プロローグ
「……終わった、のか。」
画面がピタリと止まり、黒いスクリーンに、白い文字が静かに浮かび上がる。
――終。
そのたった一文字が、やけに重く響いた。
部室には誰も言葉を発さず、しんと静まり返っている。
聞こえるのは、回転を止めた機材のファンが吐き出すかすかな冷却音だけ。
まるで、潮が引いたあとの海岸に残る、残響のように。
ようやく、ここまで来たんだ。
長かった。楽しかった。しんどかった。……でも、それも全部、今日で終わる。
――そう、思ってたんだ。
「うわっ!?やばっ!?終わった!?何か見逃した!?」
バァンッ!と勢いよくドアが開いたかと思えば、爆音みたいな声が部室に飛び込んできた。
そして登場したのは、金茶色のショートヘアを揺らしながら、両手にコンビニ袋をぶら下げた、あまりにも眩しい笑顔の美少女。
……来たな、嵐が。
「はいっ、夜食タイム〜!映画班のみんな、お疲れ様っ☆」
その名は――日辻遙香。
異常なほどのハイテンションと、昼夜逆転してるとは思えないエネルギーの持ち主。時刻は午前二時なのに、このテンションである。
「遅くなってごめんね〜!でもねでもね、めちゃくちゃ悩んだんだよ?炭酸系か、それとも甘い系か、さっぱり系か……!」
「……上映後の感想会、すでに始まってるわよ。入り直してくれる?」
冷ややかな声が、まるで氷水のごとく後ろから降ってくる。
現れたのは、黒髪を高めに結ったポニーテール、細縁の眼鏡がトレードマークの――神戸 真知子。
片手でタブレットを操作しつつ、もう一方の手で台本をパラリとめくる姿は、まるで編集者か何かのような鋭さがある。
「えぇ〜?真知子、またそんな冷たい言い方〜?」
遙香が頬をぷくっと膨らませる。「こっちはね!みんなのために、真剣に飲み物選んでたんだよ?感謝してほしいぐらいだし!」
「ご苦労さま。」
「えっ、それ褒めてる?皮肉?どっち!?」
「どっちと思う?」
「いやいや、どっちでも困るんだけどぉ〜!」
そのとき。
「……あ、あの……」
ふわりと、小さな声が空気を割った。
振り返ると、部室の隅。
そこには一眼レフを抱きかかえたまま、視線を地面に落とした少女の姿があった。
朝永 玉理。
うちの撮影班のエース……なんだけど、性格は完全に“陰”の人間。
常にビクビクしてて、今にも泣き出しそうな雰囲気すらある。
「おい、お前らいい加減にしろよ。無意味な言い争いばっかしてねぇで、玉理の話聞いてやれ。」
「別にケンカしたかったわけじゃないし……あっちが勝手に突っかかってきたんだってば。」
……いや、それ毎回言ってるけどな。
それって目覚まし時計と布団の戦いぐらい、勝者のいない争いだぞ。
まあでも、遙香の「も〜真知子〜!」連発がようやく止まった頃、空気はようやく落ち着いてきた。
玉理が、ようやくぽつりと呟いた。
「その……エンディングの切り替えのとこ……ちょっと……うまく繋がってなかった気が、して……」
「声ちっちゃっ!」
遙香がぴょんと隣に跳ねて、玉理の顔をのぞきこむようにグイッと近づく。
「大丈夫大丈夫!玉理の映像、マジで神だったから!真知子も感動して泣くレベルっ!」
「わ、わたし……そ、そんな……あ、ありがと……」
顔を真っ赤にした玉理は、あわてて後ずさりして、後ろのドアにぶつかりそうになる。
「はいはい、そこまで。遙香、少し落ち着きなさい。」
穏やかな声とともに現れたのは、湯気の立つ急須をトレーに乗せて持ってきた――篠宮 澪依。
ほんのりとした笑みを浮かべながら、テーブルにそっとお茶を置く。
「みんな、お疲れさま。玉理、あなたの映像は本当に素晴らしかったよ。」
「……ありがとうございます、篠宮先輩……」
彼女は、このチームの“お母さん”的存在。
年上らしい落ち着きと、誰にも分け隔てない優しさで、みんなを支えてくれる。
部室の空気が一気に落ち着き、彼女は僕にお茶を差し出しつつ、真知子のノートパソコンに電源を繋いであげたりもしていた。
「そういえば……今日、敬彥くん来てないの?まったく……」
――ああ、そこだけは“お母さん”じゃなくて、“小言の多い親戚のおばさん”っぽいけどな。
個性もテンションも、まるでバラバラな四人の少女たち。
でも、今はこうして、僕の周りに自然と集まっている。
彼女たちは、本来なら交わることなんてなかったはずの存在だ。
でも、ひとつの映画を通じて、僕らは繋がった。
「明日、この光を――世界に届けよう。」
小さく、でもはっきりと、僕はそう呟いた。
俺の名前は――中務 湊。
この映画の初上映、絶対に成功させてみせる。
なぜなら、これはただの映画じゃない。
俺たちの青春を、すべて詰め込んだ、かけがえのない一作なんだから。