵コンテだって、全部描き直し。」


 確かに……前の脚本を活かせば、作業はだいぶ楽になる。


「だけど……」


 正直、まだ脚本の内容をちゃんと思い出せない。

 それほど、俺の中で“トラウマ”になっている。


 ――俺がサークルを壊した張本人なんだ。


「大丈夫。

 脚本の後半部分、湊くんが“変えたい”って言ってた部分なら、私が書いてみるよ。

 ……忘れてないでしょ? 私、もともと脚本担当だったんだから。」


 そうだ。

 篠宮 澪依。文才に長けていて、実力もあった。

 過去に制作した短編映画の脚本は、全部彼女の手によるものだった。


「……とはいえ、私は文学部じゃなくて教育学部だから。

 過度な期待はナシってことでね?」


 彼女は少しだけ上体を傾けて、俺に微笑みかけた。


 その笑顔があまりに綺麗で――思わず、口をついて出てしまった。


「……綺麗だな……」


 思わず、声に出してしまった。ほんとに無意識だった。


 彼女はそれを聞いたのか聞いてないのか、口元をさらに緩めると、さらに身を低くして俺に近づいてくる。


 あっ、だめだ、こっちは無理だわ。


「じゃ、あとで“修正したい部分の方向性”を送るよ。」


 俺は慌てて前を向き直り、羞恥で熱くなった顔を隠すようにテーブルを見つめた。


 彼女も体勢を戻し、まるで何事もなかったかのように話を続ける。


「じゃあ、他の勧誘関係は湊くんに任せるね、部長さん?」


「……部長、ねぇ。」


 俺が……部長か。ほんとに、俺でいいのか?


 でも――俺は確かに、この“サークルを立て直す”って提案を引き受けたんだ。

 そして、勧誘チラシはもうできている。

 やるしかないだろ、もう。


「うん、じゃあ今日はここまでにしよっか。

 私、そろそろ履修登録の準備もしないと。」


 彼女は机の上の資料をまとめながら、帰る準備を始めた。


「俺もそろそろ、実際に勧誘に動かないとな。」


 俺も立ち上がり、ついでにテーブルの上にあった急須を手に取る。


 せっかく篠宮が淹れてくれたお茶だし、

 せめて茶器くらいは自分で洗って返すべきだろ。


 そう思って流し台へ向かおうとすると――


「大丈夫、洗うのは私がやるよ。」


 彼女はそう言って、俺が急須を持っていた手首を、ふいに掴んできた。


 その瞬間――


「あっ……!」


 俺の手が滑り、急須が前に傾く。


 そして、案の定――残っていたお茶が、全部こぼれた。


 急須は無事だったけど、問題は……こぼれた中身だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ